第13話 影と毒
清太郎の腕に刻まれた異常は、常識を逸していた。
砕けた骨は瞬く間に再生し、皮膚の下から白い欠片が覗くたびにまた元へと戻っていく。
一同はしばし言葉を失い、ラグナは腕を組んで低く吐き捨てた。
「そのレベルの再生なんて、見たことも聞いたこともねぇ……」
重苦しい空気を断ち切ったのは、白矢のへらへらとした声だった。
「んじゃ、次はぼくの番かな」
へらへら笑いながら前に進む。その軽さが、逆に不気味だった。
視線を集め、立ち止まった白矢が振り返る。
その瞳に、渦を巻く線や幾何学的な目玉の群れが浮かびあがった。見た瞬間、背筋を氷の爪でなぞられたような寒気が走る。
「……っ!」
飾折も清太郎も思わず息を呑み、獬崎でさえ僅かに目を細めた。
白矢はにやりと笑うと、そのまま後ろ向きに倒れ込む。地面に叩きつけられる――はずが、身体は影へと沈み込み、跡形もなく消えた。
「消えやがった……!?」
探す一同を、暗がりの中から白矢は楽しげに眺めていた。
次の瞬間、飾折の背後から影が盛り上がり、分身が這い出す。
「うらぁっ!」
「うわっ!? なにしやがる!」
反射的に振り抜かれた飾折の拳が分身を粉砕し、影は煙のように掻き消えた。
間髪入れず、ラグナの背後からも白矢がにゅるりと現れる。
分身はにこやかに飾折の方へ顔を向け、軽口を叩いた。
「反射的に殴るのやめてよー。本体だったらミンチだよ? ぼく、清太郎じゃないんだからさ」
「っるせぇ!」
飾折が舌打ちしながら振り返ると、分身は彼女の拳を待つように影へと沈み、煙のように掻き消えた。
本体の白矢は一瞬だけ苦笑し、肩をすくめた。
「……いやいや、ちょっとは加減してよ。冗談でも怖いわ」
引き気味な声色を残しつつも、すぐに笑みを取り戻す。
その後も、路地の陰や足元の暗がりから次々と白矢が這い出してくる。
十人、二十人。場は同じ笑みを浮かべる「白矢」で埋め尽くされた。
「あはは! どう? どれが本物か当ててみなよ!」
不気味さと滑稽さが紙一重で交じり合う。だが最後には一斉に霧散し、最初に立っていた位置にひとりの白矢だけが残った。
へらへら笑いながら肩をすくめる。
「ね? 影に潜ったり、分身を出したり……要は相手を惑わせるのが得意なんだ。正面から殴り合うのはみやちゃんと清太郎に任せとけばいいし、ぼくは横からちょっかい出して遊ぶ係。……相手をからかうには、これで十分でしょ?」
ラグナは深くため息をついた。
「……ったく、影から出たり消えたり……心臓に悪ぃ。俺には付き合いきれねぇ芸当だ」
額に手を当て、疲れを隠そうともせず視線を移す。
今度は獬崎へ。
「で……あんたはどうなんだ? まだ何か隠してんだろ。……頼む、もうさっさと終わらせてくれ。こっちは見てるだけでぐったりだ」
獬崎は悠然と立ち上がり、微笑んだ。
「直接の戦いには不向きですが……神としてふさわしい力を示しましょう」
ふわりと白と紫の花弁が舞う。光を帯びたかと思えば瘴気を孕み、甘くも毒々しい香りが場を満たす。
「わたくしは、毒草の瘴気を操り、同時に聖光で味方を癒す。敵には腐食と浄化と幻惑を。花と光の神性を、この身を媒介として解き放つのです」
獬崎は清太郎に手を伸ばした。
「清太郎、少し腕をだしなさい」
清太郎が怪訝そうに腕を差し出すと、その皮膚がじわりと崩れ、骨がのぞく。毒の匂いが立ちこめ、溶解の痕が生々しく刻まれる。
「うおお……! 腕がすげぇ速度で溶けてる! すげぇなこれ!」
清太郎は目を輝かせ、興奮混じりに笑った。
白矢が目を細め、にやつく。
「へぇ……敵を即死させる毒でも作れるの?」
獬崎は微笑みを崩さず、静かに頷く。
「ええ。望めばどんな毒でも」
白矢はますます口角を吊り上げ、楽しげに肩を揺らした。
ラグナは一連を見届け、深く眉をひそめた。
「……今度は毒に光かよ。おまえら、ほんと理解できねぇ……怪物としか言いようがねぇな」
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