第2話 お礼
「え?」
「な、何故断らないのだ?!普通ならばこんな俺の元で働くなんて嫌がるに決まっているだろう!」
王子は心底驚いたようにそう言った。
しかし、その王子の言葉に私も驚いた。
「どうして断らないといけないのですか?」
「俺の悪い噂は町中どこへ行っても耳にするだろう。それともなんだ、死に急いでいるとでも言うのか?」
王子はきっと噂通りの悪者なんかじゃない。そんなこと、今この一瞬の彼の言動で誰もが分かるはずだ。
「本当に悪くて冷酷である人間はただの平民である者を庇って、犯人を拘束することなど有り得ません。」
「そんなこと、悪いやつならいい奴のふりなどいくらでもできるだろう。人は皆、善良であると簡単に信じることは己の身を滅ぼしかねない。そんなこともわからぬ馬鹿は俺の元で働くには値しない。」
(…あぁ、エテ様は自分が嫌われるべき存在であるとお思いになられているのだな。)
こんなに私を思って、自分より遥かに身分の低い平民のたかが一つの命を守ろうとしてくださる人のどこが、善良でないというのだろうか。
「お言葉ですが、エテ様は何か思い違いをしているようです。」
「なんだと…?」
「まず、私は人は皆が善良であるなどとは思っておりません。それに、国の長であるエテ様は、ただの平民である私を守ってくださった本当に悪い人はただの平民1人の命など無くなろうと気にも留めるはずがありません。そうではありませんか?」
エテ様は、少し悔しそうな苦しそうな表情を浮かべてこちらを睨んでいた。
「…どうでもいい。とりあえず、お前は城に仕えさせない。俺は帰る。」
そう言い、エテ様は私の前を立ち去ろうとした。その瞬間、私はアテ様の腕を掴みこう告げた。
「まだ、エテ様にお礼をしていません。このまま帰っていただいては困ります。何かお礼をさせてください。」
「だから、お前が俺に出来ることなどないだろう。何度も同じことを言わせ…」
「そうだ!私の家に来てください、私の手料理をご馳走します!」
そう言って私はエテ様の腕を掴み馬車に一緒に乗り、私の家へと案内した。
「降ろせ!誰もお前の手料理など所望してなどいない!早く降ろせ!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。私、料理だけは自信があるのですよ。」
ふふん、と笑った私に呆れて途中からエテ様は何かを諦めたように大人しくなった。
(大丈夫、私の手料理を食べた人の中に美味しくないと言ったものはいなかったから。)
ガタン、という音と同時に馬車は止まった。
そして、運転していた少し年老いた男性が
ガチャリと扉を開けて「着きました、陛下。」と言い私達は緑に囲まれたところにひっそりと建っている小さな家の中へ入って行った。
「皆んなーただいま。エテ様、この子達は私の弟と妹達で…」
エテ様に弟と妹達を紹介しようとした時、皆んながわらわらと私たちの元へ走ってきた。
「イヴねーちゃんおかえり!今日は早かったね!」
「イヴねーちゃん、この王子様みたいな男の人、だぁれ?」
「もしかしてこんやくしゃ?!」
下の子達はみんないつも通りガヤガヤしていている。まさかこの方が国の王子であるなんて知る由もなく。
「もう…婚約者じゃないわよ!いい?このお方はこの国の王子であるエテ様よ。無礼の無いようにね。」
すると、皆んなは
「うわぁ、王子様だ!かっけー!」
「まさか家に王子様がくるなんて…!」
「どうしてきたの?」
と口々に話していた。
「お姉ちゃんはエテ様に助けていただいたの。だからそのお礼をするの。」
そう説明し、「エテ様、こちらにお座りください。」とエテ様を来客用の席へと案内した。
「エテ様、何か食べたいものはありますか?」
そう聞くとエテ様は「どうでもいい、もし俺の口に合わないものであれば、どうなっても知らないぞ。」と、また素っ気ない返事をする。
いくら自分の料理の腕に自信があるとはいえ、エテ様を満足させなければならないとなればやはり少し緊張する。
(ううん…あ、そうだ!)
ならば一番得意で自信のある物にしよう、そう思った私は、早速料理を作り始めた。
(なぜ、俺はここに来ているのだろうか。)
何度考えても分からない。国の者達は皆俺のことを恐れて、嫌い、卑しい存在であると思っているはずだ。なのに、なぜ今俺はこんな田舎の小さな小屋のような家でご飯をご馳走されようとしているのだろう。
物好きもいた者だ。それか本当に恐怖心のない愚か者である、どちらかに違いない。
「ねえねえ、エテ様はどうして僕の家に来てくれたの?」
彼女の弟である小さな男の子がそう尋ねてきた。
「知らん、あいつが無理やり俺を連れてきたんだ。どうやらお前の姉とやらは無礼で、頭のおかしい奴のようだ。」
そう言うと、男の子はムッと口を膨らまして怒ったような表情を見せた。
「イヴねーちゃんのことを悪く言うな!イヴねーちゃんはいつも元気で俺たちに優しくしてくれるんだ。たまに怒ったりもするけど…でも俺たちのためにお仕事頑張ってるんだぞ!」
(あぁ、この家は俺の家と違って暖かくて、お互いが思いやっている。)
俺の家族は、名前だけのものであり、家族の形など保てていなかった。両親は俺を道具のように扱い、弟はいつも俺の全てを見下したような態度だった。
少しだけ、この家の者は羨ましいと思った。
(俺ももしこの家の者でなければ、暖かい家庭で暮らせたのだろうか。)
俺はこの暖かく、居心地の良い場所にいていい存在じゃない。この家を汚す前に、早くこの家から出なければならない。
そう1人で考えていると、
「エテ様ー!できましたぁ!」
そう言い、彼女は料理を持ってきた。
「どうぞ、召し上がれ!」
そう言い彼女が俺の目の前に置いた料理は、
“トマトスープとパン”それだけだった。
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