冷酷王子が愛しているのはただの平民でした。

スズカ

第1話 冷酷王子

私の名前はイヴェールという。

ごく普通の平民の家に生まれた、5人兄弟の長女だ。父は私が4歳の時に病死してしまった。なのでしばらく、うちは母親が1人で仕事をして私たちを育ててくれた。だが、母は仕事の忙しさのあまり体を壊してしまった。それ以来、私は母の負担を減らすために母が営んでいる町の小さいお店を手伝うようになった。


「イヴねーちゃん!リリーがまた俺のお菓子を食べちゃったんだ!」


半べそをかきながら私の元へ走ってきたこの子は弟であり、うちの長男でもあるルアー。そして、リリーとはうちの三女であり末っ子だ。いつも賑やかな弟と妹たちは見ているだけで元気がもらえる。だから、仕事がしんどくてもこの子達を見ているだけでやる気が出る。


「ルアー、お菓子を食べられたくらいで泣かないの。分かった?」

「うん…わかった。」

「あと、リリー!お兄ちゃんのお菓子を横取りしちゃダメでしょ!」

「うぅ…だって、いっぱいおかしたべたいんだもん!」


もう少しでも、うちが裕福ならば好きなだけお菓子を食べさせてあげられたのだろうか。

うちは少し家計が厳しい。自営業というのもあるが、給料にはやや波がある。特にうちの店は野菜や果物を売っているため、年や季節によって左右されやすい。


「お姉ちゃんがいつかお腹いっぱいになるまでお菓子を食べさせてあげるからね。その時までは我慢だよ、約束。」



(そろそろお店に向かうか…。)

朝9時には店を開くので、いつも8時くらいに家を出ている。

外は少し肌寒い季節になってきて、街を行き交う人々は少し厚着をし始めている。


「あら、イヴェールおはよう」

この人は街で人気の洋服屋を経営しているマリーさんだ。いつもこの人はおしゃれできちんと化粧をしていている。そして、いつも私に挨拶をしてくれて、優しくしてくれる。まさに、おばあさまといった雰囲気なのだ。

「おはようございます、少し寒くなってきましたね。」

「そうねぇ、うちの店でもそろそろ暖かい上着を扱う季節になってきたのよね。」


「っやめろ!離せ!」

マリーさんと話していると、急に背後から泣き子供の叫ぶ声が聞こえた。

思わず振り返ると、いかにも悪そうな奴らが子供をさらおうとしている。


「最近、こういうのが増えたのよねぇ…」

マリーさんは子供が泣き叫ぶのを見て、苦しそうな顔をしてそう言った。

「誰かっ助けを呼ばないと!兵は近くにいるはずよね?!」

切羽詰まったように言った私に対して、マリーさんはどこか冷たさを感じさせるような声で、

「いいえ、兵は来ないわ。盗賊やスパイなどを止めるための兵を国が派遣してくださらないのよ。イヴェールも知っているでしょ?今の王様は…“冷酷王子”と呼ばれるようなお方であることを。」

兵がいないせいで、子供達は無差別に攫われているというのか。そんな理不尽な話あってはならないだろう。それに、それを見て見ぬ振りをする人々にも嫌気がさす。


「ちょっとイヴェール、やめなさい!あなたが行ったって反撃に遭うだよ!?」


私は気がついたら勝手に動いてしまっていた。私は武器も何も持っておらず、丸腰のまま突撃した。自分が返り討ちに遭うことなど考える余地などなく。

「その子を離せ!お前たちにはこの子がどれだけ怖がっているかが見えていないのか?!」


__ドンっ。


私が突撃した反動で掴まれていた子供の手は離された。

「早く逃げて!走って!」

そういうと子供は泣きながら、「ごめんなさいっ…!」と言い走り去った。自分より小さい者を守るのは大きいものの義務でるはずだ。私はただ当たり前のことをしたまでだ。


「おい、姉ちゃんどうしてくれるつもりだ?俺たちの邪魔をするとは良い度胸じゃねぇか?!ふざけるのもいい加減にしろ!!」

そう言い男は大きくて鋭い剣を私振りかざした。


(まずいやられる_____!)


カンっ____


(あれ…痛く、ない?)

私は恐る恐る目を開けてみると、私の目の前には剣を持った黒髪の男が立っていた。

「ふざけているのはどっちだ。誰がこの町で剣の行使を認めたのだ。俺はそんなことしていないはずだぞ?」

(誰だ、この男の人は?)

そう私が思ったのも束の間、周りからザワザワと動揺し恐れおののく声が聞こえた。


「国王様だぞ…」

「国王ってお前、あの“冷酷王子”か?」

「バカお前っ聞こえたらお前の首も飛んでっちまうぞ…!」


私は血の気が引いていくのをはっきりと感じた。


我が国の国王、エテ様は冷酷であるとして知られている。エテ様に逆らったものはもちろん、気分次第では皇帝に支えている者たちも無差別に殺されてしまうのだ。笑った顔など見せたことはなく、いつも険しい顔をして誰かを恨むような表情をしている。まさに、“冷酷王子”そのものだ。


そんな国王に守られてしまった私はもう、終わりも同然だ。どんな罰が待っているのだろうか。最悪首が飛びかねない。


(もうこれは隙を狙って逃げるしか…!)

すると、王子はこちらを振り返ってこう言った。

「おい、お前。」

「はっはい…!」

「怪我はないか。」


「…え?」

いやいや待て待て、少し聞いていた話とは違う気がするのは気のせいか?

“あの”王子の噂が本当ならただの平民のわあしに怪我の心配などするはずがなかろう。


「怪我はしていません。」

「そうか。」

そう答えると王子は再び誘拐犯の方を向いた。

「お前を今から牢獄へ送る。おい、お前たちあとは頼んだぞ。」

「了解です。」

すると、兵達が誘拐犯を拘束しどこかへ連れ去った。


目の前で起きたことに呆気を取られてしまった私を置き去りにして、王子は立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待ってください!あなたはエテ様ですよね?」

「そうだ、だったらなんだというのだ。お前も、今助けてやったことを偽善とでも言うの…」

「そんなわけありません!助けてくださったのなら何かお礼をさせてください!」

そう言うと王子はすごく驚いたような顔をした。そしてこう言った。


「礼などいらない、たかが平民であるお前が俺に礼をできるものがあるとでも言うのか。殺される不安からそう言っているのならば余計に腹が立つ。ならばお前を城で死ぬまで支えわせてやろうか?」


「いいですね、じゃあ私からのお礼はそれにしましょう!」


「…は?」

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