第5話 二人の宿禰
時は、いまだ日の高い、
船着き場にて
「いかがでしたか、交易船は」
「いや、まったく見事ですな。
「ご謙遜を。武内どのの本拠は名にしおう紀の国。木の扱いもなにもかも、こちらより優れておられましょう」
そう言って、宿禰王は胡床をすすめ、自らも腰を下ろした。
女たちが、碗や小皿を運び、二人の横の卓に置いた。硬く焼きしめられた
「………
武内宿禰はおもいがけぬものに出くわして、息長の宿禰王を見やった。
その視線を受け止めた宿禰王は、その双眸に
「
武内宿禰は目元を緩めて、その香りを深く吸い込み、存分に堪能して、ゆっくりとその残り香を吐き出した。
「
口に含んで、また笑む。
「ええ、力仕事をする
交易で手に入るとはいえ、よく出回っている品ではない。もちろん交易の路は北つ海だけに限ったものではなく、筑紫に荷揚げされるものもあれば、
「昔、大陸から渡ってきた男に、食べてみるかと聞かれました。あまりの
大王の
武内宿禰は
「……そう、
宿禰王は微笑んだまま、器を口に運んだ。言わずもがなのことだ。船上、舟屋あたりで飛び交う言葉、それらが何より
「そして、この器。
またも宿禰王は、微笑みで応じた。
「角鹿はご覧のとおり小さな郷です。
かつて、加羅の国の
武内宿禰は、両の手の指を組み、両膝に肘を置いて、身を乗り出した。
「宿禰王どの、あなたは纏向の御舎で、私が角鹿にて船を見せていただきたいとお願いしたとき、お見せできる船が戻っているかわからぬと、
角鹿を訪ねるということは、息長の、
息長の宿禰王は、指先で顎をしごいた。
「ここなら、誰の邪魔も入らず、貴方の胸内をお聞きできると思いましてね」
鳶が高く鳴いた。海風が汐の香とともに舟屋に吹き込んでくる。
「こう申しあげてはいささか直截にすぎますが、
宿禰王は、これまでの取り繕いをとりはらって本題に斬りこんだ。武内宿禰、纏向の
「もちろん、お察しの通り、大王が外つ国との交易を始められたい願われているというのは、私が息長をお訪ねするための建前です」
武内宿禰も、あっさりと白状した。口実であると見抜きながら、おのが
「誰の邪魔も入らぬところで、お話ししたかったのは、大王の
冴え冴えとした宿禰王の黒曜石の双眸が、武内宿禰の瓊玉の揺らめきをもつまなざしをうけとめた。
「淤斯呂和気の大王は、打ち寄せる老いの波になすすべなくおられる。昼に夜に、
ご存じの通り、淤斯呂和気の大王は、お立場上、というだけでなく多くの妃をお持ちになり、比古、比売も数知れずですが、
宿禰王の薄い唇が、話をひきとった。
「
胆吹山は、息長の
「残念なことです。我が息長の郷に降りられれば、舶来の薬を尽くして、おいのちを永らえていただけたでしょうに」
__
宿禰王は小さく、小碓の王が詠んだと伝えられる
ぬけぬけとした、見事なまでの
大和に還ることを阻んだのは、そのようにさしむけたのは、淤斯呂和気の大王、そして実行したのは、大王の意を汲んだ息長しかありえない。
もちろん、もう生まれた子が成人になるほどの
「小碓の王を失われて、淤斯呂和気の大王は、
「……それで、小碓の王の御子、大王にとっては孫にあたられる
死してなおその
「仲津日子様は、小碓の王の
しかし、それとて諸手をあげて推し戴くには、弱いだろう。仲津日子の
「……
宿禰王は、やんわりと指摘した。
「彦人大兄様は、播磨の
「
「……ほう。」
宿禰王は内心の驚きを隠せなかった。
「伊那毘の翁は、彦人大兄どのへの日継を見送り、仲津日子様に日継をされる条件として、彦人大兄の比売、
宿禰王は、老亀のあだ名の由来として、鍛えた肩に首がすぼまるように治まった老人の、矍鑠とした面構えを思い浮かべて、苦笑した。
「抜け目のないご老人だ………」
「かつての息長の、……丹波の
宿禰王の大叔父にあたる美知主は、娘を
「・・・・宿禰王どの。なぜ息長は、淤斯呂和気の大王に一族の比売を入れなかったのです?淤斯呂和気の大王も、
その不在につけこんだ播磨が、いま権力伸張している。
「さて、としごろの、似合いの比売がちょうど居なかったのではないですか」
「宿禰王どの」
父子ほど年が離れていようと、政治的な結びつきであれば、問題にはならない。
「……さて、先代の、父の
穏やかに滔々と語る宿禰王に、武内宿禰はおのれが知らぬ間に熱くなっていたことに気付いた。
「いや、これは・・・・
武内宿禰は頭を垂れて詫びた。
息長の宿禰王は、幾年を生きたか知れぬと噂されている男の謙虚な振る舞いに意表を突かれた。
武内宿禰は、はっきりと息長の宿禰王を見据えた。
「ですから、息長殿。ここからは、お願いを申し上げることになる。息長の比売を、仲津日子様に
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