魔法使いになったのに才能が最悪の落ちこぼれな俺
@NotLinkz
第1話 初めての訪問
「魔法」――それはこの世界でどこにでも見られる題材だ。映画やアニメ、ゲーム、小説……今の人々の生活に、魔法という概念はあまりにも深く染み込んでいる。
そして、この春。俺たちもまた、その既知でありながら未知の領域へと、強引に引きずり込まれることになった。
「ふぁー……」
俺の名前は星野唯月。まだ中学を卒業したばかりの学生だ。
今日は春休みの初日。昨日は友達との卒業パーティーで遅くまで盛り上がり、そのあと夜更かししてゲームをしていた。
眠気の残る目の端に、ベッドサイドの棚の上に置かれた一通の手紙が映った。
……おかしいな。普通ならポストに入ってるはずなのに、どうしてここに?
まさか、誰かが夜中に俺の部屋に忍び込んだっていうのか?
やばい。危ないかもしれない……でも、好奇心には勝てなかった。
「星野唯月様へ:
本日より、あなたは広大な魔法師の一員として、我々の仲間となります。
我々は心より、あなたをイギリス魔法研究協会学院分部にご招待いたします。
魔法研究協会学院分部は、世界をリードする魔法研究の資源と専門家を備え、最先端の学習と研究環境を提供いたします。ここでは、他の優秀な魔法師と共に学び、最前線の魔法研究プロジェクトに参加する機会が得られます。
あなたのご参加を心よりお待ち申し上げます。そして、学院での研鑽を通じて、非凡な成果をあげられることを確信しております。
専任者が夕方に貴宅へ参ります。」
これは短く、突如として届いた手紙だ。
この内容……まさか、あの妹がまた無断で俺の家に侵入して悪戯したのでは?
彼女は普段、何の予告もなく俺の部屋に忍び込み、自分の部屋や俺の部屋をめちゃくちゃにすることがある。
考えるだけで腹が立つ。
俺はすぐに起きて、向かいの部屋へ向かった。
「コン、コン、コン」
誤解を避けるため、力を込めて三度ノックしてからドアを開けた。
しかし目に飛び込んできたのは、空っぽで、物がきれいに整理された部屋だった。家具の配置も以前と同じで、手が加えられた形跡はない。
妹は部屋にいなかった。
いや、手紙を置いてすぐに帰った可能性もある。
もし彼女なら、それもあり得る。
「ぐ——」
俺の腸が空腹に対して猛烈に抗議している。そりゃそうだ、もうすぐ昼だというのに、朝食すらまだ食べていない。
じゃあ、軽くブランチでも買ってこよう。
強い日差しを浴びながらも、なんとか家の玄関に戻ってきた。しかし、見慣れぬ靴がそこにあった。
玄関を出てリビングに向かうと、ソファに横たわる女の子が、俺のアカウントでアニメを見ていた。
彼女は俺の方に一瞥すらくれない。
「はあ——」
「まあ、帰ってきたのね。」
「君の分は買ってないよ。」
「じゃあ、半分もらおうかな。」
「お前、食べてもないのに来たのかよ?」
「当然でしょ。お兄ちゃんが愛の朝食を作ってくれるのを楽しみにしてたんだから。」
「愛の朝食って、愛とか言うな。俺が作るのはカップ麺か餃子みたいな簡単に済むものだけだ。」
「シーッ!今、すごく盛り上がってるところなの!」
この、口の利き方に遠慮のない女が俺の妹——星野皋月だ。髪の色は俺と同じく黒、そして特徴的な金色の輝く瞳も同じ。
身長は中くらいで、体型は普通の女性よりもほっそりしているが、完全に平坦な体型というわけでもない。
彼女の家での言動はこんな感じだが、学校ではまったく逆で、完璧なお嬢様で、しかも生徒会長を務めている。
しかし、家に帰ると……
その後、俺は自分の部屋でしばらくゲームに没頭していた。夜になるまで、妹は一度も出て行かなかった。どうやら、ここに居座るつもりらしい。
いつものようにキッチンに入り、飲み物を探して喉の渇きを癒そうとした。
すると、突然背後に声が聞こえた。
──ああもう、こんな時に背後から襲って驚かせるなんて、小学生みたいな真似、俺は引っかからないぞ。
「コーラ、飲む?」
「できれば、ありがたいな。」
「うわっ、今回の男声、なんだか……リアルすぎ?」
「……」
振り返ると、予想よりも拳一つ分も背が高い。いや、違う、妹じゃない!
