かわいい美少女にはダンジョン配信をさせよ!~TSおじさんは生き延びたい~

@Six_Lenses098

第1話

かわいい美少女には、ダンジョン配信をさせよ。


そんな狂った格言が、現代日本に存在したかどうかは知らない。


だが、ここは魔法が存在し、魔物が跋扈する異世界だ。


満ちる魔力が魔物を生み、地脈の歪みがダンジョンを育てる。

そこから得られるのは、莫大な富と明確な死の影だ。


そんな物騒な世界の娯楽が――ダンジョン配信。

命懸けの冒険や採取、戦闘をそのまま垂れ流す。冷静に考えれば、狂っている。

そんなハイリスク・ハイリターンの人気ジャンルだ。


現代日本でしがないサラリーマンだった俺も、迷惑な邪神に異世界へと放り込まれて以来、数多いるダンジョン配信者の一人として、生活の糧を得ていた。


いやぁ……いろいろあったなぁ。配信して、死にかけて、生き延びて。


得たものは、魔法の力と美少女の体。

失ったものは、安全・安心・安定の生活。


なんでこんなことになったのか。


消滅予定の因習村、そこにあった打ち捨てられ、朽ち果てかけた社に潜んでいた迷惑な神様に出会ったせい。

ちゃんと口伝を残さずに死んでしまった、ばあちゃんのせい。

「決して近づいてはならぬぞ!」という遺言を無視した、俺のせい。


どれか一つ違っていれば、きっと今ごろ、クーラーの効いた部屋でのんべんだらりと平和に暮らしていたはずだった。

――とはいえ、嘆いていても手持ちの金は増えず、腹も減る。

今日も今日とて仕事の依頼を受けた俺は、目的のダンジョンに足を踏み入れていた。


「よし、と」


ダンジョン入口付近の安全地帯。

俺は腰に巻いたポーチから小型魔導具を取り出して起動する。

しばらく後、半透明の板に"いま"の自分の姿が投影された。


「相変わらず、意味わからんくらい美少女やなぁ」


光の加減で青くも見える黒髪に、透き通るような白い肌。眠たげに細めた赤い目は、自分でもちょっと気怠げに見える。

頭の上では、同じく黒い狐耳がぴくりと動き、腰からは同色の豊かな尻尾がゆらゆら揺れる。


身に着けている装備を一言で言うなら――背中ばっくりのノースリーブ、なんちゃってバトル巫女さん。

下がスカートではなくホットパンツなのは、せめてもの抵抗である。

羽織る千早は魔物の糸で織りあげ、細工にも凝った自慢の逸品だ――……めちゃくちゃ高かったけど。

足回りだけは実用重視な脚甲が太もも付近までしっかり覆ってくれている。


――『そのギャップがいいんだよ!』


"アドバイザー"の笑顔が浮かぶ。千早の丈を絶対領域ぎりぎりに調整したその笑顔に遠い目をしてしまう。


"実用"と"映え"その両方を追求した装備は、この世界でも「配信はビジュアルがものを言う」という現実の象徴だった。


おっさん心には未だに羞恥心が消えない素敵衣装でもある。


さらに左腕には、身の丈ほどもある漆黒の大盾。重く、ぶ厚く、とにかく頑丈。

重くて硬いだけが取り柄の量産品だが、俺の探索者業を最初から支えてくれている相棒だ。


そして右腕――肩から先はすべて、黒ずんだ無骨な義手に置き換わっている。

鈍く光を反射する金属光沢と、青く脈動するラインが、"いかにも"な趣だ。


不運にも失った本来の右腕。

幸運にも手に入れた、いまだに全容の分からない、高性能な人工義手。

使いこなせるとは言いがたいが、それでも……命綱の一つである。


「今日も頼むで、ホンマ」


軽く右腕を撫でながら、つぶやく。

反応するかのように義手の青い光が、わずかに脈動する。


――

「うん。うん。まぁ分かっとるわ……はぁ」


ため息をひとつ吐いて、小物類のチェックに移る。

――オーケー、不足なし。探索者業は準備八割。常識である。


最後に、素顔バレ防止に"上半分の白い狐面"を装着する。

防具も兼ねているため、金属製の冷たさはあるが許容範囲だ。

地球の狐面に似た意匠は、配信映えにも一役買ってくれている――はずだ。


「うん、よし。……たぶん、大丈夫やろ」


各種装備が整っていることを確認し、俺は"配信用使い魔"を取り出し起動させた。

俺の魔力をわずかに吸い、使い魔が浮かび上がる。

そのビジュアルは、一言で表すと――黒い眼球。

……相変わらず、ぎょっとしてしまう見た目だ。


使い魔は音もなく浮かび上がると目線をこちらに向け、眼球を青く点滅させはじめる。

10回の点滅の後、赤に変わると配信開始の合図。

点滅を見守りながら呼吸をし、鼓動を整えていく。


――配信前のこの瞬間は何回やっても緊張する。


探索者としての依頼報酬と、配信での投げ銭――それがこの世界の“自営業ダンジョン配信者”の基本的な収入源だ。

有名どころになれば、商会からの直接依頼や案件レビューで食っていけるらしい。

残念ながら、俺に来てるのはクセの強いいわくつき魔法具店からの依頼がひとつだけ。

それでも貴重な収入源だ。ほんとうに自営業も楽じゃない。


幾度目かの呼吸の後、眼球の光が赤色に切り替わった。


耐えてくれよ、俺の精神!

