第12話 瘴火と不死身
店の裏にある広場は、まるで学校のグラウンドほどの広さがあった。石畳の地面は踏み固められ、所々に焦げ跡や割れ目が走っている。どうやら過去にも訓練や喧嘩の舞台に使われてきた場所らしい。
サラは若干心配そうに四人を見守り、ラグナは腕を組んで仁王立ちになり、重々しく言い放った。
「ここで実力を見せてくれ」
最初に一歩前へ出たのは飾折だった。黒セーラーの裾を翻しながら振り返り、悪びれもなく笑う。
「いい感じに壊せそうなもんがないからさ。清太郎、あんたサンドバッグやってくれ」
「おう、いいぜ」
清太郎は快く応じ、広場の中央へ歩み出る。
その様子を見て、ラグナがわずかに身を乗り出した。
「相手は俺が――」
「待った、ラグナさん」
白矢が片手を上げて遮る。
「ここで馬鹿力のみやちゃんとやり合ったら、さすがに危ないよ。壊れるのは清太郎で十分だからさ」
ラグナは一瞬言葉を飲み込み、眉をひそめながらも広場を見守ることにした。
「じゃあ、合図ねー……はじめ!」
白矢の掛け声が響いた瞬間――飾折のセーラー服の裾と拳が、焦げ臭い瘴火に包まれる。
赤黒い炎がぎらりと灯り、燃えているのに熱を持たない異様な輝きが夜気を歪める。
そのまま飾折は大地を蹴り、勢いよく跳び上がった。
ラグナの目が鋭く細まる。
「……なんだこの炎……?!」
見覚えのない光景に、困惑を隠せない。
空から拳を振り下ろし、清太郎の顔面を正面から叩き潰す。
轟音。
清太郎の頭部はあっさり地面に叩きつけられ、石畳は派手に陥没。砂煙がもうもうと立ちこめ、広場の中央には巨大なクレーターが穿たれていた。
飾折は自慢げに拳を払って、白矢たちの方へ歩いて戻ってくる。
「どや?」
その光景に、サラは息を呑み、ラグナは目を剥いた。
「おい……頭を潰したように見えたぞ?! 死んだんじゃねぇのか!」
大慌てで駆け出しかける。
だが白矢と獬崎はどこ吹く風。白矢はケラケラ笑い、獬崎は小さくため息をついているだけ。飾折に至っては「上出来」みたいな顔だ。
「おまえら……!」
ラグナは怒鳴りかけた――その時だった。
クレーターの中心から、頭のない清太郎が立ち上がる。
ふらりと歩き出しながら、首の断面から肉と骨が盛り上がり、頭部がぐにゅりと再生していく。
「んー……ちょっと目がチカチカすんな」
完全に顔を戻した清太郎が、何事もなかったかのように首を回す。
白矢がケラケラ笑いながら指を差した。
「いやぁ清太郎、ほんっとに壊れても戻るんだね! 普通ならトラウマものだよ? ……あ、ついでにゾンビの真似して歩いてきてよ!」
「はぁ? ……まぁいいけどよ」
清太郎は不満げに眉をしかめながらも、ぎこちなく片足を前に出す。両腕をだらんと垂らし、首を傾げて、まさにゾンビの真似をしながらのっそりと歩き始めた。
すると飾折が、まるで何でもないように横から拳を突き上げた。
「おらぁ!」
鈍い衝撃音とともに清太郎の頭がはじけ飛び、肉片が砂煙の中へ舞った。
首から上を失った清太郎は、それでもふらふらとゾンビ歩きを続ける。血もほとんど流れず、身体はまるで操り人形のように前進する。
「ぎゃはは!!」
「あはははは!!」
「……ふふっ、これは傑作ですわ」
白矢と飾折、そして獬崎までが腹を抱えて爆笑する。
だがその間に、清太郎の首の断面から肉が盛り上がり、頭がみるみる再生していった。
完全に顔を取り戻した清太郎は、笑い転げている三人をギロリと睨みつける。
「てめぇら……遊んでんじゃねぇ!!」
次の瞬間、清太郎が突進した。
「うわっ!?」
「やべっ、来た!」
「きゃはははは!!」
白矢、飾折、獬崎の三人は爆笑しながら四方に散り、清太郎に追いかけられて広場を逃げ回る。殴る素振りでかわしたり、わざと転んだり、子供のような軽い追いかけっこに変わっていく。
その珍妙すぎる光景を、ラグナとサラはただ呆然と見守るしかなかった。
「……こいつら、本当に実力を見せる気があるのか?」
「笑ってる場合じゃないでしょ……こんなの、人間じゃない……」
二人の表情には、庶民感覚での純粋な恐怖とドン引きが浮かんでいた。
白矢、飾折、獬崎の三人は爆笑しながら広場を逃げ回り、清太郎に追いかけられていたが、やがて一通り騒ぎ終えると、息を整えて元の位置に戻ってきた。
「……ふぅ。まぁ、あんな感じで力は見せられただろ」
飾折が肩で息をしながら、満足げに笑う。
「私のは単純明快、馬鹿力だ。殴れば大抵のもんは砕けるし――あ、さっき出たあの炎はなんか勝手に出る。使ったら強くなるっぽい、そんな感じ?」
本人はよく分かっていないようで、阿呆みたいな答えに白矢が吹き出す。
清太郎も腕を組んで鼻を鳴らす。
「んで俺は、ちょっとやそっとじゃ壊れねぇ身体だ。さっき見たろ? 頭潰されてもすぐ戻る。痛みは最初からねぇ。だから、砕けても立ち上がれる。それが俺の強みだ」
そう言いながら、ふと思い出したように「あ、そういやこれもあったな」と呟くと、体中から骨がバキバキと突き出した。肩や腕、背中から白い刃のように骨が生え、異様な姿に変わる。
「――俺の新スキル、『異常再生(いじょうさいせー)』!」
わざとふざけて名乗りを上げる清太郎に、白矢と飾折が腹を抱えて笑い転げ、獬崎まで口元を押さえて笑みをこぼす。
一方でサラは蒼白になり、ラグナは険しい顔で二人を見据えた。
「……あの炎も骨も、聞いたことがねぇ。どんな種族なのか見当もつかん……常識じゃ測れねぇな」
考え込むように唸りながらも、その目には庶民的な恐怖が色濃くにじんでいた。
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