「うわあ——!!」
「ガン!」
驚いた勢いで冷蔵庫の方に倒れ、冷凍庫にぶつかる音が家中に響いた。
目の前の男は、体格はそれほど大きくなく、中学生くらいの身長。少し乱れた黒髪に、天と同じような青い瞳をしていて、目にはわずかに疲れが見える。
服装は、会社員風のシャツにやや大きめの黒いコートを羽織り、首には青いマフラー。
──こいつは誰だ?なぜここに?
衝撃音を聞いて、妹も階段を降りてきた。
「……」
まずい、完全に固まっている。
場の空気は最悪で、俺とその少年は目を合わせたまま動けない。
「お前──」
彼が口を開き、静寂を破った。
「冷蔵庫、あとどれくらい開けておくつもりだ?」
なんという発言……! 体調を気遣うわけでもなく、挨拶でもなく、いきなり責めてくる。
彼は俺を脇に追いやり、黙って冷蔵庫の扉を閉めた。
俺はすかさずテーブルの反対側に回り込み、彼の退路を塞ぐ角度を確保した。
よく見ると、服装もどこか古めかしい。──中学生が空き家に入ったのか?
「まず、背後で俺を驚かせたのが誰か考えた方がいいんじゃない?それと、お前は誰だ?」
そう問い返すと、皋月は隣で真顔のまま、状況をまだ把握できていない様子で俺たちを見つめていた。
──あとで警察に通報して、両親にも言いつけてやるからな!これで脅しはOKだ。
「僕は魔法研究協会学院本部の助手で、あなたたちを学院に案内するための職員です」
魔法研究協会?──あの手紙に書いてあったやつか?
俺はちらりと、そっと隣に寄ってきた皋月を見た。
彼女の瞳は輝き、まるであの服装が格好いいと思っているかのような顔をしている。
「かっこいい——」
俺は慌てて彼女の口を押さえ、不適切な発言が漏れないようにした。
だが、あのベッドの上の手紙は皋月が出したものではなかったか?
これまで俺は皋月にこの件を一切話していない。単純に彼女が中二病を発揮していると思っていたのだ。
「ふう~」
皋月は俺の手をどけ、一息つく。
「手紙?私を迎えに来たの?」
──ん?彼女も?皋月も?
同じような手紙を受け取ったのか?
「正確には、あなたたち全員よ」
「お兄ちゃんも同じ手紙をもらったの?」
「うん」
皋月は少し不満そうに、口を尖らせて俺を見つめる。
「な、なんだよ……」
「別に。ただ、お兄ちゃんが最愛の妹に話さなかったことにちょっと失望しただけ」
「俺はてっきり、君の悪戯かと思ってた……って、そういえば自分のことも言ってなかったよね」
「言ったわよ、お兄ちゃん、私の話を聞いてなかったの?」
──ああ、そう言われると、確かに聞いていた気がする。
異世界作品の話をしている時のことだが、彼女が中二病を発揮していると思って無視していた。
「いや、誰が中学生の戯言を信じるんだよ」
「お兄ちゃん、私たち卒業したばかりなんだから、そういう言い方はダメだよ」
「ぐぅ……」
「はぁ」
その時、あの奇妙な服装の少年がため息をつき、少し苛立っている様子だった。
「ドンッ!」
テーブルの上のコップが、突然ものすごい力で砕け散った。しかし、破片が飛び散って物に当たる前に、自動的に元に戻った。
俺と皋月は目の前の出来事に驚愕したが、皋月の瞳には少し興奮の色が混じっていた。
「ね、証明したでしょ」
俺……まだ少し信じられなかった。
もし彼にもっと証明してもらったら、次は何を見せてくれるのだろう?
