一ノ巻 その六 ―忍び、宿敵と相対す―

 騎士たちと別れた紫絃しづるたちは、乙ポイントに向かう。


「本部への報告とうしの状況確認を」


 紫絃はの四に指示を出す。


(正一郎さんたちは、もう着いてるのかな……)


 乙ポイントへ向かった先輩忍者たちを思い浮かべながら、紫絃は不安を押し殺すように走る。


(大丈夫、大丈夫。正一郎さんたちなら――うん、大丈夫)


 そう自分に言い聞かせ、森の中を駆け抜けた。


 しばらくして、子の四から報告が上がる。曰く――丑はまもなく到着。敵の情報を可能な限り入手せよ、とのこと。


(……ってことは、自爆させちゃダメってことだよね。どうしよう……)


 しばし頭を抱え、ウンウン唸りながら、結論を出す。


(よし。殺さず、生け捕り。捕獲作戦でいこう)


「これより魂機兵アニマにて乙ポイントへ強襲をかける。会敵後、武力を削ぎ落したのち縛鎖ばくさの術にて捕獲を試みる。自爆の可能性を考慮、範囲に注意」


 静かな声での指示に、三人の部下が一斉に同意の意を示す。

 

 四人は魂機兵に騎乗し、森を疾走した。

 

 隠密よりも速度を優先し、最大速で駆ける。


 やがて、前方に巨人の影が見えた。


「目標を補足。これより捕獲作戦を開始する。四方からの同時攻撃で四肢と尾を破壊、縛鎖の術で拘束する」


(自分で言ってて怖いけど、この方法が確実かな。眠り薬とか効果があるのかわからないし)


 背後の仲間たちが三方向に散る。


 近づくにつれ、敵の姿がはっきりとしてくる。


 魂機兵の能力により、この遠距離でも見通せるため、天蜴人リザーディアンの外形が判る。


 まず目を引いたのが、両手にそれぞれ持った光の剣と光の盾。


 光の剣は、さっき目撃した物と同じに見える。


 ただ、光の盾については見ていないし、ルトーとの話しにも出てこなかった。


(外観的な装備はほぼ同一?いや、装甲で覆われている箇所が増えている?それに、鱗の色がさっきの個体とは違う……緑?)


 その瞬間、胸の奥に焼き付いたような既視感が走った。


(これ……前に見た? そんなはずないのに……)


 知らぬ間に手足が震えていた。


(……怖い? ボク、怖がってる? だめだ、今は任務中だぞ……!)


 冷や汗が頬を伝い、視界が滲む。

 

 唇を噛みしめ、紫絃は心を叱咤した。


(恐怖で動けなくなる忍者なんて三流もいいとこ、ボクはカッコいい忍者になるんだ!)


 一瞬、丸薬を収納しているポケットに目をやる。


 薬で強制的に恐怖心を抑えることも出来る――が、紫絃の負けん気がそれを拒む。


「ボクは忍者だ、絶対無敵冷静沈着のカッコいい忍者になるんだ!」


 紫絃が叫ぶ。


 自分へ檄を飛ばし、震えが止まるのを待つ。

 

 やがて、鼓動が静まり、視界が冴えてくる。


 紫絃は大きく息を吐く。


(よし……恐怖は後だ。今は目の前の任務に集中しよう)


 視線の先では、騎士の魂機兵が二機、天蜴人リザーディアンと交戦していた。

 

 忍びの魂機兵も四機。六対一の構図――だが、騎士側に色持ちカラーズはいない。


(二機足りない……やられちゃったのかな……無事なら良いんだけど)


 心配を胸に、紫絃は戦況を見極める。


(光の盾に苦戦してるみたいだ、あれに触れると武器のほうがやられてる……)


 魂機兵たちの武装が損傷しているのが、遠目でも判る。


 光の盾に触れた武器が次々と蒸発していく。

 

 盾そのものが高熱の光学兵器のようだ。


 全方向からの一斉攻撃で圧殺するには、装甲の強度が邪魔をしている。


 関節などの装甲が無い箇所を狙うか、ルトーのように装甲の上から貫通できるすべを用いるべきだが、関節も装甲で覆われている――弱点が小さい。


(緑のほうが装備が良い?鱗が見えてる、そこを一点集中ピンポイントで狙えばいける?)


 戦っている六機もそれは判っている、その弱点を狙おうとしているのだ。


 それ故、攻撃が相手に読まれ、光の盾で迎撃されている。


 紫絃はルトーの雷撃剣サンダーソードを思います。


(1枚……いや2枚ならいけるか!)


 分析を続ける紫絃の耳に、敵の声が響いた。


「さっきからブンブンと鬱陶しい! 貴様らの遊びなど効かぬわ、下等生物め!」


 怒鳴り声は驚くほど明瞭だった。


(共通語……話せるのか。けど、なんか小物感あるなぁ……)


 紫絃が訝しむが、緑の巨人は罵詈雑言を並べ続ける。


(頭が弱い個体なのかも……これに怯えてたのかぁ……ちょっと恥ずかしい)


 とはいえ、実際の戦いぶりは鋭い。隙はほとんどない。


(……話してる暇はない。まず、あの盾を落とす!)


 紫絃は力業でこじ開けることにした。


「子の一より丑の一へ。近辺潜伏中。二重強化で盾の無力化を狙う」


「丑の一、了解」


(正一郎さん、助かります)


 丑の一の声が戦場に響く。


「騎士殿、一旦距離を取って下され!」


 その声に反応して、二機の騎士魂機兵が後方に退く。


 当然、緑の巨体は警戒を強める。


 その警戒をよそに、六機の魂機兵が跳躍した。

 

 空中で二重の三角形を組むように配置され、天蜴人を中心に包囲する。


 紫絃も極星丸ごくせいまるの動力を最大出力にし、跳び上がる。


(行くよ、極星丸)


 上空から見下ろす景色の中で、天蜴人が上空へ盾を構えた。

 

 その直上に二枚の強化領域エンハンスフィールドが展開される。


 紫絃は忍刀を抜き、逆手に構える。

 

 背の噴射口から蒼光が噴き上がり、二重の膜へ突き進む。


 刃が一枚目を貫き、更に加速。二枚目の膜も突き抜ける。

 

 更に速度を上げ――光の盾と激突する。


 盾に触れ刀身が蒸発するかに見えたが、それを意に介さず刃が盾を貫き、掲げていた左腕を肩ごと粉砕して地面に激突する。



 ―――二重強化版紫電一刀しでんいっとう-かさね―――



 極星丸が地面に大きなクレーターを作り、その衝撃波で天蜴人は大きく吹き飛ばされ、大地を抉りながら滑っていく。


 止まった瞬間、丑の一が飛び込み、残る右腕と尾、両足の腱を切り裂く。


 同時に、四方から鎖が伸びる。

 

 それは生き物のように蠢き、敵の全身を絡め取り、口をも封じる。


 声にならない声を上げ抜け出ようと必死にが、鎖は微動だにしない。


 やがて力を失って崩れ落ちる。


(……よし。捕獲、完了)


 紫絃は小さく息をつき、胸の鼓動を鎮めた。

 

 その震えが恐怖なのか、安堵なのか――彼自身にも、まだ分からなかった。

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