三ノ巻 帝国

三ノ巻 その一 ―王国と連盟の対話―

 シルヴァン城の奥深く──


 磨き抜かれた白大理石の床が朝の陽を受け、薄金の光を返していた。


 長方形の広間の中央には、王国の紋章を刻んだ楕円の会談卓が据えられ、両端にはそれぞれ、王国と国際連盟の席が向かい合うように並べられている。


 東の扉は王国の象徴たる深紅の絨毯が敷かれ、そこからはまもなく、シルヴァン国王と宰相、スカーレットらが入室する予定だ。


 対して西の扉には、薄緑の旗が立ち、その向こうで、国際連盟の外交官レフィーエ=ヴェールドーと補佐官ミリアリアが控えている。


 両陣営の出入口は別々に設けられ、互いの護衛が交わらぬよう設計されている。


 ここは謁見の間ではなく、あくまで「対等な会談」のための迎賓の間。


 豪奢でありながらも、どこか緊張を孕んだ静寂が漂っていた。


 壁面には王国と連盟双方の旗が等間隔で掲げられている。


 ―――――――


 やがて、東の扉が静かに開いた。


 そこから現れたのは、シルヴァン王国の象徴──レオニス王。


 王は壮年の男であったが、その立ち姿は威厳と慈愛を兼ね備えていた。


 薄金の王衣をまとい、肩には紅のマント。


 後ろには宰相、外務卿、外交官、そしてその後方にはスカーレット騎士団長が控える。


 西の扉が同時に開かれ、国際連盟の代表として、レフィーエ=ヴェールドーとミリアリアが入室した。


 レフィーエは長い淡い黄緑色の髪をまとめ、薄緑の外套に身を包んでいる。


 対してミリアリアは大柄で、深緑の書記服を着こなし、手元には分厚い記録書を抱えている。


 二人の歩みには、外交官らしい静けさと気品がある。


 互いに深く一礼し、レオニス王が最初に口を開いた。


「遠路の訪問、感謝する。国際連盟の友人たちよ、我がシルヴァンはあなた方を歓迎しよう」


 その声は穏やかでありながら、広間全体に響く重みを持っていた。


 レフィーエは微笑を浮かべ、席に着く前に一礼を返す。


「陛下が我らを賓客としてではなく、対等な“話し合いの友”として迎えてくださったこと、深く感謝いたします。この誠意に、我らは必ず応えてみせましょう」


 そのやり取りを合図に、双方が席に着く。


「そなたたちの来訪の意は承知している。まずはその話をこちらから伝えよう」


 レオニス王が外務卿へ目配せする。


 外務卿が立ち上がり、口を開いた。


「では、陛下のご許可のもと――

 天蜴人リザーディアンの襲来について、我々が確認した事実をお伝えいたします」


 その言葉と共に、迎賓の間に張り詰めた静寂が流れた。


 その足元の陰――

 長卓の下、宰相の背後の影には、音もなく息を潜める二つの影があった。


 ひとりは白髪の少年忍者、紫絃しづる。もうひとりは、紫絃が尊敬する先輩忍者、省吾。


 会談が始まる前から、彼らの任務はすでに始まっていた。


 ―――――――


「―――以上が我々が確認した事実であります」


 外務卿がこの度知りえた天蜴人についての情報を、偽りなくレフィーエたちへ伝えた。


「昨日の王都へ飛来した個体以外にも、既には来ていたのですね……」


 レフィーエが応える。


 レフィーエたちがシルヴァン王国に来ていた理由がまさにそれであった。


 一昨日に起きた天蓋護結界プロテクション・フィールドの反応を検知した国際連盟は、レフィーエらに現地調査を命じたのである。


 宰相が口を開く。


「此度の件、我々から各国へ情報連携する手筈を整えております。ノイエスヴァルト帝国も含めて」


 レフィーエは黙ってうなずき、次の言葉を待つ。


「ご存じの通り、我々と帝国は緊張状態にあります。この件を伝えたとして、文字通りに受け取ってくれるかどうか……」


「そこで和平への使節団を送ることにいたしました、天蜴人出現の証拠を持って」


「証拠……ですか?」


 レフィーエが訊ねる。


「ええ。昨日捕らえた個体とは別に、一昨日に天蜴人の右腕を入手済みだったため、そちらを持参する手筈でした」


 宰相が応える。


「……陛下、恐れながら、ここで少し確認を挟ませていただけますか?」


 レフィーエが静かに頭を下げると、王は短くうなずいた。


 ミリアリアがそっと彼女に近づき、二人は席をわずかに離れて声を抑えつつ言葉を交わす。


「……お待たせいたしました、陛下」


 レフィーエたちが静かに席へ戻り、裾を整える。


「補佐官との確認は済みました。会談を続けさせていただけますでしょうか?」


 その姿に、王は小さくうなずく。


「――一点、申し上げてもよろしいでしょうか、宰相閣下」


 レフィーエがわずかに身を正し、静かに言葉を続けた。


「王国の使節団が帝国へ向かわれる件、もし許されるなら、我々国際連盟も同行し、調停の一助を担わせていただきたく存じます」


 応接の間に小さなざわめきが走る。


 だが宰相はすぐに微笑み、落ち着いた口調で応えた。


「……願ってもないお申し出です、レフィーエ殿。国際連盟の同席は、我らの立場を補強し、帝国との誤解を防ぐものとなりましょう」


 彼はちらと王へ目を向ける。王は静かにうなずいた。


「陛下もご同意のご様子。――どうか、よろしくお願いいたします」


「感謝いたします。必ずや、この同盟の架け橋となってみせます」


 レフィーエは深く頭を垂れた。


「さて、それでは次に、今回の使節団の編成についても触れさせていただこう」


 宰相の言葉に、会談卓を囲む顔ぶれの緊張がわずかに和らぐ。


 外務卿は地図を広げ、使節団の旅程を説明する。


 魔導式駆動車、騎士たちの移動経路、宿泊地まで詳細に示され、天蜴人の右腕も厳重に管理されることが伝えられた。


 ―――――――


 この日、会談は無事に終了し、使節団の出発準備も整う予定だ。


 彼らの長い旅が始まろうとしていた。

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