親指を分離させる?トランプを消す?
「他にどんな魔法が使えるの!」
皋月が先に口を開く。
「おい!」
「なんで、これかっこいいと思わないの?私たち、もうすぐ伝説の魔法使い兄妹への道を歩むんだよ!それとも、妹の方に注意が向いて、自分の地位が危うくなると思って嫉妬してるの?」
「何その説明……」
「考えてみて、魔法使いになったばかりの私たちが異国に置かれ、兄妹で自力で生きるしかなく、魔法の技術だけで食いつなぐ日々。ちゃんと生活費を貯めてなかったから路頭に迷う。最終的にはお兄ちゃんが私を置いて金持ち女性の家に婿入りして、魔法使いを量産する機――痛っ!」
俺はそのお転婆な妹の妄想中に、額を軽く弾いて現実に引き戻す。
「何そのドロドロな話は、○ネと○ネットか?それに、他人の家に婿入りするってどういうことだよ!」
「残念だけど、魔法は見世物にできないんだ」
「できないの?」
「だって、マグル――普通の人には見えないから」
その説明を聞いて、皋月は失望して目を見開いた。
──そういえば、さっき“マグル”って言ったか?
「それに、あなたたちの生活はそんなに悲惨にはならない。何しろ、俺が担当の生徒だからな」
その少年は家の冷蔵庫を開け、中のコーラを自然に取り出して飲む。
「えっと……今なんて?」
「言っただろ」
「君……まだ中学生だよね?」
「もう二十八歳だ」
これが魔法使いってやつか!?
経験豊富な年齢と若々しい外見が全く噛み合っていない。
「まさか不老の魔法か?」
妹が興奮して訊ねる。
「数年前に時空弾に当たったんだ、話せば長い」
「本当?」
「本当だ。でもそれは重要じゃない、荷造りしてくれ、今夜出発だ」
「「今夜?」」
俺と妹は同時に声を上げるが、俺が無理を言われている感覚なのに対し、彼は期待に満ちた声で叫ぶ。
振り返ると、皋月はすでにその場から消え、代わりに聞こえてきたのは軽快な「タタタッ」という足音だった。
「どうしたの、まだ荷物をまとめないの?」
その外部の人物はコーラを飲み干すと、手に持っていたアルミ缶を銅板の厚さほどに潰した。多分、これも“魔法”の所為だろう。
「失礼ですが、どうお呼びすればいいですか?」
「佐藤。佐藤氏の佐藤だ」
「えっと、佐藤さん、なぜ今日いきなり出発するのですか?あと数日延ばしてもらえませんか?」
「君たちを同期の新入生に間に合わせるためだ。学院は数日前から長期休暇に入る。三か月あれば、ゼロからでも間に合うだろう」
なんだか詐欺の勧誘みたいにしか聞こえない……
「延長も不可能じゃないが、後ろにいるはもう待ちきれないようだね」
え?
振り向くと、皋月が興奮のあまり震えていた。
「お兄ちゃん!今すぐ出発しよう!」
「ちょ、ちょっと、マジ?」
俺は両手で妹の肩を押さえて制止する。
普段なら冷静な彼女が、どうしてこんな子供騙しに引っかかるんだ?
「本当に信じちゃったのか?あの人の話、どこをどう考えても怪しいだろ!」
その時、佐藤はすでに少し苛立っているようだった。
背後から再び動きが伝わる。今度は層のような圧力が感じられ、立っていられるはずなのに息が詰まるような感覚になる。
重力?重力が急に重くなったのか?
