【新】奈落よりカナンへ ~ 六人目の転生勇者は落第魔法使いの最強魔法 ~
山雲青以(やまくもあおい)
序章 奈落の先へ
第1話 暗い闇の底より
「この世の全てをぶっ壊したい」
空腹を感じなくなった体と、
金も尽き、力も尽き、気力も尽きた。
陳腐な言い草だが、俺にはもう夢も希望も無い。
救いは死ぬ前にこの廃村に辿り着いたことか。
「壊して壊して、壊して壊して」
壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して。
「壊し尽くして、虚無の中で消えたい」
頭の中に反響する言葉と、勝手に動いて言葉を零す俺の口。
瞼の裏に広がる暗闇と現実の暗闇の境目が崩れていき、そう、俺は死ぬのだとわかる。
「壊して、壊して。俺は、僕は」
人を信じた事の後悔が、人を信じれなくなった事の苦しさが、暗く濁った渦のように俺の心を、いつものように、抉ってくる。
「もし、あの時」
動いた両腕で、震える皺の浮いた両手で、闇に浮かんだ景色を押し潰した。
―― 最後ぐらい、もう、忘れさせてくれ。
「ねえケント、やっぱりやめようよ」
若い女、いや少女の声が聞こえた。
誰もいないはずのこの場所に、だ。
幻聴か?
「うっせえぞララ。こんな土砂降りの中にいられっかよ」
少年の声も確かに聞こえた。
一人や二人じゃない複数の声が、闇の中に響いてくる。
全部、ガキの声だ。
「で、でもっ。ここ、暗くてちょっと怖いよ。勝手に使って幽霊とか出たら私嫌だよっ」
「いやいや、寧ろ使った方が幽霊さんも『サンキュッ』って言ってくれる感じ? ほら、使わないと建物って痛むって言うっしょ?」
「……この崩れそうな廃屋に痛むも何もないと思うけど。それに幽霊なんかより、現実として濡れたままで風邪を引く方が問題だと思うわ」
「ハルの言う通りさ。ま~、幽霊なんて迷信だよ」
足音が止まる。
「あ――もうっ、もうっ、もう!」
次に聞こえたのはトントントンッという控え目な
「おい遅れんなよララ。置いてくぜ」
気配が近付いて来る。
廊下の壁に反射する光が、徐々に大きく、強くなっていく。
「うおっ!? っと、何だこりゃ!?」
「……あら」
「うわ、ヤバって感じ?」
「へぇ~」
「どうしたのよっ、て……、キャア――!!」
一瞬の眩しさ。
随分と視力の落ちた裸眼の視界の中に、登山服を身に纏った、ぼんやりと歪む少年少女達の姿が映る。
「ユ、ユキ! しっ、死体だよ!!」
「よく視なよララっち。まだ死んでないっしょ。ほら、ちょっち目が動いてる感じだし」
俺にはお前らの方が、闇に
「……行き倒れの浮浪者、という所かしら」
「ちっ」
先頭の少年が端の方へ動き、屈んで何かを手に取った。
立ち上がり、近付いて来る。
その右手に、棒状の廃材が握られているのが見えた。
「おらっ!」
体を襲った衝撃と共に視界が転がった。
痛みは感じない。
この体にはもう、そんな機能は残っていない。
「ここで転がってんじゃねえよクソジジイ!」
ジジイと呼ぶなよ、クソガキ。
俺はまだ、四十代だ。
「邪魔だ! 」
頭を叩かれて音が聞こえなくなった。
けど、光はまだ見えている。
「 」
腹を蹴られて、転がって、止まった。
流れ出た血が、乾き切った眼球の中に入った。
「 ! 気味の
一際大きな衝撃を受けて吹っ飛ばされる。
だが、また耳は聞こえるようになった。
俺が子供の頃に家にあった、叩くと直るテレビを思い出すなぁ、かはっ。
「ね、ねえハル。ケントを止めてよ。これ、ちょっとやり過ぎだよ」
「……そうね。ケントが殺してしまうと後が大変だし、取り敢えずはロープで縛っておきましょうか」
