第2話 オタク、パーティの秘密を知る
ぼくだけが気まずい夕食会の後、宿屋に行くことになった。
元の宿屋は、パーティを追い出された以上使えない。
レールスたちと顔を合わせることになるからだ。
でも、連れられてきたこの宿。安宿、というレベルじゃない。
どう見ても『連れ込み宿』だ。
それは男女がそういうことをするための宿なわけで。
一応、男部屋と女部屋の二部屋を取ったけど、美男子ことクルスさんは女部屋に連れられていった。
そこから聞こえ続ける、二人のあえぎ声。
この安宿の薄い壁を突き抜けて、二人の声が大きく聞こえてくる。
「あっ、あっ! クルス、もっと奥に! そう、もっと――」
「クルス! やっ、もっと強くして!」
マッサージなんかの話じゃない。どう聞いてもいたしてる。
ぼくは男部屋のベッドで一人、丸くなりながら耳を塞いでいた。
いや、わかってたよ。『そういう』関係だって。
だって、美男子を挟む美女二人の、あの距離感。
どう見たって男女の仲でしょ。
しきりにぼくが『男』なことを気にしていたけど、そりゃそうだよね。
ぼくと、というか他の男とそんな仲にはなりたくないだろう。
この関係を、受付のレイノルド爺さんは知ってたはずだ。
だのに、何だってぼくをこのパーティに推薦したんだ?
前衛しかいないから後衛を補充したんだよね、わかります。
でも、この宿には泊まりたくなかった。
ぼくはさっそくこのパーティに入ったことを後悔し始めている。
なんだって、こんなものを聞かされて、こんな目に遭わなきゃいけないんだよ?
仲間や幼馴染に突き放された、その日の夜に。
恨むよ、レイノルド爺さん。
やがて、いつの間にか声が止んでいた。
終わったのか。
耳を塞いでいたから、いつ終わったのかもわからないけど。
きぃ、と男部屋のドアが開く。
クルスさんが帰ってきたんだな。
「オタクくん……寝てるか、この時間だし」
んなわけあるか。
もう月が高々と昇るくらいの深夜だ。
こんな時間まで何やってんだ。
一言言ってやろうと、ぼくは起き上がった。
「あのね。ぼくは起きてますよ」
「え!? ――きゃあっ!」
きゃあ?
すごく意外な悲鳴が聞こえた。
そして、すごく意外なものも見えてしまった。
部屋の入り口で、驚いて尻餅をついたクルスさんの裸身。
それを当てて裸を隠して廊下を歩いたであろう服が、横に散らばり。
大股に開脚した裸が、窓から差し込む月明かりに照らされた。
胸があった。女性の胸だ。
大事なものがあった。男性のものだ。
その下に、大事なものがあった。女性のものだ。
何が何だか、わからなかった。
「……えっ?」
「み、見ないで!」
女性の声だった。
元々低くはなかったけど、その悲鳴は、完全に女性の口調だった。
「く、クルスさんは……女性?」
クルスさんは散らばった服で自分の身体を覆い隠した後。
静かに、うなずいた。
*********
翌朝、男部屋に、朝食のパンをかじりながら美女二人がやってきた。
二人とも裸で。
クルスさんは鎧姿ではないものの、服は着込んでいる。
「で、クルスはもう見られちったの?」
「うん……」
褐色美女の質問に、うなずくクルスさん。
顔が赤い。
白肌美女が、同じくパンを食いちぎりながら、ぼくをにらんでくる。
「んでー? オタクくんはなに? クルスと一晩いて、平然としてましたって? あのさー、言っとくけど、クルスの身体が気持ち悪いとか言おうもんなら、ぶん殴るよ?」
「い、言いませんよ! そりゃびっくりはしましたけど……女性なんだから、手を出すわけにはいかないじゃないですか!」
弁解するぼくの言葉に、隣のクルスさんの顔が真っ赤になる。
ふーん? と美女二人は、からかうようにぼくを見てほくそ笑んだ。
「童貞くさ」
「まぁ、オタクくんだし? なんかわかるけどねー」
そう言いつつも、白色美女はぼくの頭に手を置き、わしゃわしゃと頭をかき回した。
「わぷ、な、なにするんです?」
「べっつにー。……でも、これでウチらのパーティ、わかったっしょ?」
一応、わかる。
つまりこのパーティは、クルスさんのハーレムパーティじゃない。
「女性三人のパーティだったんですね?」
「そゆことー! だから、オタクくん入れるなんてキケンじゃん? 童貞臭いから大丈夫かなーと思ったけど、襲われっかもだったしー」
褐色美女がけだるげに話す。
二人もしっかり、クルスさんを女性と認識しているようだ。
「え……と。でも、クルスさんと、肉体関係は持ってるんですよね?」
「そだよー。ウチら二人、ビアンだし。オンナノコ相手じゃないと、感じないの」
ビアン。
つまり、同性愛か。
何のことはない、女三人のレズパーティだった、というオチなのか。
道理で三人とも距離が近いわけだ。
「その……クルスさんの身体は、呪いか魔法の類いですか?」
「わからない。生まれつきなんだ。元から、男女両方持ってて……でも、気持ちは女なんだ」
クルスさんが説明してくれる。
なるほど、生まれつきの両性具有か。
「それは、苦労されましたね。月並みですけど、胸中お察しします」
「え……?」
ぼくがぺこりと会釈すると、三人共が驚いたような顔をしていた。
クルスさんが慌てた形相で、ぼくの両肩を掴む。
「お、オタクくん! きみ、なんで驚かないんだい!? 両方あるのだって、女同士で恋愛するのだって、世間や教会の人間に知れたら、忌避されて弾圧されるのに!」
ああ。
確かに、この世界じゃ同性愛は一般的じゃないよな。
むしろ子孫を残さないので、禁忌に近いとも言える。
「ぼく、元々は違う世界の記憶がありますから」
そう、ぼくは『転生者』オスカー・ウィルズ。
前世は、多様な性癖にあふれた『日本のオタク』だ。
ふたなりも百合も、一般性癖じゃないけど、存在自体は知っている。
この目で見たのは前世も含めて初めてだけど。
その話をすると、三人は呆然とぼくを見ていた。
「ぼ、ボクのこの身体……悪魔の呪い、とか前世の罰とかじゃ、ない……の?」
「普通とは言わないけど、あるらしいですよ。呪いのない世界でも、そういう身体の人の話や姿は見たことありますから」
主に画像や動画とかだけだけど。
「え、え? じゃあ、なに……オタクくんさ、あーしらのことも、変に思わないわけ?」
「女性の同性愛でしょ? 百合っていう花にたとえられて、ひっそりと陰で人気でしたよ。そういう話を好んで読む男性も女性も多くいました」
顔を見合わせられても。
実際にあったんだからしょうがないじゃない。
自分でも何作か読んだよ、そういう作品。
その言葉に、三人が真剣な表情でぼくに詰め寄ってきた。
褐色美人が名乗る。
「あーしの名はエイジャ」
白色美人が名乗る。
「ウチの名はリーシャ」
そして、クルスさんが言った。
「ボクらのパーティ、『紅月』にようこそ、オタクくん。もう逃げられないからね?」
あれ? ぼく、何かやっちゃいました?
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