天蓋の檻~並行国家日本の交渉~

龍乃光輝

第1話『衝撃波』

 自衛隊はここ近年で加速度的に装備品の更新を行っていた。


 陸上自衛隊。海上自衛隊。航空自衛隊。それぞれ現代のニーズに合わせた更新を数千億単位で行う。


 防衛費は年々過去最高額を記録し、その都度メディアで取り扱われて賛否両論をする。


 第二次世界大戦が終結してから八十年以上、日本は戦争をせず過ごしてきた。


 それだけを言えば自衛隊は不要や、憲法九条があるからなどと言われるが、それらは自衛隊と駐日米軍の存在があってのことであり、防衛力がなければどうなっているかは想像に難くない。


 だからこそ賛否両論されようと、自衛隊は存在して日本を守るべく日夜守り続けているのだ。


 本州から小笠原諸島に跨る海域を、一機の航空機が航行する。


 機体の側面には日の丸のマークと海上自衛隊が描かれており、四基のジェットエンジンによって飛行していた。


 PX-2。現在運用している哨戒機のP-1の後継機として開発された次世代哨戒機だ。


 改修程度では済まない飛躍的な設計を抜本的に行い、飛行時間と距離から監視範囲と制度を飛躍的に向上させた。


 PX-2はその試験機の名称で、性能試験のため外洋上空を飛行していたのだった。


 通常のP-1と同じ飛行ルートを辿り、レーダーとソナーを使って洋上と海中に潜む軍艦の探索を行う。


 抜本的な性能アップ故に、各機種のレスポンスも捜索範囲もP-1より優れているのが、機長を始め搭乗している隊員たちが実感をする。


 この性能試験は後期に入っており、各隊員たちから上がる報告書をもとに調整または改善、正式な量産化に入るかが決まる。そのため隊員たちは一層真剣に各モニターを凝視する。


