第25話 お嬢様と2人きり!?



「……なぁ、アイリス」


俺は勇気を振り絞って声をかけた。

さっきからゲームに集中しているように見えて、実は心臓がずっとドラムロール状態だったのは内緒だ。


「はい?」


金糸の髪を揺らしながら、アイリスは振り返る。

相変わらず整いすぎた顔立ちに、鼻の下が伸びそうになるのを必死で抑える。


「その……」

「……?」

「いや、あの、さ。俺、気になってることがあるんだよ」


口を開いた瞬間、背後から視線の針山が突き刺さる。

そう、あいつら――アイリス嬢の取り巻き三人衆と、無表情のグラサン護衛部隊だ。


「……っ!」


首筋を汗が伝う。

ちょっとでも妙なことを言えば、背後から即・制裁パンチが飛んできそうな圧だ。

特に――さっき「沙希」と呼ばれていた金髪の女。


目が合った瞬間、心臓が止まりそうになった。

ギラッとした眼光。まるで「庶民が調子に乗るな」という声なき殺意。

完全に俺を生ゴミ扱いしてる。


(おいおい相棒、背中が丸見えだぞ。気を抜いたらブスッとやられるな)

(やめろ!! そんな生々しいこと言うな!!)


テンペストの茶々を無視して、俺は意を決した。


「その……せっかくのデートなんだしさ」


「デート?」


アイリスが小さく首を傾げる。

くっ……その仕草だけで胸が苦しい。いや違う、今は集中だ!


「このままじゃ、楽しみきれねぇんだよ」


「……楽しみきれない?」


「そう! だってほら……」


俺は親指を後ろに突き出した。

そこにはズラリと並ぶ取り巻き&護衛軍団。

ゲーセンのポップな明かりの下でも、こいつらだけは雰囲気が別世界。まるで暗殺部隊。


「見ろよあれ! 首脳会談か何かか!? 俺たち今、クレーンゲームやってんだぜ!? なのに後ろからあの殺気! これじゃ絶対リラックスできねぇ!」


思わず叫んでしまった。

周囲の客が振り返るが、そんなのどうでもいい。

今はこの重苦しい空気をどうにかしなきゃ死ぬ。


「……つまり、あなたは」


アイリス嬢は一拍置いてから言った。


「私と二人きりになりたい、ということですね」


「っ!?」


直球に言われて、顔が一気に熱くなる。

やべぇ、声裏返るかも。

必死に平常心を装って――


「そ、そういうことだ! いや別に変な意味じゃねぇぞ!? ただこの雰囲気で楽しめるわけねぇだろってだけで!」


「……ふふ」


アイリスが、笑った。

ほんのわずか、唇がほころぶ。

その一瞬があまりにも美しすぎて、俺の脳はショートしそうになった。


「仕方ありませんね」


そう言うと、彼女は振り返り、取り巻きたちに声をかける。


「沙希。少し下がりなさい」


「……ッ!?」


沙希の眉がギリギリと音を立てそうなほど寄せられる。


「しかしお嬢様ッ!! こんな庶民に……!」


「私が決闘で負けた以上、彼はただの学生ではありません」


静かで、けれど絶対の強さを帯びた声。

取り巻き三人衆ですら一歩退いた。

ただし――


「……グギッ」


沙希は悔しさに歯ぎしりを立て、なおも俺を射抜くように睨みつけてきた。


(ひぃぃぃぃ!! めちゃくちゃ怖いんですけど!?)


心の中で叫ぶ。

正直、魔獣に囲まれるよりも心臓に悪い。

俺、今すぐ土下座してでも許しを乞いたい。


「……ですがお嬢様……!」


「いいのです。下がりなさい」


ピシャリとした一言に、沙希は渋々ながらも数歩下がった。

それでも俺に突き刺さる視線のナイフは消えない。


(おい相棒、あの女……もし今日生きて帰れたら奇跡だな)

(やめろって言ってんだろお前はあああ!!)


「では、行きましょうか」


アイリス嬢がくるりと踵を返し、俺の前に立つ。

香水ではなく、彼女自身の甘い香りがふっと鼻をかすめる。

一瞬、膝がガクッと揺らぎそうになった。


「……あ、ああ」


情けない声で返事してしまう。


こうして――俺とアイリス嬢は、本当に二人きりになった。

後ろに感じる殺気はまだ消えちゃいないが、少なくとも護衛たちは距離を取った。


夢みたいな時間の始まりに、心臓は爆発寸前。


(……おい、マジでどうすんだよ俺!?)


俺の脳内ではテンペストの爆笑が木霊していた。

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