三ノ巻 その二 ―帝国門を越えて―

 シルヴァン城搬入出口前―――。


 ルトーたち魂機兵アニマ・ソキウス騎士団第二番隊は、慌ただしく準備に追われていた。


 急遽、随行者が増えたためだ。


 国際連盟の二名を乗せるための魔導式駆動車マギアモービルの手配、運転手、護衛の隊列など――話し合う声が飛び交う。


「―――と言うわけだ、ルトー隊長。帝国側へもすでに連絡済みだ。何か質問はあるか?」


 スカーレットが国際連盟の件をルトーへ伝え、確認を取る。


「ありません、スカーレット団長」


 ルトーはまっすぐスカーレットを見据え、左手を腰の剣に添えながら、右手の拳を左胸前で握って答える。


「そうか、それでは後は頼む。私は出発前に彼女らと少し話をする。準備に戻ってくれ」


 スカーレットの言葉に返答し、その場を離れるルトー。


 スカーレットは、先ほどルトーと挨拶を終えた二人のほうを振り返る。


「あの通り、実直な奴だ。信頼していい。……ただの件は知らん」


 緑の魂機兵のことを指していた。


 ルトーも色持ちカラーズの一人なのだから、知っていても良いと思うが――それを決めるのはスカーレットではない。


「ええ、印象の良い方でしたわ。ミリー、今回はルトーさんたちに任せましょう」


 レフィーエはミリアリアへ、今回は緑の魂機兵を使わない方針を伝える。


 ミリアリアも静かに頷いた。


「帰りは一週間後か。戻ったら、約束の店に行くか。休暇を申請しておく」


 スカーレットの気遣いに感謝しつつ、レフィーエは微笑んで頷く。


 スカーレットは軽く手を振り、その場を離れた。


 その背中を見送りながら、レフィーエたちも控えの場所へ移動するのだった。


 ―――――――


 出発準備が整い、荷台に天蜴人リザーディアンの右腕が載せられ、厳重に封印される。


 その隙間に、三つの影が誰にも気づかれぬまま潜り込んだ。


 紫絃しづると省吾、そしてモン丸である。


「帝国へ行くのは一か月ぶりだね。……何も起きなければ良いんだけど」


 横たわる巨大な右腕を見ながら、紫絃は胸騒ぎを覚えていた。


 ―――――――


 白壁の城門がゆっくりと開かれる。


 外へと続く大通りには、ざわめきが広がっていた。


 人々が並ぶ石畳の道に、陽光を受けた国旗がはためく。


 その隣に、小さく添えられた帝国旗――行き先たるノイエスヴァルト帝国の象徴だった。


 国王の配慮で帝国旗を小旗として掲げることになった。


 服従ではなく、友好の印として。


 使節団の出立は、王都の注目を一身に集めていた。


 沿道には民衆が詰めかけ、行列を見守る。


 最前列に並ぶのは王直属の近衛隊。


 その後方には、王国の紋章を掲げた魔導式駆動車が並ぶ。


 白銀の外装に刻まれた紋章が光を反射し、車体の横には国際連盟の緑の印が描かれていた。


 外交使節としての格式を示すとともに、王国と連盟の連携を公に示す証でもあった。


 最後尾には、護衛を担う第二番隊の騎士たちが二輪軍馬サイバイクに跨り、整然と続く。


 王都の高い塔の上では、鐘が鳴り響いた。


 その音を合図に、行列がゆっくりと動き出す。


 王都を貫く中央通りグランドロードを進む使節団。


 両側から歓声と拍手が起こり、花びらが舞った。


 誰もが願っていた。


 この行列が、戦火ではなく、平和の兆しとなることを――。


 ―――――――


 使節団は順調に行程を進め、日が暮れる頃には、王国最西端・アングレーズ公爵領に着いた。


 公爵の計らいで晩餐会が催され、盛大な歓迎を受ける。


 だが翌日の出立が早いため、会は短く幕を閉じた。


 翌朝、使節団は公爵領を抜け、国境へ向かう。


 王国と帝国の境には、二本の石壁が延びていた。

 ――アルドライン関所。


 王国側の検問所では、駐留部隊が出迎えに立つ。


 従騎士がやり取りを交わし、通行証の確認を済ませる。


 その後、身分確認と物資の検査が行われたが――荷台の封印物については事前通達があり、検査対象から外された。


 手続きが完了し、国境前の巨大な門の前へ向かう。


 左にシルヴァン王国旗、右にノイエスヴァルト帝国旗。


 部隊員の合図とともに、鋼鉄の門扉がゆっくりと軋みをあげて開く。


 通常なら日中は開門されたままだが、今回は使節団のための“儀礼的開門”である。


 舗装された道が終わり、やや荒れた未整備の道へと変わる。


 草原に古い石標が並び、「この先、帝国領」と刻まれていた。


 中立緩衝地帯――かつての戦場の名残がそこにある。


 地面の一部には焦げ跡や深い穴が点在していた。


 中立地帯を進む一行の前方に、重厚な要塞が現れる。


 華やかな王国の門とは異なり、装飾を排した機能美の門。


 使節団の魔導式駆動車が近づくと、号令が飛び、門兵が整列した。


「来訪者、名を名乗れ! その旗印を掲げよ!」


「こちら、シルヴァン王国および国際連盟使節団なり!」


 儀礼的な確認が交わされる。


 検問官と警備兵らが駆動車へ近づくと、従騎士が車から降り、封蝋付きの書簡を両手で差し出した。


 検問官は無表情に受け取り、背後の兵へ確認を命じる。


 わずかな間、緊張が走る。


 その間に警備兵が車両外観を検査。


 書簡の確認を終えた兵が検問官へ耳打ちし、一歩下がる。


「確認完了。……ようこそ、ノイエスヴァルト帝国へ」


 検問官の言葉と同時に、背後の巨大な門が鈍い音を響かせて開いた。


 検問官が脇に逸れる。


 その横を、一行は進み――門をくぐった瞬間、沿道に控えていた黒い軍服の兵たちが一斉に敬礼を送る。


 代表者らしき壮年の男が一歩前に出た。


「ノイエスヴァルト帝国辺境総督、アラステア=フォン=フェルディアン侯爵。貴使節団を、歓迎いたします」

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