 自分らの判断が、今後十数年から数十年、日本周辺の海を見守るのに影響を及ぼすのだから、その責任は重い。


 もちろん試験飛行だろうと通常飛行だろうと、自分たちがすることは一つだ。


 日本を守る。それだけである。



「こちら試験機PX-2、順調に巡航中。異常はなし。オーバー」



 機長の片木三等空佐はマイクに向けて短く報告を送る。



『PX-2、了解。航路もデータも受信良好。予定通りルートを維持してくれ。アウト』



 厚木基地の管制室から落ち着いた声が返ってきた。


 片木機長は頷き、前方の水平線に目をやる。操縦桿の感触は安定しており、エンジンも規定出力を維持していた。



「本当に、これが量産されるなら頼もしい限りですね」



 副機長の鮫洲一等空位がつぶやく。



「そうだな。P-1の時もそうだったが……俺たちの目と耳が広がるのは、つまり日本の息が長くなるってことだ」



 片木機長は短く返し、機内の空気を引き締めた。


 その時だった。


 警告音が短く鳴り、機体全体がぐらりと揺れた。



「……乱気流か?」



 鮫洲副機長が眉をひそめる。


だがすぐに機体に再び衝撃が走る。今度は縦揺れではなく、鋭く突き刺すような圧力の波。


 通常の乱気流とは明らかに質が違う。圧縮された空気の塊に叩きつけられたかのように、機体が大きくきしむ。


 同時に計器が一斉にアラートを鳴らし始めた。



「エンジン出力低下! 二番と三番、回転数が急落!」



 機関士の報告が鋭く飛ぶ。



「推力不足、速度が落ちていきます!」



 鮫洲が操縦桿を押さえ込みながら叫ぶ。



「エンジン・モニター確認!」機長が短く命じる。


「N2回転数ダウン、EGT(排気温度)安定。燃料流量も急減です」


「コンプレッサーストールの兆候は!?」


「なし! 衝撃による燃焼不安定の可能性!」


「よし、フェザリングはするな。このまま再点火を待つ。スロットル固定」



 片木機長が決断を下す。


 一瞬、機内を沈黙が支配した。計器の針が不規則に震える。速度がじりじりと落ちる。


 数秒後。



「回復します! 二番、三番とも推力復帰! 出力正常値に戻ります!」



 機関士の声が弾む。



「速度、維持可能。操縦安定」



 鮫洲が復唱した。



「……ふう。何だったんだ、今のは」


機長は汗を拭いながらも冷静を装い、すぐ次の指示を出す。


「全員、航法・エンジンログを詳細に記録しろ。異常の再現性を確認する。状況が安定するまで、機動は最小限に抑えるぞ」



 緊張が解けぬまま、機体は再び水平飛行へ戻っていった。



「今のは……衝撃波か?」


「周囲の空域に航空機は確認されていない。それにその程度でエンジンが落ちてたまるか」



 経験から乱気流とは思えず、感覚からして戦闘機が生み出すソニックウェーブが当てはまるが、レーダーにはそれらしい光点はない。ステルスだとしても、最新鋭のPX-2のレーダーに一切映らないことはないはずだ。


 実際、空自のF-35は小さいながらも補足をしていた。


 なのにレーダーに引っかからず、音速を越えた戦闘機がソニックウェーブの影響する距離を通過するとは思えない。


 何よりその程度でエンジン出力が落ちるはずがない。



「こちら試験機PX-2。突発的な衝撃波を感知、機体が大きく揺さぶられている。しかしレーダーに航空機らしき反応はない。オーバー」


『機体トラブルか? オーバー』


「航行に異常なし。エンジン出力が落ちたが今は持ち直している。感覚から衝撃波は南東から来たと思われる。オーバー」


『了解。今現在レーダーに反応はあるか? オーバー』


「ない。旅客機は確認できるが、戦闘機はない。オーバー」



 無線機の奥で厚木基地管制官が、マイクを手で押さえて話をしているのが聞こえる。



『PX-2、何らかの爆発による衝撃波と考えられる。現在当空域で飛行しているのは当機だけだ。その衝撃波を受けた方角に進路を変更して調査をしてほしい。燃料は後どれほどか? オーバー』


「燃料は……あと三時間はプラスで航行できる。衝撃波は四国海盆海域から来たと思われ、進路変更する」


『国交省より緊急通達。旅客機複数が衝撃波を受け、緊急着陸を要請中。通常の爆発では説明できない規模だ』



 管制官ならぬ乱れた口調に、PX-2機長は静かに息をのんだ。



「数十から百キロ規模の衝撃波となれば……」



 何年か前に起きたベイルート港での爆発事故は核兵器を除いて最大規模の爆発であるが、その衝撃波は二十キロほどまで届いたとされる。


 それ以上となると核兵器規模だが、現在の世界で核実験は地下実験に限定され、海中と海上ですることはまずない。する国も限定されてしようものならすぐに察知する。


 少なくとも実験をする兆候はなかったはずだ。



「憶測より実測です」



 片木が呟こうとしたことを副機長が宥めた。


 確かに鮫洲の言う通りだ。憶測など無数に出来、事実を確認するには実測するしかないのだ。



「PX-2より厚木基地、当機は四国海盆海域に向かう。アウト」



 片木は操縦機を操作して機体を百二十度旋回させる。


 目の前に広がるのは青空に照らされる大海原。


 その先に何があるのか、日本の先を見通す哨戒機が向かう。



      *



 進路を変更して一時間が過ぎた頃、観測員クルーから報告が来た。



「水上レーダーに感あり。十隻の船団を確認。その内の一隻は……五百メートルはあります!」


「五百メートル!? 五百メートルもする船は存在しないだろ」



 歴代でも最大級の大きさは四百五十メートル。巨大として名高いアメリカ空母も三百メートルほどで、エネルギー効率やコスト、航路の観点からもそれ以上は意味がないとして建造されることはなかった。



