第2話『護衛艦派遣』



「せ、西暦2073年……だと?」



 片木機長は呟いた。呟かざるを得なかった。


 エンターテイメントが蔓延する現代。未来人や異世界人が来ることはよくあることだ。


 しかし、それは画面内での話で現実で起きるはずがないのも常識だ。


 現実社会で自分は未来人や、異世界から来たと宣うなら中二病や精神障がい者とされて真面目に思わられることはない。


 だからこそ、堂々と無線で言い切ったことに驚きを隠せなかった。



「これ、どう対応するんです?」



 鮫洲副機長が呟いた。



「……相手が別世界から来た自衛隊だろうと、俺たちの任務は同じだ。この情報を本土に伝えて判断してもらうだけだ」



 哨戒機の本質は早期の敵艦の発見と監視し、その情報を本土に伝えることだ。


 そもそも哨戒機のメイン任務は潜水艦の探知だが、海上の敵艦の発見も任務に入っている。敵がどこの国で何隻がどう行動しているのか。それを詳細に把握し、時に警告し、時に潜水艦に攻撃をする。だが何より大事なのが、生きて戻り情報を伝えることだ。



「佐竹、艦隊に通信。目的を聞いてくれ」


『了解』



 DVM 190〝かが〟に通信をしてくれている佐竹通信士に片木機長は指示をする。


 重要なのは艦隊の目的だ。日本に敵意を持っているのか、はたまた別の目的なのかを知らなければならない。



『自称DVM 190〝かが〟に問う。貴艦を含む所属不明艦隊の目的を確認したい。我々とは異なる歴史を歩んだ貴隊が、なぜこの世界の海域に現れた? オーバー』



 哨戒機に配備されてから十三年、初めて聞く通信に冷や汗が止まらない。


 通常の任務で潜水艦を発見して警戒をしたり、目的不明の艦船を発見して警告を発することはたびたびあった。だが、これは今までの経験を覆すことに戸惑いを隠せない。



『PX-2了解。DVM 190〝かが〟含む第一次恒星間転移派遣隊の任務は、元々の世界の地球に人工的に転移し、地球とフィリアに転移ゲートを設置することである。PX-2が危惧する侵略の意図はない。しかし、何らかのトラブルが起きてこの世界に来た。来た原因も、戻る方法も今のところ不明である。オーバー』


「自称DVM 190〝かが〟、所属不明艦隊が自衛隊であると称するのであれば、その返答に信頼性はないと理解しているはずだ。オーバー」


『PX-2、理解している。しかし、これ以外に返答することが出来ない。証拠の提示は可能だが、音声のみでは困難である。我々のことを理解してもらうには、さらなる判断が求められる。オーバー』



 さらなる判断。つまり上に上告しろと言うことだ。


 艦隊に対してどのような対応をするかは、片木機長を始めPX-2の裁量権を超える問題だ。護衛艦を派遣して臨検するにしろ、本土に来てもらうにしろ、政治的判断が不可欠となる。



「……佐竹、このことは市ヶ谷だけでなく官邸にまで行く。向こうも分かってるだろうが、この海域から出ないよう伝えてくれ」


『了解。自称DVM 190〝かが〟、所属不明艦隊への判断は当機では行えない。主張が正しければ政治的判断が求められるため、判断が下るまでは当海域に留まることを願う。オーバー』