「おっ、ハルちゃんやっさしい♪」
「……ふざけないでユキ。ほら、手伝いなさい」
「え~~、何で
「いや、エリートの僕に肉体労働は無理だって。それに腕相撲で僕に完勝してるユキの方が、適任じゃあないかな?」
「……わかってるでしょユキ?」
「は―――――――――っ、
不快だ。
俺を傷付けてくる、この世界の全てが。
『何で? どうってことねえじゃん』
古い記憶疼き、心がささくれ立つ。
―― 俺の痛みを、周囲の誰も理解できないと
―― 俺のやめてくれという声を、誰もが笑って無視をした。
二匹が近付いて来る。
奴らの足が床を踏む。
よく見なければ気付かない程の、薄っすらと濃くなった木の床を。
最後だ。
力を振り絞る。
手が伸びてきた瞬間。
俺は両手を突いて体を起こし、渾身の力を込めて体を床へぶつけた。
「「っ!?」」
床が砕けた。
二匹が目を開いた。
腐った床板の崩壊は瞬時に室内の全てに及び、他の三匹も一緒に暗闇の底へと落ちて行く。
最初にこの部屋を調べた時、床下に巨大な空洞があることを発見した。
そして板張りの床には黒い染みが幾つもあり、その裏側は表面から想像できない程に腐り切っていた。
―― そう、最後にここへ身を横たえたのは、丁度良い墓穴があると思ったからだ。
ついでに言えば、部屋の奥の暗がりには、名前の知らない赤塗の仏像が置かれている。
こんな廃屋に放置されている時点で霊験などありはしないだろうが、せて死後、迷わず逝けるくらいのご利益はあるだろうさ。
「みんな死ね」
闇へ落ちて
腐り果ててから一人でこの穴に落ちると思っていたんだが、クソガキどもとはいえ、道連れを作る事ができた。
ああ、楽しい。
この無明の穴は俺が開けた。
俺を害した者達に報復する為に、何もできなかった俺が、自分の意志で闇への境界を壊したのだ。
ああ、愉快だ。
「みんな消えてしまえ」
誰もいない空白の中で、何も感じることなく消えていきたい。
そう、ただ安らかに……。
……。
……。
……。
……。
闇の底に辿り着かない。
そして何故か、深い緑の匂いがする。
「どうして、どうしてボクがっ」
荒く繰り返される少女の呼吸と、早鐘のように響く彼女の心臓の鼓動。
どうやら俺は今、この少女に
「死にたくないっ、こんな場所で死にたくない!」
切羽詰まった少女の声が頭に響く。
それは日本語や英語とは違うものだったが、不思議と明瞭に意味を理解することができた。
「
「熟し丸まり、玉と成れっ」
少女が紡ぐ言葉と共に、少女の中の力が灼熱の炎へと変わっていく。
まるでファンタジーのような光景だ。
「【
少女の放った火球が毛むくじゃらの怪物に当たり、眩い炎が踊った。
「グル、グオオオオオオ!?」
炎の中で怪物が暴れる。
少女の中にはもう力が残っていない。
これを凌がれたら最後、彼女は怪物に喰い殺されるしかないだろう。
少女の恐怖と絶望を感じる。
だが俺にはどうしようもない。
それにもう疲れたんだ。
苦しい生にしがみ付くより、さっくり死んだ方が楽というものだ。
なあ、そうだろ?
「お願い、お願い、お願いっ」
震え、弱々しい声が響き続ける。
だが俺は弱者の祈りが聞き届けられた光景というのを、見た事が無い。
弱ければ死ぬ、負ければ死ぬ、それが摂理だ。
「グルルルッ」
炎の奥で唸り声が上がる。
散っていく火の粉の中から無傷の、毛むくじゃらの怪物の手が伸びて来る。
「助けて……、お父さん、お母さん」
……くっ。
―― ぽつんとただ一人、真っ暗な夜道を歩いたあの時の景色が見えた。
っそがああああっ!
景色が重なってしまった!
俺の中の最も古い、忌々しい景色が!
こいつの声と重なってしまった!!
