ブンブン カナブン

幸まる

第1話 カナブン

ボクの家の外には、小さな庭がある。


ママは「この狭さじゃ庭なんて言えないわ」って言うけれど、コンクリートで固められた駐車場横の、雑草が生えた小さな空間はボクの特別な場所だ。

長方形のプランターが三個と、メダカを飼っているプラスチックコンテナが並んでいるこの場所が、ボクは大好きなんだ。


ボクは毎日、学校から帰るとそこに行って、ママに「晩ごはんよ」と呼ばれるまで過ごす。




ある日、駐車場との際で、ひっくり返っている緑色の虫を見つけた。


「わあ、カナブンだ」


ボクはしゃがみ込んで観察する。

緑に見えていた体は、少し茶色が混じったみたいな色だった。

六本の脚を空に向けて、バタバタ、バタバタ。

短い触角も一緒に動いていて、かわいい。


……でも、ずっとこうしてる。


「ねえ、もしかして、起き上がれないの?」



助けてあげようか。

人間だって、転んで起き上がれない時あるもんね。


指を近付けると、待ってましたとばかりにしがみつくカナブン。

持ち上げて太陽の光が当たると、硬いはねがメタルチックに輝いて、とてもきれいだ。


「ママ、見て!」

「きゃ〜っ! ゆうくん、近付けないで!」


花の水やりに出てきたママに差し出したら、ひどい顔で叫んで家に入っちゃった。

いつもは優しいママなのに、虫を見せるとこんな風だ。

ボクは悲しい。


「またやってんのか。母さんは虫が苦手なんだから、やめてやれって」


ちょうど中学校の制服を着たお兄ちゃんが帰ってきて、覗き込んだ。


「きれいだな」

「そうでしょ? 何でママは苦手なのかな。宝石は好きなのに」


お兄ちゃんは笑った。


「ゆうは、なんでキノコ苦手なの?」

「だって、噛んだら変な感じだし、臭いもん」

「オレはキノコ好きだし、美味しいと思う。でもゆうに『美味しいから食えよ』って皿に入れたら嫌な気がするだろ?」

「うん、やだ」

「そういうことじゃないか?」



そういうこと。



ボクが好きな虫が、ママは苦手。

お兄ちゃんが好きなキノコが、ボクは苦手。

皆好きなものはそれぞれだけど、押し付けられちゃ、嫌な気持ちがするってことか。



「そっか。そういうことか」


そうだよって言うように、カナブンはちょっぴり触角を上げた。

硬い翅の横から薄い翅が出できて、あっという間に空へ飛んでいく。

そして、すぐにきれいな青い空に溶けて見えなくなった。



「ブンブン、カナブン。バイバイ」



ボクは空に向けて手を振った。




《 つづく 》



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