第32話 庶民の無礼な提案



ガンシューティング。

……まさか、あんなに熱中してしまうなんて。


「くだらない」と切り捨てたはずの庶民の遊戯に、気づけば心臓が跳ね、指先が熱を帯びていた。

一発一発を撃ち抜くたびに胸が高鳴り、スコアが上がると妙な達成感が湧く。


(……ふん。別に楽しかったわけではない。ただ、星霊演算を実践応用できる場面があったから試しただけ)


そう、自分に言い聞かせる。

だが口元が勝手に緩んでしまいそうになり、慌てて凛とした表情を取り戻した。


横を見ると、庶民――スコールはぐったりと肩を落としていた。

額には汗、視線は虚ろ。

まるで戦場で敗れた兵士のよう。


(くすっ……。あれほど大口を叩いていたくせに、結局この有様)


胸の奥が妙にすっきりする。

あの日の屈辱を、ほんの少しだけ返せた気がした。


しかし次の瞬間――


「あのさ……」

スコールが小さな声で切り出した。


「……せっかくのデートなんだから、…その、少しの間だけでも、取り巻きや護衛の人たちを離してくれないか?」


「――は?」


思わず眉をひそめた。

取り巻きや護衛を、離す?


「このままじゃまともに楽しめないっつーかさ…?後ろから殺気をビンビンに飛ばされながらのデートって……正直すげぇ居心地悪くて……」


そう言って、ちらりと背後を振り返る。

そこには、三人衆と屈強な護衛たち。

特に沙希――あの子の視線は氷の刃そのもの。

なるほど、確かにあれでは庶民の心臓がもたないかもしれない。


だが――。


「貴様……!!」


案の定、沙希が一歩前に出た。

怒気を孕んだ声が、場の空気を震わせる。


「お嬢様に二人っきりになれだと!? 何様のつもりだ、この下賤が!」


周囲の空気が一気に張り詰める。

護衛たちも構えこそしないものの、今にも動き出しそうな気配を纏っている。


(……はぁ。やっぱりこうなるのね)


私は小さくため息をついた。

確かに、二人きりというのは無礼極まりない提案だ。

だが――ここでスコールの願いを頭ごなしに否定すれば、あの夜の“借り”を返す機会を失うかもしれない。


(そうよ。これはただの遊戯じゃない。私にとっては反撃の舞台。庶民を屈服させ返すための絶好の場なのだから)


私はゆっくりと振り返り、沙希に告げた。


「……沙希。少し落ち着きなさい」


「ですが、お嬢様……!」


「私が決闘で敗れた以上、この庶民はただの学生ではありません。立場を弁えるのはあなたの方ですわ」


「くっ……!」


沙希が歯ぎしりを立てる。

目には未だ烈火のような怒りが燃えているが、私の言葉に逆らうことはできない。

彼女は拳を震わせながらも、一歩下がった。


(ふふ……この屈辱的な視線、嫌いではないわ。むしろ快感にすら思えてしまうのが腹立たしいけれど)


私はスコールに視線を戻す。

彼は驚いたように目を瞬かせ、次の瞬間、安堵の笑みを浮かべた。


「……ありがとう。助かる」


なぜか胸が、少しだけ熱くなる。

いや、違う。これはただ――反撃の機会を得た高揚感。


「勘違いしないことですわ。これはあくまで、あなたの要望に応えているだけ。……決して、二人きりになりたいからではありません」


「あ、あぁ、わかってる……」


庶民はおずおずと頷いた。

だが耳の先が赤く染まっているのは気のせいかしら。


(……ふん。どちらにせよ、ここからが本番よ。必ずや――あの日の屈辱を返してみせる)


私の胸の奥で、再び炎が燃え上がるのを感じた。

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