『俺はもう誰も信じない。誰も要らない』
俺の叫びを無視するように、俺の手が怪物へ伸びていく。
歪な幻のような指が、怪物の毛先に残っていた、弱々しい炎の
『一回だけだ。この一回だけお前の声に応えてやる!』
俺の意識が少女の中から飛び出し、消えかけの炎に吸い込まれ、一つになった。
「グ、グルォオオオオオ!?」
怪物の中から強大な力が噴き上がり、濃い闇のような波動が俺を消そうと襲い掛かって来る。
体を拳で殴られるより強く、棒で叩かれるよりも強く、心臓に直接響くような痛みが襲って来る。
意識が削れ、掠れていく。
―― オレニハ、ナニモナイ。
生きる為に。
耐える為に。
痛みの中で心を殺してきた。
―― オレハ、ナニモデキナイ。
いつも何かに押し潰された。
動けなくなっても、後悔だけは消えなかった。
―― ダガ、今ノオレハ、炎ダ』
一粒の火から叫び上げる。
光を! 輝きを!
炎は叩かれても消えない。
炎は殴られても消えない。
炎は罵倒され嘲笑されても光を放つ。
燻っても燃え上がり、俺に拳を振るい踏み付けた人間達を灰に変える強さを秘めている!!
『俺ハ
消える寸前、力の流れの隙間を狙い、潜ることができた。
注射器の針を滑らせるように、俺自身を怪物の血肉の奥へと進め走らせる!
―― 見付ケタ。
怪物の中心、力の源。
美味しそうな〈赤〉。
―― イタダキマス。
〈赤〉を噛み砕いた。
遠くで轟音のような絶叫が響き、嵐が消える。
残った血肉を食らって灰に変え、闇の中から飛び出すと、周りにいる小さな〈赤〉達の姿が目に入った。
『残念だったなお前達。俺はまだ腹が減っている』
「「ギィ、ギイイイ!?」」
狙い、血肉を食い破って小さな〈赤〉達を噛み砕く!
人間の体で感じていた胃袋の充足とは違う、最高の映画を観た後の多幸感のような、それを物理的に膨らませたような感覚に腹が満たされていく。
「ギィギャアア!!」「イギィッ!!」「キギィギャ!!」と耳障りな断末魔が鳴り続ける。
「グギィイイ『死ね』ィイッ!!」
最後の〈赤〉を食らい尽した瞬間、[ザザザ……]という異音が聞こえ、濁っていた視界が晴れていった。
……。
……。
◇ ◇ ◇
~ side:少女 ~
「どうして、どうしてボクがっ」
木にぶつかりそうになりながら、痺れの残る自分の体を無理矢理走らせる。
転べば一巻の終わりなのに目は霞み、呼吸音は馬鹿みたいに五月蝿くなっていく。
「「「グギャッギャッギャ!」」」
後から迫って来る数十匹のゴブリンの
捕まれば集られて犯され、女としての地獄を見せられて壊された後は、その小鬼の口に食われしまう。
「この!」
右手の杖を握り締める。
無詠唱で無理やり魔法を構成し、振り向きざま、火球の魔法をゴブリン達へ投げ放った。
「グギャ!?」
「ギギギャッ」
二匹が吹き飛び数匹が転んだだけか。
「はぁ、はぁ、はぁ、くそっ!」
何を間違えたんだろう?
―― この魔法学院は高尚な学びの場だ。孤児なんかが来る所じゃないんだよ。
―― ぷっ、こんなこともわからないの? 学校辞めたら?
無機質な無数の目から放たれる、ぎらぎらと鈍く輝く敵意に満ちた視線。
戦場で斬るべき者達から向けられるものが、同じ教室に座る級友達から向けられた。
―― ここに入るお金をどうやって用意したのかな? あ、体を売ったの?
―― じゃあ俺が買ってるよ。ほら、拾え。
投げ捨てられた硬貨が床に転がる。
その音はどうしようもなく、ボクの心をささくれ立たせた。
―― 困るねえ。問題を起こされると。彼らは君と違って、ちゃんとした家の子供達なんだよ。
惨めな気持ちが溢れて、気が狂いそうになった。
―― 君を辞めさせろという声は大きいのだよ。だがね、私のものになるならいいようにしようじゃないか。
どす黒い殺意が爆発し、気が付いたら学院長をぶん殴っていた。
「死にたくないっ」
―― 俺達は〈旋風の大鷲〉っていうんだ。君は一人なんだろ? 良かったら俺達の仲間にならないか?
新人冒険者が集まる町で、若手の実力派として有名な人達に掛けられた。
―― はっはっは、動けないだろ! 裏市場で高値の付く特性の痺れ薬さ!
