第24話 お嬢様、銃を取る



銃を構える姿ってのは、普通ならもっと泥臭くて、汗臭いもんだと思う。

だが――アイリス・ヴァレンタインのそれは違った。


立ち姿は完璧なまでに優雅。

細い腰のひねりから腕の伸ばし方、首筋の角度までが「型」になっていて、軍人でもないのに教本に載せられるレベルのフォームだった。


「……おいおいおい……なんだよ、そのポーズ」


思わず口を突いて出る。

けど本人は俺の驚きを気にも留めず、すっと片目を細め、スクリーンの奥に現れた魔獣の群れへと狙いを定めた。


――パンッ、パンッ。


乾いた射撃音とともに、映像内の敵が次々と撃ち抜かれていく。

迷いがない。ためらいもない。

そして何よりも、その精度がエグい。


「……は?」


俺の口は半開きのまま固まっていた。


(ククク……見ろよ相棒。奴の狙撃精度は尋常じゃねぇぞ。お前よりも命中率が高いんじゃねぇか?)

(うるせぇ! 言うな! でも……いやマジで当たりすぎだろ!? どこの世界にゲーセン初挑戦でヘッドショット連発する令嬢がいるんだよ!?)


「……これ、意外と楽しいものですね」


アイリス嬢は表情をほとんど変えないまま、しかしどこか頬がほんのり色づいているようにも見えた。

長い金髪が揺れるたび、ドレスの裾が小さく翻る。

それすらも絵画の一部みたいで、俺はゲームの画面よりもそっちに目を奪われていた。


「おいスコール、次だぞ。お前の番が来てんぞ!」


テンペストの声で我に返る。

慌てて銃を構えたが、さっきまでの余裕はどこへやら。


出てきた敵に対し、俺の弾は――カスッ、カスッ、とかすり、最後には外しまくり。


「えっ……おかしいな。いつもならもうちょい当たるはず……」


「あら」


アイリス嬢がちらりと横目で俺を見る。

その一瞥が、なんかめちゃくちゃ痛い。

「庶民が背伸びしたらこんなもん」って言われてる気がして、胃がキリキリ鳴いた。


だが、彼女は追撃の言葉を投げてこなかった。

代わりに――笑った。


ほんの一瞬。口元に浮かんだ微笑み。

それだけで場の空気が変わった。


「……っ!?」


撃ち漏らした敵を彼女が一瞬で処理し、画面がクリアの表示に切り替わる。

観客の生徒たちから拍手が起こった。

俺とアイリス嬢が並んで筐体の前に立っている姿は、どうやらギャラリーには“絵になる”らしい。


「ふぅ……やりましたね」


アイリス嬢は銃を下ろし、呼吸ひとつ乱さない。

その横で俺はゼェゼェ言いながら肩で息をしていた。


「あのさ……ちょっとは加減してくれない……?」


「手を抜く理由がありませんので」


さらっと言い切られて、俺は崩れ落ちそうになる。


「……スコール」


ふいに名前を呼ばれて、肩がビクッと跳ねた。


「え、えっと……はい」


「決闘の時とは、…少し雰囲気が違いますね?」


透き通る声でそう問われ、俺は一瞬言葉を失った。

決闘。俺自身は覚えてない。覚えてるのはテンペストの存在だけだ。


「い、いや……まぁ、あの時はちょっと……」


歯切れの悪い返答しかできない。

でも、彼女はそれ以上突っ込んでこなかった。


代わりに視線をスクリーンへ戻し、次のステージのカウントダウンを待つ。

その横顔は真剣で――けれど確かに、楽しんでいるようにも見えた。


(小娘のやつ完全にハマってんぞ)

(……そうだな。なんだよ、意外と楽しんでんじゃねぇか)

(ククッ……これなら“デート”として成立するかもな)

(いや、まだ成立とか言うな! 俺のプライドがボロボロなんだよ!)


心の中でギャーギャーやり取りしてる間にも、アイリス嬢は次の敵を鮮やかに撃ち抜いていく。

俺はその隣で、どうにか格好つけようと必死に銃を振るうが……結果はお察しだ。



結局、最後のスコアは――


スコール:4800点

アイリス:98000点



「……ッ!?」


差、二十倍。


「……庶民の遊戯、なかなか奥が深いのですね」


勝ち誇るでもなく、ただ静かにそう呟くアイリス嬢。

それが逆に悔しすぎて、俺は頭を抱えた。


「ぐぅぅ……」


観客からは「すげぇ!」「さすがヴァレンタイン様!」と歓声。

俺? ただのかませ犬扱い。


……おいテンペスト。どうすんだこれ。


(決まってんだろ。相棒――“次”で取り返せ)


俺のデート大作戦、すでに前途多難である。

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