第2話 空が青い
目が覚めると、俺はいつものベッドの中にいた。
「!?」
思わず飛び上がり、俺は刺された胸を確認する。
痛くない。血も出ていない。
服を脱ぎ捨て、洗面台の前まで走り鏡の前で確認する。
確かに無傷だ。
「夢……だったのか?」
俺は滝のように流れる冷や汗をタオルで拭いながらリビングに戻る。
新聞を手に取り一面を確認する。
おめでとう! あなたは「願い」を叶える権利を手に入れました!
あなたは歴代の勇者と魔王、総勢12名によるバトル・ロワイヤル「勇魔大戦」に参加した、「今のところ最新の勇者」です!
「なんだ、これ……」
俺は発行している新聞社と発行日を確認する。
普通だ。何も変なところはない。活字もちゃんとしているし紙質も偽物とは思えないほどいつもどおりだ。
「勇魔大戦……何かの小説のタイトルか? でも小説が新聞の一面に載るはずなんかない……」
俺は記事の続きに目をやった。
あなたは12人目の勇者です。
名称:グラウ・アルヴァトーレ
通称:現代魔法学の始祖
権能:現代魔法の行使
願い:
俺は頭に手をやった。
自分の名前が確かに紙面に印刷されている。しかし書かれていることはデタラメだ。俺は学会の有名人なんかじゃない。そもそも魔法学の論文を発表したことさえない。それが、なぜ「現代魔法学の始祖」とまで書かれているのか。
瞬間、玄関のほうから凄まじい爆音が響いてきた。
洗面所からリビングに戻ると、部屋の中が滅茶苦茶になっている。
埃の舞う中、二つの人影が瓦礫の中から立ち上がる。
「さすがは始祖の勇者様だ! この程度じゃ傷ひとつ付かないってか!」
「やめてください! こんな戦いには何の意味もありません!」
「意味ならあるだろう!? お前にだって諦めた願いのひとつやふたつあるはずだ!」
「それとこれとは話が別です! そもそも、私とあなたはまだ出会ったばかりです。話し合いの余地はあるはずです!」
「しゃらくせえ!」
片一方の人影が剣を振るうのが見えた。
瞬間、俺の家の中を暴風が吹き荒れる。
俺は頭を抱えてその場に伏せた。
なんだか分からないが、ヤバい奴らに家を荒らされている。
この家の出入り口は玄関だけだ。洗面所の窓は小さすぎて出入り出来ない。
「くそ……」
一か八か、賭けるしかない。
俺は二人の剣士が壮絶な斬り合いをする横を全速力で駆け抜け、寝室に転がり込んだ。
そこにあるのは杖だ。老人が足腰を痛めるのを防ぐために使う杖ではない。我が家唯一の武器、5年くらい前に買った魔法の杖だ。
俺は杖を手に取り、カートリッジを装填する。
この杖は俺の少ない魔力量を補う為に改造した特別品だ。
予め魔法を封じたカートリッジを装填し、杖に備え付けられた魔石により威力を増幅して発射する。
これを使って、アイツらを吹き飛ばして追い払う。
俺は二人に狙いを定め、人差し指のトリガーを引いた。
瞬間、片方の人影が俺の魔法の直撃を受け家の外へと吹っ飛んでいった。
(マズい! 両方を吹き飛ばさないと返り討ちに──)
刹那、俺の目の前まで、少女は音も無く近寄っていた。
(遭、ぅ……)
予備の杖に手を伸ばす。その手を取り、少女はぎゅっと握ってにこりと微笑んだ。
「助けてくれてありがとうございます! 事情を説明している時間がないので、すこし、失礼しますね!」
少女は俺を軽々と片手で抱き上げると、剣からなにやら魔法を出して寝室を破壊し外に飛び出た。
地上から十メートルは跳躍しただろうか。俺は思わず死を覚悟するが、少女は音もなくふわりと建物の屋上に着地する。
「……離してくれるとありがたいのだが」
「あの人、きっと攻撃したあなたのことも狙ってくるので! このまま一緒に逃げちゃいましょう!」
確かにその通りなのだが。
少女は俺を抱き抱えたままぴょんぴょんと建物の上を跳ねながら逃走する。
俺は視界から遠ざかっていく家を想う。
玄関は消し飛び寝室にはもう壁がない。
俺の唯一の居場所が瓦礫の山になっている。
でも、不思議と怒りは湧かなかった。
あの家は本来、俺にとってその場しのぎの場所でしかなかったはずなのだ。
それが、こんなにも長く住むことになって、嫌な現実に閉じ込める牢獄のようにさえ感じていた。
俺は少女に抱き抱えられながら空を見上げた。
そういえば最近、下ばかり見ていた気がする。
「空、青いな……」
少女はそれを聞き、にこりと笑った。
「綺麗ですよね!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます