第5話 暗がりの洗礼



その日の放課後、俺はクラブ活動を終えたばかりだった。

所属しているのは《格闘戦技クラブ》。要は筋肉バカと異能バカが入り混じった集団だ。


クラブ棟は学園都市の東端、訓練塔 《エリュシオン・スパイア》の真裏に位置している。

窓の外からはスパイアの巨大な影が落ち、空に巡回するドローンの赤い光が点滅していた。

今日のメニューは基礎体術に加え、模擬異能戦の実演。体中が汗で重く、制服のシャツは張り付いている。


「スコール、明日の模擬戦で相手してくれよ」

「おう、望むところだ」


クラブ仲間と軽口を叩き合いながら、更衣室を出る。

これから友人のカイルやレオンハルトと合流して、決闘前の模擬訓練を行う予定だった。訓練場は学園北区の外縁、半地下式のアリーナ。そこは公式戦の舞台よりも小ぶりだが、地形変化やマナ障壁を自由に設定できる便利な施設だ。


俺はその道すがら、すっかり呑気に空を見上げていた。


マナ障壁の向こうに浮かぶ夕焼けは鮮やかで、都市の建物群を真紅に染め上げている。

休日の街角では学生カップルが手を繋ぎ、笑い合っている。羨ましいやら腹立たしいやら。

……でも、俺だってもうすぐだ。あのアイリス嬢とのデートが現実になる。そう思うと胸が熱くなった。


だが――俺はこの後、この学園の“現実”を思い知らされることになる。

ヴァレンタイン家。つまりアイリス嬢の存在がいかに巨大で、手に届かない存在であるかを。

庶民が安易に触れようとした時、どんな代償が待ち受けているのかを。


その予兆は、不意打ちの衝撃として俺を襲った。



——ゴッ



後頭部に鈍い痛みが走った。

何か硬いもので殴られた感覚。視界が一瞬で暗転し、体が力を失う。


「……っ」


次に気がついたとき、俺は知らない場所にいた。


鼻をつく埃と油の臭い。

コンクリートの壁、むき出しの鉄骨。

暗がりにぶら下がる裸電球の灯りが、ぎらつく影をいくつも浮かび上がらせている。


倉庫だ。広いが、廃墟のように荒れている。


両腕は後ろで固く縛られ、柱に鎖で巻き付けられていた。

手首に食い込む鉄の冷たさと痛み。

口は粘着質のテープで塞がれ、呻き声しか漏れない。


頭がガンガンする。

殴られた箇所から血が滲んでいるのか、生暖かい感触が髪の毛を濡らしていた。


ふらふらする意識をどうにか繋ぎ止め、目を開ける。


そして――視界に飛び込んできたのは、俺を取り囲む数十人の男たちだった。



いかつい体格の連中が、鉄パイプやチェーンを手にしてニヤニヤと笑っている。

片腕に入れ墨を入れた者、髪を逆立てた者、顔に傷を持つ者。まるで街角にたむろするヤンキーを、そのまま軍仕様にしたような連中だ。


その中心に立つのは、特にガタイのいい男。

鋼のような肩幅に、軍服のような黒いコートを羽織り、口元には冷笑が貼り付いていた。


「……こいつが、あのスコールか」


低く、唸るような声。

他の連中がどっと笑い声を上げる。


「へぇ、貴族令嬢に挑戦したって噂のアホだな」

「庶民の分際でヴァレンタイン様に手ぇ出すとか、身の程知らずもいいとこだぜ」

「処分はどうする? 顔ぐちゃぐちゃにして放り出すか?」


耳に届く言葉の断片はどれも冷酷で、容赦がなかった。


鎖に繋がれ、動けない。

頭痛で意識は朦朧としている。

声を上げたくてもテープで口を塞がれ、かすれた呻きしか出せない。


これが――ヴァレンタイン家の「力」。

表向きは微笑みと威光に包まれていても、裏では従者や取り巻きがこうして「無謀者」を叩き潰す。


俺はただ、それを痛感させられる舞台に引きずり出されてしまったのだ。

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