振り返ることもできず、俺はただ、目の前の皋月も同じ影響を受けているのを感じるだけだった。
そして家中の電球が一斉に破裂。妹は半ば怯えているが、恐怖のあまり悲鳴を上げられない。
足音がゆっくりとこちらに近づいてくる。間違いなく、あの人の仕業だ。
「……」
足音以外に聞こえるのは、首筋から絶えず流れる冷や汗の音だけだった。
彼は皋月の後ろに立ち、俺は左目の端でその位置を確認できる。
横顔を垣間見ると、顔色は暗いのに瞳孔は夜空の星のように輝いていた。
何も言わないが、なぜか彼が伝えようとしていることが分かるような気がした。
「──よく見ろ」
佐藤は九十度手を上げ、俺たちのいるダイニング、家全体の空間が歪められた。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
「パァン──!!!」
空間の表面が裂け、轟音が響き渡る。俺たちは突然、雑音の背景の中に置かれ、景色が目まぐるしく変わる。
まだ消えない破片の中から、我が家の姿も見える。
最初は雑音、次に地球の表面、星空、銀河、宇宙──
そして最終的にはブラックホールが光を飲み込み、俺は次第に何も見えなくなり、身体まで歪められるような感覚に……
意識が戻った時、俺と妹は床に倒れており、床には先ほどの宇宙の破片が散らばっていた。
精神的衝撃はまだ残り、立つのもやっとだった。
「星野唯月、君はどうする?」
「あ……あまりにもリアルすぎる……」
「証明は終わった。次は君の選択だ。深夜十二時以降に、また君の意見を聞きに来る」
「カッ!」
少年は扉を開けて去って行き、振り返ることはなかった。
「皋月!大丈夫か?」
床に座ったままぼーっとしている妹を急いで支えた。
まだぼんやりしている彼女の頬を何度か叩いて、ようやく我に返らせる。
「た……楽しかった!ねぇ!さっきの魔法──あの人は何だったの?」
「さっき出て行ったばかりだ。だから、君は大丈夫だろ?」
「まるでジェットコースターに乗ったみたいに刺激的だった!」
時々、俺たちの遺伝子は同じ源から来ているんじゃないかと疑うことがある。
「皋月、彼と一緒に行きたいのか?」
俺が真剣な顔をして問いかけると、皋月も真面目に答えた。
「うん、行きたい」
「じゃあ、父さんと母さんは?」
「……なんでその話を君が出すのよ……」
「俺が言った方がいいだろ?それに、突然出発する君の今後の生活、本当に大丈夫なのか?」
「保証はできない……でもだからこそ行きたいの。自分で切り拓きたいの。ずっとパパとママに決められた生活に飽き飽きしてたの。あなたが離れたとき、一緒に連れて行ってくれなかった──」
これは皋月の心の奥底からの言葉だった。
彼女が俺にこんなことを打ち明けるのは初めてだ。
「これが二度目のチャンス……行くよ」
彼女は少し迷いの表情を浮かべ、俺を一瞥すると、荷物を提げて歩き出した。
扉の閉まる音が響いた後、俺は一人でダイニングに残り、思考に沈んだ。
「で、君の選択は?」
声は俺の前方から聞こえた。佐藤だ。
今、彼は俺の向かいに座っている。
「俺も行きたい」
「……」
「家族とはあまり仲が良くないし、学校でも友達はいない。正直、もう自分の生活に興味はなくて、毎日がまるで機械のような生活で疲れていた——でも、今、二度目のチャンスを得たんだ。ちゃんと掴みたい。平凡じゃない人生を生きたい──!」
「……」
「それに……皋月を一人で放っておくのも心配で……」
「なら、行け。さっさと荷物をまとめろ。出発だ」
「え?」
佐藤はそう告げると、またどこかへ去っていった。俺だけが取り残され、呆然とする。
この二人の思考についていける気がしない。
とはいえ、悪くないスタートだろう。
俺は急いで部屋へ行き、荷物をまとめ始める。