「計測器の間違いでなければ確かに五百メートルはあります」



 この海域に五百メートル規模の小島はない。水深四千から五千メートルもある海域で、十の島が連なる諸島はないのだ。



「機長、アメリカ海軍が新空母を秘密裏に建造したってことはありませんか?」


「一隻五千億はするんだぞ。映画じゃあるまいし、そんな船をアメリカだって秘密裏に作るのは無理だろ。ましてや日本に派遣するか?」



 日本の常駐しているアメリカ海軍の第七艦隊。各艦隊には一隻空母が入り、駆逐艦や巡洋艦か編成に入る。


 五百メートル級の空母があればそれだけで大ニュースだし、日本に派遣するなら日米同盟から必ずアメリカから通達が入る。


 今日この日まで秘匿することはまずありえない。



「なら中国の新型空母?」


「中国の空母は全て通常動力だ。五百メートルともなれば排水量は二十万トンはする。原子力じゃなきゃまともな航行は出来ないだろ」


「ならどの国が……」


「まずはより正確な情報だ」



 本当に五百メートル級の船がある艦隊なのか、レーダーの誤作動なのか、自分の目で見なければならない。



「レーダー波を受ける可能性がある。全員気を引き締めろ」



 まだこの艦隊が海軍なのかどうかも不明だが、通常の民間船が艦隊を組むことはないため、前提でも他国の海軍として動くしかない。


 かつて味方であるはずの国から火器管制レーダーを受けたことがある。二転三転する言い訳にあきれ果てて追及を辞め、遺恨だけを残す事件があり、今回もそれが起きるのではと緊張してしまう。


 試験機であるがチャフなどの防衛手段は備えている。万が一攻撃を受けても回避は可能だ。


 しかしそれだけはないことを祈る。



「高度一六〇〇フィート、速度二〇〇ノット」


「高度一六〇〇フィート、速度二〇〇ノット、セット完了」



 鮫洲副機長が復唱し、操縦桿を滑らかに動かして機体を降下させる。



「目標船団までレンジ三十八マイル。視認まで約八分」



 観測員の声が機内に響いた。その八分間では厚木基地どころか、市ヶ谷の判断を仰ぐ時間もない。従来どおり、この場の最高責任者である機長が、状況に即応するしかなかった。


 本来なら単なる試験飛行のはずが、突如現れた未知の艦隊への接触任務に変わり、不安が胸をよぎる。しかし自衛官である以上、命を賭けた状況は常に想定のうちだ。


 空自はしばしば勇猛果敢、支離滅裂と揶揄される。危険にあっても躊躇せず進み、ときに支離滅裂なほど即断を下して事態に立ち向かう組織。


 片木は操縦桿を握る手に力を込め、水平線を鋭く見据えた。



      *



 次世代哨戒機が衝撃波が発生したポイントまで残り五分に差し掛かった頃、日本の首都東京の首相官邸では慌ただしく動いていた。


 謎の衝撃波による日本の空の秩序が乱され、その対応に追われているためだ。


 航空機関係の担当省庁は国土交通省だが、司令塔は日本政府である。


 現場指揮は国交省や当該空港がするが、その最初の指示は政府をはじめとした国交相が下す。


 そのためには情報収集が不可欠で、総理初め閣僚らは総理官邸に集まり、担当官からレクを受けていた。



「謎の衝撃波は中部太平洋沿岸を襲い、沿岸の建物の窓の破損によるケガ、事故の通報が相次いでいます。航空機に関しては墜落の情報はありませんが、十機以上が緊急着陸を打診。最寄りの空港に着陸しています」