パチンと自分の中の意識を切り替え"おっさん"を沈めていく。


うなれ美少女、かがやけ後光。

少し間延びさせた語尾、意識した柔らかくも怪しい笑顔、日々の練習で身に着けたなんちゃって巫女像の自分を最大限発揮しつつ配信を開始した。


「今日も参拝ありがとうございます~。虚狐神教筆頭巫女アルカですよぉ。本日も虚狐様復活のため"おつとめ"配信やってきますねぇ。」


邪教系美少女狐巫女ダンジョン配信探索者――それが齢30を超えた日本男児の異世界でのありさまだった。


視界の端に文字列――視聴者のコメントが流れていく。黒眼球使い魔の機能の一つだ。

伊達に高性能をうたっているわけではないのだ。


<<今日も美少女。ありがてぇ、ありがてぇ……っ!>>

<<おーきたきたきた!!今日も八重歯がかわいい!>>

<<良狐耳新規確認>>

<<こんこんこんこーん!>>

<<巫女ちゃんの聖水販売マダー?>>

<<はぁ、今日もその装備?何度言えば直すわけ?ダンジョン舐めて―――>>

<<うーん声かわいい>>

<<そんなえっちな格好の聖職者がいるか!>>

<<うーん、相変わらず、えっぐいマスク>>


コメント欄は今日も今日とてやや気持ち悪い。――悲しいが、いつものことだ。

いちいち触れると調子に乗って悪ノリが加速するのは世の常、軽く触れて流すのが吉だろう。


視聴者数はざっと1,500人程度。

前世小庶民の俺からすると、とんでもない人数に見られているような気がするが、ダンジョン配信者の基準からするとようやく中堅に足がかかったところである。

異世界配信事情も世知辛いものだ。


「参拝者さん、異教徒さん達いつもありがとうございます~。どうですかぁ?そろそろ改宗しませんかぁ?」


未来を憂いていても配信は進まない。

目元が隠れている分、意識して口元に表情を作りながら、気合を入れなおし当たり障りなく返事をしていく。


「それでは、今日のおつとめは~。コレです!『毒胆嚢の収集』!探索協会からの依頼、です!ってことで骨王の墳墓でスケルトンを滅ぼしていきますねぇ。」


<<お、今日は探協クエストなんだ。>>

<<毒胆嚢って、"骨王の配下"が落とすやつ?>>

<<骨墓って結構難易度高くなかったっけ?>>

<<モンスターはそこまで?>>

<<室内型のダンジョン?巫女様、罠に気をつけて!>>

<<尻尾も確認。良狐娘>>


探索協会を通した依頼は、報酬から二割程度のマージンが差し引かれる。


それでも、探索者の実力に見合った依頼を提示してくれるし依頼主の身元はしっかり調べてくれる。

何かトラブルがあれば補償もある。

――例の一件以降はさらに厳格になったしな。

探索者としては、いや、配信者としても、それだけで十分に頼る価値がある組織だ。


加えて、こうやって配信で探索協会の存在をアピールすれば、報酬に色をつけてもらえるという特典付き。

多少のマージンを取られたとしても探索者たちが使うわけである。


なにより、今回協会経由で受けた一番大きな理由は――


<<前回のおつとめ、大変だったしね>>

「そうなんですよねぇ……ッ!えらい目にあいましたからねぇっ!」


そういうことである。

わちゃわちゃとコメントが流れていく。


<<あぁ、ありがてぇ、ありがてぇ……!>>

<<あの時のアルカちゃんめちゃくちゃカッコよかったから、もう一回やってほしい>>

――無視だ無視


いくつかのコメントに返答しながら配信を進めていく。


「前回は本当にひどい目にあいました……。さっきバッグの中に爆薬がそのまま入ってて笑っちゃいましたよぉ」


<<前回の爆薬って、あの違法スレスレの魔導爆薬!?>>

<<こらアルカちゃんぺってしなさい!>>

<<ちゃんと持ち物は毎回整理しろって言ってんだろ!!>>

<<何も反省してない>>


ちっ、うるせーな。反省してまーす。

わいのわいのと湧くコメント欄といくらかコミュニケーションを取っていく。

すると、独特の効果音とともにやや強調されたコメントが流れた。


<<今日のお賽銭!巫女様頑張って!:100L>>


「!」


配信者に金銭を提供するシステム。いわゆる投げ銭だ。『投げ銭機能搭載使い魔』すごい字面だが、本当に便利だ。投げ銭もまた、大本である魔女協会に中抜きされるがプラットフォーム代と考えると安いもの。

決して安定した収入とは言えないが、非常に助かる収入源の一つだ。

ちなみに100L(リラ)は、だいたい屋台の串焼き1本分くらいである。


「ナマクラ3号さん、お賽銭ありがとうございます。あなたの魂が虚ろの安寧に渡れますように」


今日一人目の投げ銭ということもあり後光マシマシでお礼を言っておく。

今の俺はガワだけ見ればまごうことなく美少女だ。清楚に祈れば後光くらい出てるだろう――まぁ邪教の後光ってなんだという話だが。

ちなみに虚狐は俺を異世界に放り出した神に勝手に名前を付けたものだ。忌々しい神様だが、せめて俺のキャラづくりの一環となってもらおう。


<<あ、おれもおれも:100L>>

<<マスク取って:10L>>

<<今日もかわいい代:10L>>

<<総合評価S。素晴らしき狐娘:1000L>>


触発されてか、投げ銭が連投される。

純粋に応援しているもの、俺の見た目に対して投げるもの様々。

中身がおっさんですまんな!見た目は美少女だから許してくれよな!


「皆様もありがとうございます~。ほどほど、ほどほどにお願いしますねぇ」


投げ銭はありがたいものの、全部反応していたら日が暮れてしまう。

ある程度は流して仕事に移る。


「よっし。そろそろ出発しますよぉ。」


配信はじめの交流はここまで、これからはダンジョン探索本番だ。

大盾を背負い直し、右腕に意識を集中する。

義手の始まる肩口から順に、魔力の流し込みを増やしていく。


「よし――武装、展開」


うなりを上げて右腕が展開する。

肩口から流し込んだ魔力に応じ、義手の各部がかすかにきしみ、金属の板が開いていく。

滑らかだった手指は瞬く間に硬質で無骨なものへと拡張され、腕全体が、少女の細腕とは思えないほどの"異形"へと変じていく。

一息の後、そこには"巨腕"が存在していた。

つぎはぎの巫女鎧と怪しい外套を身に纏い、異様な巨腕に身の丈以上の大盾、顔は怪しい狐面――どう見ても邪教。

これが今の俺――狐耳美少女アルカちゃんの装備であった。


「ふぅ、無事準備完了です!それでは、今日も張り切っておつとめしていきましょうねぇ」


<<うーん。何度見ても巫女を名乗る女の装備じゃないんだよなぁ……>>

<<だからさぁ、そういうネタ装備は一流のベテランがするべきであって、君みたいな―――>>

<<いい加減こいつBANした方が良くね?>>

<<ミュートしろミュート>>

<<いつ見てもかわいかっこいい。ありがてぇ、ありがてぇ……>>

<<え、何この装備。この子キワモノ系なの?>>


ずらずらと、コメントが視界をよぎっていく。賛否あれど相変わらずインパクトはあるようで何よりだ。


配信に映らないように、そっとひとつため息をつき、今日もまた“おつとめ”に向かうのだった。


◆◆◆


薄暗いダンジョン内を視聴者と雑談しながら進む。

安い配信使い魔だとある程度の声量が必要だが、ウチの使い魔ちゃんは優秀だ。

迷惑にならない程度の小声でもしっかり拾ってくれる。


これができるようになるまで、結構苦労したよなぁ


飽きさせないために、接敵するまではコメントと他愛ない雑談をする必要がある。

しかし、当然索敵も同時並行しなければならない。

配信を始めたばかりの頃はそのダブルタスクにめちゃくちゃ苦労した。


<<てくてく助かる>>

<<今日はこのままお散歩配信で終わってほしいわ!>>

<<アルカちゃんかわいい。養うから結婚してほしい>>

「それはお断りですねぇ。あ、虚狐大社を建立してくれるんでしたら考えて――」


カシャン、と軽い移動音を自慢の狐耳がとらえる。

瞬間的に意識を切り替え、警戒度を跳ね上げた。


通路の向こう側、うごめく骸骨――スケルトンが姿を現した。


<<うぉ……意外とでかいな。>>

<<え、剣、血がついてない?>>


ざわつき始めるコメント欄。

けがれた魔力の具現、人類の敵。本物のモンスターは映像越しであってもその脅威を十分に伝えているようだ。

正直、気持ちはわかる。


スケルトンと言えば、地球のファンタジーに当てはめると、大体は雑魚筆頭である。

しかし、残念ながら、この世界ではその感覚はあてにならない。

異世界スケルトン、一言でいうならば――さびた剣とボロボロの盾を持ったゴリマッチョの全身骨格である。


「うーん。一発で大丈夫そうですね――装填」


呟きに合わせ、ガシャンとスライドを引くように右腕の機構が駆動する。軽く吐き出された蒼い魔力煙が千早をわずかにたなびかせた。


こちらを認識したスケルトンが、猛然と剣を振りかぶり突っ込んでくる。

鈍重なイメージを払拭するように、瞬く間に距離を詰めてきた。

この強靭な骨格は伊達ではない、そう言わんばかりに一流の剣士のような動きで振り下ろされる剛剣。


――しかし、それはあまりに直線的すぎる。


落ち着いて身体強化を発動。

黒く重い盾に全身を隠すようにしつつ態勢を作り、スケルトンを迎え撃つ。


「――ッ!!」


轟音を立てて剣と盾が激突した。

衝撃が瞬時に地面に流れ、消えていく。行ける!受けられる範囲だ!


<<はぁ!?直撃だったろ?>>

<<その体で身じろぎもしないとか……この配信者、体重200kgある?>>

<<いやぁ!この音を聞きに配信来てるまである!>>


流れるコメント、初見の視聴者も驚いてくれているようで何よりだ。

驚いているのはスケルトンもだろうか、どこか慌てたように剣を引き直し、雑な横凪ぎの一撃を放ってくる。


「それは悪手ですねぇ」


カン――金属同士がぶつかったにしてはあまりにも軽い音。

今度は受け止めず、盾の表面を滑らせるようにスケルトンの一撃をいなす。


よっし!完璧!――特訓の成果、出てるな!


スケルトンに表情があったら、驚愕にゆがんでいるだろうか。

剣を振り抜き、勢いを殺しきれないまま、完全に死に体を晒していた。


余りにも大きすぎる隙。狙うは胴体、その中央の核!