『PX-2了解。PX-2の内情は察するところである。本艦隊も不本意でこの海域にいるため、最大限この世界の日本の判断を尊重するものとする。オーバー』



 隣国と違い、歴史は違えど『日本』と『自衛隊』が同じなためが察した返答をする。


 従来とは別方向への気苦労は強いが、武力衝突の心配が低いのが救いだ。



『PX-2、哨戒機であれば我が艦隊を撮影していると思われる。音声のみでは伝えられないが、我が艦隊が未来と異星から来た証拠を見せることはできる。オーバー』


「未来の異星から来た証拠……それは見せてもらいたいな」



 個人的に見たいのもあるが、百文は一見にしかずで未来技術を見せてくれれば市ヶ谷も官邸も認めざるを得ない。



「佐竹、見せてもらうように連絡。それと全てのカメラでそれを撮れ」


『了解。自称DVM 190〝かが〟、その証拠を見せてもらいたい。だがその前に、何をするのかの内容を求む。オーバー』


『PX-2、我が艦隊の艦船には異星で獲得した浮遊技術が装備されている。それを見せるオーバー』


『自称DVM 190〝かが〟、確認する。貴隊は宙に浮くことが出来るのか? オーバー』


『PX-2、その通りである。今から三十秒後、約三十メートル十隻を海面から浮かす。撮影されたし、アウト』


「フェイク動画と疑われないようにブレを出さずに旋回するぞ」


「了解」



 PX-2は現在、艦隊から海面から五百メートル、距離で千メートル離れた位置を旋回している。AIによるフェイク動画や実写顔負けのCG映像がはびこる現代では、例え実写であってもフェイクと言われやすい。だからブレを減らし、不自然さを減らしてしっかりと撮影できるよう注意を払った。


 心の中で片木機長はカウントダウンをする。


 もし本当に空に浮くなら、それはそれですごいことになる。


 不安と期待が入り混じりながらカウントダウンをし、数字が0に近づくにつれて艦隊に変化が起きた。


 DVM 190〝かが〟とタンカークラスの補給艦、クルーズ客船五隻を取り囲む五隻の駆逐艦が宙に浮き始めた。しかも浮き方が常識外であり、ある意味常識内だった。


 通常、質量のある物を浮かすなら相応の推進力が必要だ。ロケットが宇宙に行くのに大量の噴射を必要とするように、下方向に向けて噴射をしなければ物は空に浮かばない。


 だが、謎の艦隊の護衛艦はその噴射を一切せず、まるで艦に取り付けた糸を掴んで持ち上げるように、船体が海面から離れて宙へと浮いた。合わせて船体に付着していた海水が海面へと雨のように垂れ流れていく。



「マジかよ」



 鮫洲副機長は、画面上でしか起きない光景を見て思わず声を漏らした。


 五隻の駆逐艦が十メートルほど浮かぶと、今度は内輪の五隻が同じように宙に浮き始め、瞬く間に高度三十メートルほど上昇すると止まった。


 この異質の光景を見て、片木機長は絶句する。


 同時にDVM 190〝かが〟の言っていることは事実であると実感した。



「……っ、この光景、全部撮影しているか?」


『全ての観測機器で記録しています。けど……本当に空に浮いてる』


『推進機とかないのにどうやって浮いてるんだ?』


『反重力?』



 測量区画にいるクルーたちから各々の感想が上がる。



『PX-2、こちらDVM 190〝かが〟、浮遊技術を確認されたか? オーバー』


『自称DVM 190〝かが〟、信じがたいが確認した。確かに地球上にはない技術だ。オーバー』


『PX-2、これが我々が異星で得た技術の一端である。証拠提示は以上である。オーバー』


『自称DVM 190〝かが〟、了解。この証拠を本土に送り、指示を仰ぐ。オーバー』


『我が艦隊は貴国の判断を尊重する。この世界の日本の判断が下るまで、我が隊はこの海域に留まる。ただし、武装解除には応じない。我が艦隊は、この星に存在するいかなる国家にも属していない。しかし、我が隊が忠誠を誓うのは常に〝日本〟であり、その立場は変わらない。ゆえに、我々の武装はあくまで自衛のために保持しているものであり、理由なき解除要求に応じることはできない。もし我々の防衛権を侵害する行為がなされるならば、それは自衛権の発動をもって対応せざるを得ない。オーバー』


