第9話 閑話 レールス・シアンの話



 オスカー・ウィルズは魔法オタク。

 わたしはそのクソオタクと、ずっと幼馴染だった。


 小さな村に生まれた私とオスカーは、隣同士の家で生まれた。

 親が仲が良く、わたしたちも一緒に育った。


 オスカーはどこを見てるかわからない奴で、いつも何かを考えてた。

 いつの間にか魔法を使えるようになって、誰にも習わないまま、魔法の腕を上げていった。


 それが悔しくて、わたしは剣に打ち込んだ。

 父さんが昔、冒険者をやっていたことから、剣を習ったんだ。

 オスカーに負けないために。


 わたしには剣の才能があったらしく、父さんから腕前を認められた頃、オスカーを誘って冒険者になった。

 わたしがオスカーを守ってやるから。一緒に来い、と。


 でも、逆だった。

 わたしの剣の腕を超える強化魔法のおかげで、わたしたちはあっという間に高位冒険者になった。

 オスカーの腕のおかげで。


 わたしがオスカーを守るはずだったのに。

 オスカーの強化と回復に、わたしたちが守られていた。


 オスカーは頭も良い。わたしの思いつかないような戦略や戦術も簡単に思いついて、村でも教わってない、どこから知ったのかわからない知識も持っている。

 そして、それらはいつも正しかった。


 わたしには、それがイラついた。

 オスカー。あんたにはわかるんだろう。わたしにはわからない戦術も状況も。

 あんたにはできるんだろう。わたしにはできない討伐や探索も。


 だから、わたしはあいつを追放した。


「――魔法ばっか研究してる根暗野郎め! オスカー・ウィルズ、お前みたいにカンに触る奴は追放だ!」


 パーティの二人もそれに賛成した。

 オスカーはわたしが投げた銅貨を拾って、そしてパーティを去った。


 去ってしまった。


 いつも、わたしの言うことを聞いていたのに。

 いつも、わたしの言うことを聞いていたから。


 それからわたしのパーティは、まったく上手くいかなくなった。

 戦闘の連携も取れない。今まではオスカーが状況判断を下していたからだ。

 火力も足りない。今までは、女のわたしの非力を、オスカーの強化が補っていたからだ。


 そして、わたしは残りの二人とケンカ別れをした。

 わたしの身体を差し出せばパーティにいてやる、なんて言われて、いてもらう義理はない。


 稼ぎ時のスパイクボアもあまり狩れなかったくらいだ。

 向こうも稼げないわたしに興味はないらしく、あっさりと去った。


 そうしてわたしは、ソロになった。


 オスカーの居場所は知っていた。

 カップルパーティの『紅月』に入ったようだ。スパイクボアを狩っていた。


 なぜか女装していたけど、わたしがオスカーのあの綺麗な顔を見間違えるはずがない。

 何より、『紅月』のあの強化。あれは、オスカーの魔法で間違いなかった。


 その後をつけて、紅月の宿泊先を見つけた。

 この街で一番安く下世話な、連れ込み宿だ。よりにもよって。

 嫌な予感がする。


 紅月の後に受付に入って、紅月の隣の部屋を借りた。

 オスカーは変なことをされていないだろうか?

 あの女装は何だ? 女だけじゃなく、男にも手を出されてないか。


 オスカーの美貌はよく知っている。

 わたしが十六年間、振り向かせたくてたまらなかった、あのわたしよりも美しい顔。


 オスカー。なんで、わたしはあなたを振り向かせられない?


 そうしてわたしは、隣の様子をうかがうために薄い壁に耳を当てた。


 最悪の声が聞こえた。


「そう、うまいよ、オタクくん! もうちょっと……あっ!」


「良いじゃん、オタクくん! もっと鳴きなよ! 気持ちよくさせられちゃってんだよね!?」


 女たちの嬌声。

 そして、聞こえるオスカーの息づかいと声。


 目の前が真っ暗になった。

 何が起きているのか、考えたくもなかった。


 ……どうして、そんなひどいことをするの?


 脳髄がバチバチと焼かれる音がした。

 壁に触れた爪が剥がれそうなほど爪を立てた。

 奥歯が砕けそうなほど噛みしめた。


 やめろ、やめろ、やめて。

 それは、わたしのだ。わたしの隣にいたんだ。

 わたしの隣で、わたしに手に入れられるためにいるものなんだ。


「あぁ、あぁ! あああぁぁぁ!」


 叫び声が出た。

 隣の声をかき消すように。

 それでも、隣の声は止まらない。聞こえ続けている。

 壁から耳を離せば良いのに、離すことができない。


 あふれて流れる涙は、血のように熱かった。


 オスカー!

 オスカー!

 オスカー!


 なぜ、その声を出させるのがわたしじゃない!

 なぜ、お前が抱く女が、わたしじゃない!?


 理由は一つだ。

 自分が、オスカーを追放したから。手放したから。


「あぁ。ああぁ…………」


 手が下半身に伸びる。

 下着の下の肌に触れる。濡れている。


 幼馴染だったのに。わたしがずっと、生まれたときから一緒にいたのに。

 なぜ、他の女と一緒の部屋で、そんな声を出す?


 気づけば、手が動いていた。

 手の刺激は何よりも激しく、自分の脳を焼いた。

 おかしくなりそうなほど。……いや、もうおかしくなっていたのかもしれない。


 大事な幼馴染を、つまらないプライドで手放したあのときから。

 おかしくなっていたのかもしれない。


 水音が響く。

 それよりもはっきりと、幼馴染の声が隣の部屋から聞こえていた。

 やめてくれと懇願するような、それでも抗わない、あの美しい幼馴染の声が。


 オスカー!

 オスカー!

 オスカー!


 いくら心の中で彼を呼んでも、彼を求めても。

 手に入らない。

 自分が一度、手放したから。


 理解してしまった。

 理解させられてしまった。


 わたしは、なんということをしてしまったんだろう。

 わたしは、なんということをしてしまっているんだろう。


 やめてくれ。やめないで、もっと聞かせて。

 おかしくなる。あなたのその声を、ずっと聞きたかった。


 なぜ、オスカーにその声を出させるのが、わたしじゃない?

 もう遅い。


 もう遅いんだ。

 もう、手に入らない。

 届かない。


 壁の向こうから聞こえる幼馴染の悦ぶ声に、何よりも気が昂ぶった。

 何度、オスカーのことを考えてこうしただろう。

 この声を夢想して、こうしただろう。


 でも、わたしがこの声を聞くことは、もうない。

 もう遅い。


「あああぁぁぁああぁ――――ッ!!」


 涙があふれた。



 わたしの方が……


 わたしの方が、先に好きだったのに!!


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