―― でも少しは抵抗してくれよ。じゃないと楽しくないだろ?
力を振り絞って逃げて、崖から転がり落ちた先にあったのはゴブリンの巣穴だった。
「こんな場所で死にたくない!」
あっ。
視界が傾く。
「嘘っ」
木の根に足を取られた?
いや、右足に矢が刺さってる!
「きゃああああああ!?」
転がって窪みの水溜まりに落ちた。
「ぶはあっ、はぁ、はぁ、はぁ」
口に入った泥水を吐き捨てる。
体の痺れが酷く、右足が動かなくなった。
「「「ギャギャギャギャ!」」」
ゴブリン達がボクを囲み、醜悪な笑い声を響かせる。
その中から一匹、ゆっくりと足音を響かせて、大きな毛むくじゃらの個体が前に出て来た。
「スティンク・ゴブリンって、冗談でしょ……」
鼻の曲がるような悪臭を放つ、上半身が肥大して異形の狒狒のようになった魔獣化したゴブリン。
その体毛は刃を通さず、口の中にびっしりと生える牙で鉄鎧をも食い千切る人食いの悪鬼。
「グルフゥ」
性欲と食欲に濁ったその目玉を見た瞬間、ぶわっっと背筋に怖気が走った。
「
ボクの無詠唱魔法じゃ無理っ。
こいつが舌なめずりしている間にっ。
こいつが口を開いて襲い掛かって来る前に!
「熟し丸まり、玉と成れっ」
詠唱で強度を上げた全力の魔法を叩き込む!!
「【
杖から放った赤い火球の魔法がスティンク・ゴブリンに直撃した。
「や、やったかな……?」
爆ぜた炎がスティンク・ゴブリンを包み込み、火の粉が宙を舞う。
「グル……」
舌打ちのような唸り声が聞こえた次の瞬間、体を震わせたスティンク・ゴブリンから炎が飛び散った。
「……嘘だ」
「グルフゥウ」
「「「ギャギャギャギャ!」」」
コブリンの包囲が狭まって来る。
「お願い、お願い、お願いっ」
右足が動かない、左足も動かない。
武器は杖だけで、その杖ももう、魔力の洸が灯らなくなった。
血の気が引き、カチカチとボクの歯が鳴る。
ゴブリン達の握る錆の浮いた鉈や短剣が、スティンク・ゴブリンの太い左手が迫って来る。
助けて。
誰かっ。
「助けて……、お父さん、お母さん」
瞼を閉じようとした瞬間、目の前で業火が燃え上がった。
それはスティンク・ゴブリンの中から噴き上がり、まるで獲物に巻き付く蛇のように、毛むくじゃらの体を燃やしていく。
「え?」
「グルファアアアアアアアア!!」
「「ギ、ギギィ!?」」
絶叫するスティンク・ゴブリンが転がり周り、巻き込まれたゴブリン達が潰れて灰になっていく。
「グ、グギィ、、」
スティンク・ゴブリンの左腕が炭化して落ちる。腹が崩れて穴が空く。
「グギイヤアアアアアッ!!」
空を向いたスティンク・ゴブリンの
「ギギィッ!」
「グギグギッ」
「ギグイイイイ!!」
炎がゴブリン達を呑み込んでいく。
蛇のように、
けど不思議なことに、ボクは吹雪のように荒れ狂う火の粉を浴びても熱くなかったし、火傷一つできはしなかった。
破れ掛けの服も、千切れ掛けた
「……………………助かった?」
ゴブリン達の断末魔がボクの耳を打つ。
乾いた白い煙が
森の中へ逃げようとした最後の一匹も、蛇のように食らい付いた炎に貪られ、暴れる姿はすぐに燃え尽きていった。
『ふぅ、満腹って感じだな』
灰から立ち昇る煙の中で、炎が形を変えていく。
荒れ狂う輝きが収束して歪な球形に、それはやがて人型に。
『よう、初めまして』
地面から風が吹いた。
灰を踏む音を響かせて、煙の奥から現れた人型の炎が近付いて来る。
鼻も口も耳も無い顔だが、目のあるべき場所には、赤黒い炎が灯っている。
敵意は感じない。
いや、寧ろ親し気な様子だ。
『今にもくたばりそうだな、マイ・マスター』
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