『自称DVM 190〝かが〟了解。しばし待たれよ。アウト』



 通信が終わると、証拠を見せ終えたことで艦隊はゆっくりと着水した。


 軍艦が空を飛び続けるとなると事情を知らない航空機や船舶が目撃すればパニックになる。それをさけるため、さらに燃料のため着水したのだ。



「……この空域にいられるのはあと一時間か」


「いま、本土にデータを送信中。一時間で判断できますかね」


「パラレルワールドの自衛隊が来たと、理解して受け入れてどうするか判断だからな。一時間で出来るか分からん」



 このPX-2は空中給油機能が備わっている。給油をすればもう少し飛行できるが、それも一時間以内に基地から連絡が来るだろう。


 なんであれあと一時間飛行し続ける。



「これ、どうなるんですかね」


「分からん」



 現場組が判断できる状況を越えている。


 ただ、上が判断したことを実行するのみだ。


 片木機長は操縦間を動かし、ゆっくりと艦隊の周囲を旋回し続けた。



      *



 佐々木総理始め閣僚たちは絶句した。


 次世代哨戒機PX-2から送られてきた情報が厚木、市ヶ谷、総理官邸を経て届き、音声と映像を佐々木内閣全員で見たのだが、文字通り言葉を失った。


 大会議室に設置されているモニターには、大回りで旋回しながら撮影する自称別世界から来た自衛隊の艦隊が映し出され、それら全てが常軌を逸した空中浮遊を成しえていた。


 フィクションの中でしかありえない光景を目にして冷静でいるのはみな難しかった。



「……確認するが、これはCGとかじゃないな?」


「はい。CGではなく現実に起きた映像です」


「なら……状況をまとめると、この艦隊が来たことで衝撃波が起こった。そしてこの艦隊は2073年の、それもフィリアと呼ぶ惑星にある日本から来た。だが元々はその世界の地球に行くはずが、手違いでこの世界に来てしまった、と言うことか?」


「現場から送られた情報をもとにするとそうなります」



 反射的に「ふざけているのか」と言いたくなるが、佐々木総理はぐっと我慢した。


 タイムスリップだけでもバカげているのに、パラレルワールドに加えて別の星にある日本から来た。素人の作り話でさえもう少しまともな設定を考えるだろう。


 しかし、空を軍艦が浮かぶのを見ては即否定は出来ない。



「こんなふざけた状況を認めないとならないのか」



 そう呟くのは飯田外務大臣。


 ここにいるのは民間人または若い世代であれば心沸く出来事かもしれないが、政治家で日本の行く末を考えなければならない公人であれば、このような出来事への受け入れに難を抱くのは仕方ないことである。


 佐々木総理は一度大きく手を叩いて皆の注目を集めた。



「皆、思うことは多々あるだろうが、ここは前提としてこの艦隊の言い分を受け入れてほしい。映画のようなことが現実に起きたのだと。本音はどれだけ否定しても構わないが、建前として受け入れた考えをしてくれ」



 ここで危険なのが、内閣内で容認派と否定派で分裂することだ。そうなるとそこを纏めるのに時間が掛かって状況が悪化しかねない。


 だからまずは建前だけでも統一するべく佐々木総理は命令を出した。


 各々どんな考えを持ってしても、発言だけは受け入れたものとして進める。そうすれば土台から行く手間は省けるだろう。



「この艦隊のこと、アメリカや中国は察知してるか?」


「衛星で丸見えの状況と、アメリカは調査の打診もしてますからね。中国はともかくアメリカは衛星から艦隊の存在は把握しておかしくないかと」


「だがアメリカは何も言ってきてないな?」


「特に言ってきていませんね。横須賀も動いていません」



 アメリカが動かないのは嬉しいことだが、おそらくこちらの反応を見定めようとしているのだろう。未来の異星技術があるとなればどの国だって興味はある。しかし、艦隊の出現ポイントが日本の延長大陸棚で、そこは排他的経済水域と同等だから無視して動かないのだろう。


 出現地点は日本の排他的経済水域(EEZ)内にある。EEZでは公海航行の自由は原則維持されるが、資源開発等に関する権利は沿岸国に認められるため、政府の対応権限が強く働く領域だ。


 藪蛇をつついて蛇を出したくないのもあるだろうが、初手は日本に出させて得た物をかっさらおうとしていると思われる。



「総理、この天上自衛隊なる艦隊、どう対応なさいます?」



 片岡官房長官が問う。



「遅かれ早かれ世界中に知れ渡る。日本は違えど自衛隊であるならば我が国に帰港してもらうのがいいが……混乱も起きる」



 日本で日本人、自衛隊と不安要素はないが、未来人で異星を経験しているとなれば、同郷として扱うのは難しいだろう。



「……よし、こちらの護衛艦を艦隊に派遣しよう」



 腕を組み、考えて佐々木総理は決断した。



「護衛艦を派遣ですか?」


「確かに私たちは現代技術では説明がつかない技術を見たが、まだ当人たちと会ってもなければ彼らの経緯も一切分かっていない。なのに本土に突然来させるのはどちらともリスクが大きすぎる。まずは対面で接触して、彼らがどうしたいかを知るのが先決だろう。笠原さん、出来るか?」



 笠原防衛大臣は背後にいる防衛省官僚と話をする。



「それは出来ます。単艦でしたら数時間で出航も可能で、到着まで……二十時間くらいですね」


「人選とスケジュールは任せる。少なくとも明日中には到着させたい。向こうが自衛隊と名乗るなら、最初に接触したいのは日本のはずだからアメリカや他の国の接触が来ても拒むだろうが、それでも最初に行きたい」