「虚狐流――」


右腕を引き絞る。

巨腕はぎちぎちと音をたて、今まさに解放の時を待っていた。


「――紅蓮牙!」


装填していた魔力が一気に放出され右腕が弾かれる。

空気を裂く轟音とともにスケルトンの上半身に突き刺さった。

解放の反動で遅れて排煙が噴き、千早がふわりと揺れた。


<<え?>>

<<は?は?>>

<<ナニコレ>>

<<お、アルカちゃん初見か?肩の力抜けよ>>


ガラン、と持ち主を失った大剣が地面に転がる。

残ったのはスケルトンの下半身。残った部分も見る間に端から灰になっていく。

拳を引き戻し、排煙させる。

しばし、残心という名の決めポーズをとっておく。


<<いやいやいや、いやいやいやや、いやいやいや>>>

<<かっけぇええええ!>>

<<な、なんだ、スケルトンって雑魚じゃん>>

<<んなわけねぇだろ……地上に湧く一般人の慣れの果てじゃなく、ダンジョン産のスケルトンだぞ>>

<<だからさぁ、今のなんか偶然うまくいっただけであって、本来あるべき探索者っていうのは―――>>


「ふぅ……」

――ちなみに魔力煙は本来無色。蒼く色づいているのはただの演出である。


コメントに目を通す数秒もない時間。スケルトンはその形を瞬く間に崩していく。

煙が消え切ったのを確認した頃、べちゃっ――汚い水音を立てて謎の臓器が地面に落下した。

一呼吸置き、不意打ちなどがないことを確認し警戒を解く。


義手の調子も良好。今日は調子よさそうだ。


魔力を遮断し、義手を通常サイズに。

そうして、全神経を駆使しながらつぶさないように臓器を拾い上げた。

怪しくぬめる紫色の臓器。これが本日の依頼の品『毒胆嚢』である。


<<一発目から!珍しく調子いいじゃん>>

<<右手でそういうのつまめるようになったんだ!練習の成果出てるね!>>


「ふふふ、幸先いいですねぇ。これも虚狐様のご加護でしょうかねぇ?」


ぬめぬめと輝く毒胆嚢。あの骨の体のどこにこんなものがあったのか。

研究者の間では「死の間際に魔力が凝縮し生成されている派」と「実は見えていないだけで普通に存在している派」が日夜論争を繰り広げているとかいないとか。

ま、一探索者がんなこと考えてもしょうがないんだけどな。


いつまでも内臓を眺めていても仕方がない。

持っていた胆嚢を手早く保存袋に放り込み密閉する。そのまま背嚢に突っ込み身支度を整えた。


「あと9個ですかぁ。この調子なら今日は定時で上がれますかねぇ」


<<巫女様ドロップ運悪いから無理だろ。>>

<<2日くらいぶっ通しでやってほしい。>>

<<また、出なさ過ぎて目が死んでる配信して>>


コメント欄が悪ノリに湧いていく。

物欲センサーは美少女になっても標準搭載らしく、ぐうの音も出ないわけだが。


「縁起が悪いことをいう人は端から天罰ですからねぇ。覚悟、しておいてください」


<<お!アルカちゃんの天罰期待。>>

<<呪いだけでいいから一緒に暮らさない?>>

<<びんたよろしく!踏んでくれてもええんやで。>>


うーん。気持ち悪い。


「はーい。アホなこと言ってないで、ちゃぁんと虚狐様にドロップを祈ってくださいねぇ」


そう言いながら右手を展開、巨腕状態に変形させる。

やかましく流れていくコメント欄。ふと、あるコメントが目に入った。


<<そういえばさっきの技、紅くもないし炎でもないし牙でもなくね?>>


余計なことに気が付く奴がいるようだな。


適当に言い放った必殺技名の矛盾を突かれ、冷や汗が流れる。

強弁できるかもしれないが、あまりにも不利。

こんな時、配信者が取れる最善の策は一つだ――


「それでは、今日のおつとめ、ガンガンやっていきましょうねぇ」


スルーである。


使い魔越しの視聴者めがけて、かわいくごまかしのポーズひとつ。

美少女さ全開だ。


やいのやいのと流れるコメント欄。

配信に乗らないようにそっとひとつため息をついた。


命の危険と隣り合わせのダンジョンで、可愛さと魔法の力を命綱に配信で稼ぐ。

ほんの数か月前まで、そんな生活なんて想像すらしていなかった。


こんな暮らしの始まりは――あの日、あの因習村のさびれた祠からだ。


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