奈落よりカナンへ ―― 魔神転生伝 ――

山雲青以(やまくもあおい)

序章 奈落の先へ

第0話 遥か遠い世界で ―― プロローグ ――

 その部屋には本が満ちていた。

 据え付けられた本棚は本で溢れ、床もまた堆く積まれた本の山が連なり、足の踏み場を探すのもやっとという有様。


 硝子窓から入る午後の日差しさえ、紙とインクの匂いに霞むように薄暗い。


 鼠一匹いないようなこの場所に、しかし微かな寝息が響いている。


 部屋に一つしかない椅子に座り、同じく一つしかない机に突っ伏して、一人の少女が目蓋を閉じている。


 少女の頭の傍らには一冊の絵本が広げられており、その中には、巨大な竜と戦う戦士達の姿が描かれていた。


―― 勇者とは人の希望。

―― 世界の護り手たる聖霊の使徒にして、最強の力なり。


 窓から吹いた風が本のページを捲る。


 次に開かれたページでは、夜空に輝く十三個の凶星を背にした怪物が、恐ろしい笑みを浮かべていた。


―― 魔王とは絶望。

―― 創世神と聖霊の敵にして、世界を滅ぼす悪意なり。


 部屋の外で「姫様! どこですか姫様!」と叫ぶ侍女の声が聞こえてくる。

 少女の瞼がゆっくりと開き、橙色の瞳が光を映す。


「勇者は現れる」


 少女は右手でポケットから出した、罅割ひびわれた宝玉を目の前に掲げた。


「そしてこの国を……」


 ……。


 ……。

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