「すぐに段取りを組みます。総理、私は席を外します」



 防衛大臣として指揮を執るため、笠原は席を立った。



「急を要するが頼む。あと分かっていると思うが、この情報は防衛機密だ。伝える者は厳選するように」


「はい」



 笠原防衛大臣は総理に会釈をすると会議室から退室していった。



「飯田さん、周囲の国の動向に注意を払ってくれ」


「分かりました。ですが出来て牽制です。EEZ内で他国の軍艦の航行を禁止することは出来ませんので」


「分かっている。あくまで目を光らせているぞと思わせる程度だ」



 考えれば他国が先に来ようと、天上自衛隊なる艦隊は我が日本との接触を優先するだろう。だがそれは希望的観測であって確約されたことではない。


 あらゆる可能性を潰してようやく安堵が出来る。


 佐々木総理は画面に映る宙に浮かぶ艦隊を見る。


 未来の異星から来た日本の自衛隊。


 国防軍としながら自衛隊と呼び、地球ではなく異星から来た。


 元々は自分の地球に来るはずが、この世界へとやってきた。


 彼らはこれからどこに進み、どうするのか。それを見極めねばならない。


 ただでさえ様々なことから情勢が不安定だと言うのに、取り違えば大惨事に巻き込みかねない。


 最悪日本発の第三次世界大戦も起こりえる。


 うまくいけば未来異星技術が手に入り、悪ければ国家存亡にもなる。


 極論だが、そこまで視野に入れて判断をしなければならない。


 佐々木総理はありとあらゆる状況をシミュレーションし続けた。



      *



 横須賀基地の桟橋に係留されていた護衛艦DD-116〝てるづき〟が、静かに汽笛を鳴らした。


 全長百五十メートルとある白と灰の艦体がゆっくりと離岸していく。岸壁では出港要員がロープを解き、号令とともに桟橋のクルーが敬礼を揃えた。


 艦橋には艦長の秋庭二等海佐が立ち、双眼鏡越しに前方の航路を確認していた。



「前部、後部、解け」



 号令とともに最後のもやい綱が外され、曳船の援助で艦は岸を離れる。


 護衛艦特有の低い振動が船体を伝い、エンジン出力が徐々に上がる。


 秋庭艦長は艦内マイクに向かい、艦内放送をする。



『こちら艦橋。全乗員に告ぐ、ただいまより出港作業を完了。これより指定海域に向け航行を開始する。これから夜だ。担当員は気を引き締めるように』



 普段と変わらない出航であるが、緊急出航が隊員たちに強い緊張を与えていた。


 横須賀の街並みが徐々に遠ざかり、浦賀水道の濃い海流に乗って南下。


周囲には商船やフェリーが往来するが、航跡を乱さぬように制御され、てるづきは淡々と進む。


 船橋では航海長が声を張り上げ、方位・速力を次々と報告する。艦長は無言で頷き、前方の海に視線を注ぐ。


 浦賀水道を抜け、房総半島と三浦半島に挟まれた東京湾口に差しかかる。


 丁度その時、大型客船が〝てるづき〟の横百メートルの位置ですれ違おうとしていた。〝てるづき〟を見ようと乗客が甲板に出て撮影しているのが見えた。


 東京湾で仕事をする人たちなら見慣れた護衛艦の出航も、民間人であれば珍しいのだ。


 物珍しくみられるのも慣れたものだが、任務に私情は挟めず隊員たちは各々の仕事に従事する。


 時刻は午後六時に差し掛かり、太陽は伊豆半島の山の中に沈もうとしていた。


 東には三浦半島の観音埼灯台が見え、西には房総半島の洲埼灯台の明かりが見える。


 ここを抜ければいよいよ太平洋だ。


 横須賀基地から内容不明で緊急出航を命じられ、送られてきた指定座標は四国沖の四国海盆海域。一体そこに何があり、我が艦に何を成せようとしているのか全くの不明だ。


 午後七時から八時には本土から、任務に関係する人員がSH-60Kが来て、そこで改めて緊急出航をするほどの任務のブリーフィングが行われる。


 有事であれば〝てるづき〟だけでなく、第二護衛隊群に出向命令が下るはずだから、単艦での出航となると必要であっても規模は大きくないことと思われる。


 しかし、緊急出航に加えて追加人員がヘリで連れて来るのは、勤続二十年をもってして初めてだ。



「なにが起きてるんだ?」



 ぼそっと呟くも誰も答えない。



「田原、指定海域までの時間は?」



 秋庭艦長は田原航海指揮官に尋ねた。



「原速(十二ノット/二十二キロ)で二十二時間。到着時刻は明日の午後四時を予定しています」


「分かった」



 戦闘中や訓練による一時的な加速ともかく、目標海域までの移動で最大戦速を出すわけにはいかない。それをすれば事故の危険もあれば周囲の船に不信感を与えかねないからだ。


 エンジンへの負担を考えても、そこは艦長として継続性を取る。



『CICより艦橋、東京湾にて太平洋に出ようとしている米海軍の駆逐艦を捕捉した。送れ』



 夜になることで夜間照明が灯る。海には光源がないか船の明かりしかなく、夜間航行を維持するため赤色灯を灯す。


 艦橋も日没と同時に照明が白から赤に切り替わり、夜間の海に目を慣らしているとCICから連絡が来た。



「艦橋CIC、アメリカの駆逐艦? 今日の出航予定はないはずだが……艦種は分かるか? 送れ」


『アーレイバーク級と推定。速力十五ノット、方位東南東一一三度、我が艦の後方十五海里に位置し、追従している。送れ』


「了解。そのまま監視を継続しろ。我が艦と同じ方向なのか含めて記録に残しておけ。終わり」


『了解。記録に残す。終わり』


「アメリカの駆逐艦が同じ方向に? なんかきな臭いな」


「この緊急出航と関係があるんですかね」



 同じ艦橋の副長席にいる久坂副長が答える。



「かもな。だがこちらからなにかすることはない。報告だけして注視だけに留める」



 日米安保から米海軍の行動に制限はないし、かけることも出来ない。〝てるづき〟と同じ目標だとしてもそれは現場ではなく上で対処する案件だ。


 無論、上から航行を妨害するよう言われればするが、中国艦ならともかくさすがにそれはしないだろう。



「……昼の衝撃波、これは何かあるな」



 状況証拠から緊急性の高い何かがあって〝てるづき〟に出航命令が下り、追いかけるように米軍も動いたのだ。


 協調性は感じられないから、現場での衝突が予想できる。



「速力強速に増速」


「両舷前進強速」


「両舷前進強速!」



 秋庭艦長の指示で当直士官の操艦者が速力通信機員に伝達し復唱して機関室に速力を伝える。そして機関室がその速力になるようエンジンの回転数を上げて速力が少し増大させる。


 原速は十二ノットだから十五ノットだと追い抜かれてしまう。よって〝てるづき〟も増速をして速さを合わせたのだ。



「なにはどうあれ、アメリカを前に行かせるべきではないな」



 レースをしているつもりはないが、横須賀基地――ではなく、この場合は官邸だろうが、アメリカに先を越されるのは良しとしないだろう。


 秋庭艦長はそう推察してアメリカの駆逐艦の前にい続けるよう心掛けた。

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