 衝撃波の発生から一時間が経過し、対象地域からの通報の情報が官邸へと集まる。


 幸い死者は出ていないが、ガラスの破損や転倒によるケガで119番と110番の通報が相次いでいた。


 しかも今日は土曜日で、多くの人が休日を謳歌していて通報の数を増大させていたのだった。



「かなりの規模だな。原因は分からないのか?」



 資料を目にしする佐々木総理大臣が問う。



「現在試験飛行をしています哨戒機PX-2が現場に向かっています」


「まさか隕石が落ちた衝撃とかじゃないよな?」


「それはありません。もしこれだけの衝撃波を生む隕石なら、数十から百メートルを超える津波が起きます。気象庁では津波は起きていないとしています」



 窓ガラスを破壊する規模の衝撃波が海洋で起きたとなれば津波も連想される。


 しかし津波に人一倍敏感な気象庁が否定するなら起きていないのだろう。



「火山活動、隕石、地震……考えられる自然災害は否定か……あと考えられるのは……核爆発」



 佐々木総理の発言に、会議場は静寂となった。



「それはあり得ません。条約によって核実験は地中と決まってますし、ましてや我が国近海でするなんてのは……」


「少なくとも北朝鮮は核実験をする兆候はなかったな?」


「それは間違いなく」


「アメリカは何と言ってる?」


「アメリカも原因は不明で、必要であれば駆逐艦を派遣するとしています」



 日米同盟でアメリカが出てくるのは、日本が他国から襲われた時だ。そしてこの衝撃波は日本の排他的経済水域で起きたのであれば、まず動くのは日本である。



「いや、この程度でアメリカに借りは作りたくない。哨戒機はもうじき発生海域に着くのか?」


「そうです」



 そう担当官が返答していると、会議室に一人の職員が入り、防衛大臣にメモを手渡した。



「今現場から情報が来ました。衝撃波が発生した方角に進んでいたところ、レーダーに艦影が移ったそうです。数は十隻。多くが二百メートルで、一隻だけ五百メートルあるとのことです」



 メモを受け取り、それを読み上げると読み上げた防衛大臣を含めて会議室にいる人はみな驚きの声を上げた。



「五百メートルだと? そんな巨大な船はないだろ」


「ああ、ありえん」


「……ちなみに世界最大の船は何メートルなんだ?」


「ギネス記録に残っているので……四百五十八メートルです。でももう運用はしていなくて、ここ近年の大型の平均が三百五十から四百メートルです」


「存在しない大きさってことか」



 突如ギネス記録をはるかに超える船が、レーダー上とはいえ補足したことで、衝撃波と合わさって異常なことが起きていると日本政府は認識した。



「一応聞くが、計器の間違いではないのかね?」



 ありえないからこそ別の方向を考え、佐々木総理は防衛大臣に尋ねた。



「三度確認済みです」



 計器そのものが壊れていなければ、日本近海に五百メートルある船を中心とした十隻の所属不明の船団または艦隊がいることになる。



「……哨戒機からの報告をまとう。今は国内の混乱を収めるのが優先だ」



 外洋の船団については情報が来なければどうあれ判断のしようがない。今は混乱が続いている中部湾岸地域の混乱を収め、情報をもってその判断を下す。



「念のため横須賀方面には警戒レベルを上げるよう伝えてくれ」


「分かりました」



 会議室の壁には大画面モニターがあり、そのモニターでは緊急報道番組が映し出されていた。



      *



「……見えたぞ」



 レーダーに反応があった所属不明の船団に向かって飛行するPX-2。そのコックピットからついに視認できる距離に達し、船外カメラと含めて機長の片木はその目標を目にした。


 一般的な輪形陣形で、中央にひときは巨大な空母型の艦に、後方にクルーズ客船が二隻、補給艦が二隻、そしてそれを取り囲むように五隻の巡洋艦がいた。



『間違いない。あれは民間の船団じゃない。海軍の艦隊だ。全通甲板も確認できます』



 機長の目より光学機器を駆使できるクルーから報告が来る。


 距離にして十キロほどで、その距離になると艦種の判別は出来るようになる。



「全通甲板……あれは紛れもない空母ですけど、アングルドデッキがない。どちらかと言うと、〝いずも〟型じゃあありませんか?」



 鮫洲が呟いた。


 五百メートルとある空母の形状は、確かに艦橋が右側にあるし、甲板には航空機らしき機体も見える。


 しかし、その形状は我が国の自衛隊が所有する〝ひゅうが〟型や〝いずも〟型と酷似していた。


 アメリカ空母にある斜め滑走路のアングルドデッキがなく、イギリスや中国空母で採用されているスキージャンプもない。



「それもだが、艦隊編成にしては歪だな。民間のクルーズ船が編成に入ってるなんて……」


『おい、嘘だろ』



 片木が独り言を発しているとクルーから驚愕する声が届いた。



「どうした?」


『艦尾に旭日旗が見えます』


「旭日旗?」


「……偽装工作か、れっきとした国際法違反だな」



 艦尾にはその艦がどの国に属しているのかを示す軍旗を掲揚されており、一目でどの国かが分かるようになっている。なのに、その艦隊の艦尾には自衛隊旗である旭日旗が掲げられていたのだ。


