第35話 次なる一手を考えろ!



― スコール・キャットニップ視点 ―


-------------------------



汗ばんだ額を袖で拭いながら、俺は深く息を吐いた。

さっきまでのダンスバトル――


いや、あれは正確には「俺が勝手にバトルだと勘違いしただけ」なんだけども。

ゲーセンの隅っこに置かれたダンスゲーム筐体の上で、アイリス嬢と俺は文字通りステップを踏んでいた。


「……っ、こ、こう……?」


画面に表示される矢印を必死で追いながら、ぎこちなく足を動かすアイリス。

優雅に見えるドレスの裾が、タイミングの合わないステップに合わせて揺れた。


……だめだ。


いや、ほんとだめだ俺。

なんでこんな破壊力のある光景を見せられて、まだ正気を保ってんだ?


貴族令嬢アイリス・ヴァレンタイン。

学園で誰もが憧れ、決して庶民なんか近寄れない存在。

その彼女が今、俺の目の前で、必死にゲームのステップを追いかけながら、

「わたくし、これで合ってますの!?」

なんて真剣な顔して聞いてくるんだぞ!?


ああ、もう、可愛すぎて失神する!!


「だ、大丈夫!合ってる合ってる!……たぶん!」


必死にフォローしながらも、俺の口から出てくるのは「たぶん」なんて弱々しい言葉。

いや、でも仕方ねぇだろ!? 本当にぎこちないんだもん!

優雅な令嬢が、こんなに不器用だなんて誰が想像できる!?


「っ……!」


と、そのとき。

アイリスの足がわずかにずれて、筐体の隅っこにガツンとぶつかった。


「……っ痛っ」


一瞬だけ表情が崩れた。

だがすぐに、彼女は何事もなかったかのように背筋を正す。


(うわあああああ!! そういうとこがまた可愛いんだよおおお!!)


痛いくせに平然を装う、そのプライド高いお嬢様気質。

それがもう、俺の心臓を容赦なくぶっ叩いてくる。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


曲が終わり、結果発表の文字が画面に浮かぶ。

俺は……まあ慣れてるのもあってS判定。

アイリスは……なんと、意外にもE判定。


「……ふふ、庶民の遊戯、やはり奥が深いですわね」


どや顔で言うんじゃねぇよ!

いや可愛いんだけど!!


俺はその場に崩れ落ちそうになる膝を必死に支えた。

……このままじゃ心臓が持たねぇ。



ゲームを終えた俺たちは、並んでゲーセンを出た。

人混みを抜けた瞬間、外の夜風がひんやりと肌を撫でる。


……さて


ここからが本番だ。

いや、さっきまでだってデート本番だったんだけど、

ここからは本当に「二人きりの時間」をどう過ごすかにかかってる。


テンペストは俺の頭の中でゲラゲラ笑っている。


(ククッ、なかなか面白ぇじゃねぇか。お前、心臓バクバクで死ぬんじゃねぇか?)

(うるせぇ!! 俺は真剣なんだよ!!)


そうだ。

これ以上「ぎこちない庶民丸出し」じゃダメだ。

せっかく二人きりになれたんだ。

だったら――この時間を、俺なりに有効に使うしかない。


俺は心の中で拳を握り、頭をフル回転させる。

次の行き先――これがすべてを決める。


ゲーセンだけでも十分インパクトはあった。

だがこのまま終わったら「庶民の奇行」でしか終わらない。

俺に必要なのは、“意外とやるじゃない”と思わせるプランだ。


「……さて、次はどこに行きましょうか」


恐る恐る切り出すと、アイリス嬢は組んでいた腕を解き、首をかしげる。

その仕草がまた絵になるもんだから、俺の心臓は余計にバクバクする。


「あなたが決めることですわ。私、デートというものはよく分かりませんから」


くぅ……! その言い方、圧がすげぇ!!

でも同時に、“主導権を渡された”ことにゾクっとする。

庶民の俺が、この令嬢をエスコートする……?

ああ、これ絶対に失敗できねぇやつだ。


(どうする……? この後のプラン、俺なりに考えてはいたけど……)


選択肢はいくつかある。

レストラン? いや、庶民の店に連れていったら即バカにされる。

高級店? そもそも財布にそんな余裕ない。

映画館? うーん、静かに観て終わりだと“交流”が薄いか。

夜景スポット? まだちょっと時間が早い。


……やべぇ、どれもしっくりこねぇ。


「ククク……迷ってやがんな、相棒」


肩の上でテンペストがくすくす笑う。

こいつは今も“ぬいぐるみサイズ”で顕現していて、アイリス嬢には見えていない。

だが、耳元で響くその声は俺の冷静さを削ぎ落としてくる。


(…今一生懸命考えてんだよ!)


「庶民のくせにデートプランだとよ。笑わせんな。力でねじ伏せればいいだろう」


(黙れバカ竜!! デートは殴り合いじゃねぇんだよ!!)


……とはいえ、何を選んでも失敗しそうな未来しか見えない。

俺の脳みそは煙を吐きそうなくらいフル回転していた。


その時だった。

アイリス嬢がふと窓の外に目を向けて、静かに呟いた。


「……夜空が綺麗ですわね」


その横顔に思わず見惚れてしまう。

落ち着いた金糸の髪がさらりと揺れ、まるで油彩画の一片。

俺は喉を鳴らし、閃いた。


(……そうだ。次の目的地は――)


胸の奥で決意が固まる。

ただの庶民でも、ほんの少しの工夫と度胸で、令嬢の心を動かせるかもしれない。


「アイリス嬢。次は――俺に少し付き合ってください」


そう告げる声は、俺にしては珍しく迷いがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る