中はまるで嵐が通り過ぎたかのように散らかっており、クローゼットの服もいくつか引っ張り出されていた。どう考えても皋月が来た痕跡だ。
あのやつ……せめて漬物は盗まなかったか。
バッグに生活必需品を詰め込み、階下へ降りようと準備する。
あ、ゲーム機も持っていこう。
「すごいよ!さっきの魔法は何?魔法使いになったらあの技も覚えられるの?」
「……」
俺が一歩踏み出すと、妹の質問が途切れなく続く。
佐藤は彼女を無視し、静かに床の羊皮紙に魔法陣を描き始めた。
騒がしい皋月に対しても、全く苛立ちを見せない。聞いていないのか、それとも気にしていないのか。
「どこに行くの?地底の世界?空の国?へへ~」
「へへ?」
「行くのはイギリス北部の島だ。その島は魔法研究協会に登録された魔法使いしか見ることができない」
佐藤は筆をしまい、俺たちに魔法陣の上に立つよう指示する。
「学院の寮に宿泊できるようにしてやる。休暇中も学院にはあまり人がいないから自由に歩き回れる。毎週、お小遣いも渡す」
「お小遣い……!」
この三文字を聞いて、俺の心に波が立った。
初めて、自分の判断が正しかったと思えた。
なぜなら、俺は一人暮らしで、お小遣いなんてないのだから!
「準備はいいか?」
「準備できた!」
「俺も……準備できた!」
「移動中は目を閉じろ。どんなことがあっても開けてはいけない。怖ければ手をつないでもいい」
佐藤の言葉に、妹は迷わず俺の手を強く握った。
彼女の手が震えているのを感じる。緊張なのか、興奮なのか分からないが、俺も握り返す。
「さん、に……」
--
「ここがあなたたちの部屋だ。あとはあなたたち次第だ。何かあれば呼ぶからな」
「え?」
「どうした?」
「同じ部屋を使うんですか?」
「そうだ」
妹と同じ部屋に住むなんて、正直あまり受け入れられなかった。正確に言えば、皋月と一緒の部屋だ。
「どうしたの、兄ちゃん。美少女の妹と同じ部屋にいるなんて耐えられない?我慢できずに変なことするんじゃないかって心配?」
「だって、君は部屋を片付けないから……」
そうだ、あの「優雅な」妹は部屋の清潔なんて気にしない。家では俺の服を乱雑に置き、フィギュアも机の上にいっぱい、しかもパソコンデスクで一晩中寝たりする。
もし学校でも同じ調子なら……いや、見た目だけで学園の花になれるけどな。
「さあ、入れ」
隣で見ていた佐藤が俺たちを促し、力強くドアを閉めた。
部屋の中は外から見るより広く、床から天井までの窓とバルコニーもある。ベッドは二段ではなく、一人一つずつ配置されており、現代風の部屋の中に古典的なインテリアが絶妙に調和していて、とても快適だ。
「最後は──よし!」
俺はベッドに飛び込み、マットレスの弾力が自分のベッドよりも柔らかく感じ、ここで一生寝られる気がした。
大事なところまで完璧に整っている、学生寮、満点だ。
少し警戒を解いてもいいかもしれない。
「よーし!」
「痛い──!」
妹もベッドに飛び込んできた、しかも俺のベッドに。俺はうつ伏せで柔らかいマットレスを堪能しているところに、皋月が俺の背中に乗ってくる。
「楽しい?妹の胸で押されてる気分は?」
「背中で押されてるのかと思った──うっ!」
この行動で、雰囲気はどんどんヒートアップ。
小さなじゃれ合いが始まり、最終的に体力が尽きてそれぞれのベッドに倒れ込む。
俺のまぶたは重くなり、ついに目を閉じた。
「兄ちゃん──起きて──」
皋月が俺を起こした。
妹はすでにパジャマを脱ぎ、俺のクローゼットから取った服に着替えている。
「どこ行くの?」
「さっき佐藤が来て、新しい環境に慣れるために連れて行ってくれるって。入学手続きももう済ませたってさ」
彼女は嬉しそうに、その場でくるくると回る。
「そうか、手際がいいな」
「うん、だから兄ちゃんも早く着替えて!」