 当然ながら、自衛隊旗である旭日旗を掲げていいのは日本の護衛艦のみだ。礼儀として入国する際にその国の旗を掲揚することはあるが、他国の軍旗のみを掲げるのは国際法違反だ。



「オープンチャンネルで問いかけろ」


『了解』



 さて、どう返す。



『こちら日本国海上自衛隊哨戒機PX-2。旭日旗を掲揚する所属不明艦隊に告ぐ。我が方は貴艦隊を事前に認知していない。国籍および所属を開示せよ。繰り返す、国籍および所属を開示せよ。応答願う。オーバー』



 PX-2は艦隊からの応答を待った。



『ジジ……PX-2、こちら、日本国防軍、天上自衛隊、第一次恒星間転移派遣隊、旗艦〝かが〟オーバー』



 片木と鮫洲は互いを見合った。


 国防軍? 天上自衛隊? 恒星間転移派遣隊?


 意味不明だらけの返答に、二人は困惑した。



「もう一度確認してくれ」



 意味不明ゆえにもう一度掛けるよう指示を出す。



『PX-2了解。内容不明瞭につき、繰り返す。貴艦隊の国籍および所属を明確に開示せよ。オーバー』


『PX-2、こちらDVM190〝かが〟。護衛艦DDG191〝あかぎ〟以下八隻。日本国防軍、天上自衛隊隷下、第一次恒星間転移派遣隊所属……以上、オーバー』



 二度繰り返されたら聞き間違いではない。



『DVM190、我が方……我が国には国防軍、天上自衛隊、恒星間転移派遣隊なる組織は存在しない。そして、艦名〝かが〟は、CVM184である。190ではない。虚偽通達は厳に慎まれたい。オーバー』


『PX-2、疑う気持ちは分かる。しかし、我が方の認識ではそうであり、我が隊での184はDDH184〝しなの〟である。オーバー』



 さらなる耳を疑う返答に、虚偽どころか創作物が頭をよぎる。


〝しなの〟はかつて第二次世界大戦時に、戦艦大和型三番艦で建造しようとしていた艦の名前だ。大和型はそのインパクトから自衛艦には名が付けづらく、いまに至っている。


 それなのに平然と自衛隊を名乗る正体不明組織から出て、片木たちはより困惑した。


 ここまで来ると映画撮影のほうがしっくりくるからだ。


 だが、五百メートル級を始め十隻もなる艦隊をガワだけでも作るとなると相当な金額を必要とするし、仮にするなら大体的に広報が動く。


 今日この日まで秘密にするのはマーケティングの観点からでもあり得ない。



『DVM190〝かが〟、PX-2了解。しかし、艦名“しなの”は我が国では未使用であり、歴史的理由から自衛艦への命名は見送られてきた名称である。事実と齟齬が多すぎる。繰り返す、国籍および所属を再確認されたし。オーバー』


『DVM190〝かが〟了解。その齟齬を埋めるため一つ確認を取りたい。今年は西暦何年だ? オーバー』



 よりまさか、と脳裏にPX-2に乗る乗員は抱いただろう。


 謎の艦隊、存在しない組織名、質問に西暦。


 これらだけでエンタメが蔓延して満喫してきた現代人であれば、自然と抱くことがある。


 通信をしているクルーは、今年の西暦を伝えた。



『DVM190〝かが〟了解。今の返答ではっきりとした。正気を疑う返答だろうがはっきりと答えよう。我が隊は、西暦2073年相当のフィリアと呼ぶ惑星から来た、貴国とは異なる歴史を歩んだ日本から来た自衛隊である。オーバー』



 淡々と来る事務的な返答。しかし、その内容は常軌を逸し、片木と鮫洲は息をすることを忘れた。


 喉の奥がひりつき、冷房の効いた機内にもかかわらず背筋を伝う汗が止まらない。


 耳に残るのは、あり得ない単語の羅列と、規則正しい通信音だけだった。

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