かつて死んだはずの俺、異世界に召喚される~最後まで生き残った奴の願いが叶うらしい~
『偽物』
第1話 グラウ・アルヴァトーレ
俺は大した人間じゃない。
若い頃は多少剣を扱えたが、聖騎士団には入団出来なかったし、魔法を習っていた時期もあったが、扱えるようになった魔法は数種類だけだ。
グラウ・アルヴァトーレ
34歳、独身
身長174センチ、体重68キロ
職業:無職
趣味:寝る前に、「勇者になった自分の姿」を妄想すること
特技:歴代の勇者と魔王についての逸話については人並みより詳しい自信がある
金髪とも銀髪ともつかない色あせた短髪に、疲れ切った翡翠の瞳。
鏡の前に立つ度に嫌になる。
この何者でもない俺が現実の俺だって事実にため息が出そうになる。
朽ち果てたカビ臭いタオルに水魔法を染み込ませ、顔を拭う。
玄関から今朝配達されたばかりの牛乳の瓶を持ってきて、夜の間にネズミに囓られたとおぼしき跡のあるパンを片手に、バッグやら何やらが置かれ散らかりきった狭いソファに腰を下ろした。
7年前、27の俺は少し遅めだが実家を出て王都に安い賃貸を借りた。
聖騎士団に入団して魔王を討伐する勇者になるまでのその場しのぎの宿のつもりだったアパートに、俺は今でもずっと住み着いている。
1789年の秋。
何でもない退屈な朝。
俺は新聞の一面に堂々と報じられる魔王討伐の報を読み、囓っていたパンを床に落とした。
この100年間、人類のテリトリーを脅かし続けた魔族との戦争が遂に終わりを遂げたのだ。
俺はその新聞の中の文章を血眼になって目で追った。
勇者は誰だ?
100年間ずっと現れなかった。魔王を殺す伝説の才能。
俺に与えられなかったその才能の持ち主の名は。
一体、誰だ。
息をするのも忘れて記事に釘付けになっていた俺は気が付かなかった。
部屋の中に何者かが侵入し、俺の胸にナイフを突き刺していることに。
「ぅ、ぁ……?」
ぬるりとナイフが抜き取られ、血飛沫が舞う。
かなりのやり手に刺されたようだ。痛みを感じるよりも先に視界が真っ暗になり、俺は床に倒れ伏せた。
(死ぬのか……? 何も成せないまま……)
でも、仕方がないのかもしれない。
俺は勇者になれなかった。
俺は何者にもなれなかった。
このまま何者でもないまま生き続けるのと、今ここで誰にも知られず一人ひっそりと死に絶えるのと、どちらがより辛いだろう。
たぶん、俺はこのまま虚無の人生の中を生きるほうがよっぽど辛いと思ってしまう。
そんなことを死ぬ間際に考えて、俺は意識がまどろんでいくのを感じた。
せめて死ぬ前の最期の瞬間くらい、現実のことは忘れよう。
いつものように、もしも自分が勇者だったら……そんな妄想をして、その妄想に浸りながら、最期の眠りに就くことにしよう。
もしも、俺が勇者だったら……。
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