時間もわからないのに、どうしてそんなに急いでるんだ……
まあ、悪くはないけど。
「ていうか、自分の服は持ってきてないのか?」
「仕方ないよ、うまくやり取りできるか分からなかったし」
「そうか……」
でも、多分大丈夫だろう。
「彼の目つきは少し鋭くて、見られるとちょっとドキッとするけど、話す言葉には全然攻撃的な感じはない」
「確かに、こういうギャップのあるキャラクターは物語の中で魅力的だな」
俺はパジャマを脱ぎ、半袖のシャツに着替えながら、妹と昨日見聞きしたことについて話す。
しばらくして、ドアの外からノックの音。
佐藤が来たようだ。
「さっき用事を済ませたところだ。そろそろ外に出て、色々見て回る時間だ」
また同じ道を歩きながら、長い移動の間に俺はふと考え込んでしまった。
「ツンデレ……というより、外はクールで内は熱い、かっこいい大人の男性タイプ?」
うーん、二十八歳とはいえ、まったく大人っぽくない。大人どころか、年齢を感じさせない顔立ちだ。
顔はまだ幼く、そばかすもなく、年齢をごまかしているのか確信は持てない。だが、世の中のすべてを知ったかのような落ち着いた表情は、嘘ではなさそうだ。
俺の視点では、第一印象はちょっと取りにくいタイプかもしれない。
「兄ちゃん……なんでずっと佐藤さんの横顔を見てるの……?ま、まさか──」
妹が耳元でそっと囁き、少し興奮した目と悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「そんな顔で見ないで」
「うん、わかってる。佐藤がもっと小さかったら、まだ開発されていない領域に引き込まれそう。純真な準高校生と世渡り上手なショタの物語──」
彼女は右手で額を押さえ、また不敵な笑みを見せる。
佐藤がこれを聞いたらどんな反応をするのか、想像もつかない。
まあ、俺は彼を怒らせたくない。
「妹よ、万が一佐藤さんの限界を超えたら、俺たちの命は危ういぞ」
「兄ちゃん、もう頭の中で想像できるわ。佐藤がツンデレ三連撃を繰り出す姿がね」
「……」
「それに、好感度アップのイベントも見られるんだよ。佐藤さんがパフェを食べてるときに鼻にクリームがついちゃって、教えてあげると顔を赤くして鼻のクリームを拭う。最後は『ふん』って一言」
「お前それまで考えてたのかよ……ていうか、なんでパフェ?」
妹は指でこめかみを指し、得意げな笑顔を浮かべる。
時々、彼女の才能にはちょっと感心させられる。
「ここは教師棟だ」
「「あ、はい」」
道中、広場ではさまざまな年齢や国籍の人々が行き交うのを見かける。
ほとんどの人は歩いているが、たまにほうきで空を飛んでいる者もいる。
「普通の人間の世界では使えないし、学校や魔法都市での飛行も特別免許が必要だから、飛行授業を受ける人は年々減っている」
佐藤がそう説明した。
その言葉を聞いて、妹は少しがっかりした様子だった。
俺も少しだけ同じ気持ちだ。
空中をほうきで飛び回る人々を見る映画のような場面が見られないのは残念だ。
そして、学園内で見かけるアジア系の人はほとんどおらず、ほとんどがヨーロッパ系の顔立ちだ。
そのため、少し居心地が悪い気もする。
これは他国にも分部が設置されているためで、世界にはおよそ23の分部がある。
アジアだけでも9つあり、日本にも一つあるが北海道に位置し、強くはなく、むしろ遅れていると言っていい。
「どうして私たちをイギリスに来させたの?」
「選ぶなら、もちろん最良の場所だろう?ここは本部で、あらゆる資源がトップクラスだ」
教師棟を出ると、ちょうど昼食の時間になり、俺たちのお腹も鳴り始めた。
俺たちのために、佐藤は行程を変更して学園の学生食堂に案内してくれた。
食堂は、学院の街道の静けさとは異なり、三階建ての座席はほとんど満席だった。
「ひ、人が多い……」
「も少ない方だよ。開学したら外も人でいっぱいになる」
三階建ての食堂でも全校生徒を収容できず、その規模は……
「ここは私たちが座る場所じゃない。上の階に行こう」
「まだ上の階があるの?」
「うん、教員専用フロアだ」
俺と妹は佐藤の後ろに続き、「教員専用フロア」に上がる。
佐藤はウェイターに教職員専用の名札を見せる。
「三名様」
「かしこまりました、すぐにご案内いたします」
少し外で待った後、佐藤は俺たちを食堂に案内した。
ここは眺めがとても良く、学園全体の景色を一望でき、場所によっては学園外の都市も見渡せる。
しかし、俺たちの席は端の方にあった。
机の上には「佐藤」と書かれた名札が置かれていた。
教職員は専用席を持っており、わざわざ争わなくても座れるのだ。
「食べたいものは自分で注文して」
「わかった」
皋月は素早く、佐藤の手からメニューを奪い取った。
外見は落ち着いているが、内心ではよだれを垂らしながらメニューをじっくり見ている。
種類が多すぎて、なかなか決められなかったので、佐藤が簡単なパスタを注文してくれた。
「シーフードのやつ、お願いします」
「私も同じので」
佐藤は席を立ち、注文を取りに行く。
この時間を利用して、妹はまた佐藤の話題を持ち出した。
「やっぱり私、間違ってたかも。佐藤先生、ツンデレじゃないかも……」
「そんなこと言って、失礼にならないようにな……」
「天然ボケだよ!」
「どこからそんな結論が出てきたんだよ!」
俺たちは席で少しふざけ合った。
やがて、佐藤がパスタを二皿運んできた。
見た目は普通のシーフードパスタだ。
「おいしい──」
妹は幸せそうな声を出す。好奇心に駆られ、俺もこの学食のパスタを口に運ぶ。
「うん、美味しい」
確かに美味い。いつも行くファミリーレストランとは格が違う。
高級食材を使っているらしく、食感や新鮮さが申し分ない。
「そういえば──」
佐藤はコートのポケットから二枚のカードを取り出した。
「これは『マジックカード』です。このカードには協会内で使える通貨、通称『クレジットポイント』が入っています。通貨単位は……確かユーロですね。中には約二千五百ポイント入っています」
「「ぷ──」」
俺と皋月は同時に口の中のパスタを吹き出した。
まあ、皋月は吹き出す前にすぐ吸い戻したけど。
それにしても、この『マジックカード』という名前もすごいが、二千五百ユーロ!
二千五百ユーロって……日本円に換算すると40万円以上だ!
「これは二週間分の小遣いです。足りなければ後で追加します」
俺たちは驚きすぎて言葉も出ず、ただうなずくしかなかった。
「送ってあげようか?」
「お願いします」
佐藤は静かに、俺たちがランチを食べ終えるのを待ってくれ、そして宿舎まで送ってくれた。
夜になり、ようやく寝る時間になった。時差の調整は本当に辛い。
「佐藤さん、いい人だね」
「うん。せっかくのポイント、感謝して使わないとね」
「ねえ、そんなに散財しちゃダメだよ……それにしても、二千五百ポイントって本当に大盤振る舞いだよね」
「彼の口ぶりからすると、もしかして彼にとってはちょっとした小遣い程度なのかもね。お兄ちゃん、君はお金持ちで渋いショタにしっかり養われてる感じだね」
「君だって同じじゃないか」
俺たちは認めざるを得なかった。
今回、まさに大当たりを引いたようだ。
丁寧なサービス、豪快な小遣い、そして質の良い宿舎……。
ただし、今日限りで明日には放置されるかもしれない。
あまり悪く考えすぎるのも良くない。
もうこんなに遅いし、体も疲れている。うん、そろそろ寝よう。
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