last twinkling|ひかりがひかる★★★★★



 風が強まる。

 樹々の枝がしなる。

 褐色の木の葉が舞いあがる。

 闇の帷帳が揺蕩い、幕の中を黒い影がゆらりと動く。




 フゥゥーッ!




 ジンジャーが低い唸り声をあげる。


「ジンジャー、どした?」

 わかながジンジャーを宥める。


「警戒音?」

 神崎さんが心の声を漏らす。




 フゥゥーッ!




 闇の帷帳の一点を鋭い眼光で睨みながら、ジンジャーは低い唸り声を続けている。


「気をつけて、と言います」

 ゆきこがジンジャーの声を変換する。


「気を付けて?何に??」

 わたしはゆきこに聞き返す。


 神崎さんに手を引かれて、グラウンドシートの場所へ戻る。子どもたちも立ち上がる。ジンジャーの視線は先の闇を見やる。


「みなさん、なるべく近くに寄ってひと固まりになってください!ひかりさん、あの辺りを照らしていてください!ゆきこさん、ジンジャーくんは、ほかに何か言っていますか?!」


 神崎が短く的確な指示を出す。

 ひかりは闇の帷帳に光を振る。


「危ない、気をつける、とジンジャーは言います!」

 ゆきこが答える。


「え?なにが危ないの?!」

 なぎさが振り向く。


「うっわ、なんかこわっ!」

 わかなは、一、二歩後ずさる。




 ジュヌ…




 ジュヌ…




 ジュヌ…




 ジュヌ…




 影は湿り気のある音を立てながら、旋回している。影の行方を光が追う。樹々の隙間を風が抜けてゆく。



 ジュヌ…




 ジュヌ…






 ジュヌ…








 ジュヌ…












 音が…


       途切れ…



                 る…






















 ゴクリ、

唾を飲み込む音が静寂のなかに大きく響く。

 その刹那、

闇の帷帳の影だったものが颯のごとく飛び出た。


 形の定まらない影だったものはふたつに裂け、大地を低く渦を巻きながら、瞬く間にひかりたちに近づいてくる。光は影だったものに取り残されて闇を彷徨う。忙しく大地を蹴る音だけが聞こえる。




 シャーッ!!!




 ジンジャーの声が鋭さを増す。


「何か来る!気を付けて!」

 神崎さんが叫ぶ。


 子どもたちの声をかき消すように、裂けた影は周囲の闇を取り込み暴力的なまでに膨張して巨大な闇の渦を巻きながら迫ってくる。影だったものの渦から鼻腔の奥を突く獣臭が漂ってくる。


「…狛犬?」

 神崎さんが声を漏らす。


「え?」

 ひかりは恐怖で膝が震える。神崎さんがバックパックから発煙筒を取り出し、素早く着火させて、闇の渦の中心へと投げ込む。発煙筒はあかあかと激しい炎をみせながら渦の中へと吸い込まれて行く。


「火が、消えた!?」

 神崎さんは驚嘆の声をあげる。


「な、何あれ?!みんな、後に下がって!」

 ひかりは自身を鼓舞させ、叫ぶ。

 神崎さんとともに子どもたちの前に出る。


「この祠の守護獣…阿吽あうんの像の化身か?」

「あうんの像??」

「神社に行くと左右に一対の像があるでしょう?」

「獅子舞みたいなやつですか??」

「そうです。右側が獅子で阿形像あぎょうぞう、左側が狛犬で吽形像うんぎょうぞうです。二体で世界の始まりと終わりを示すとされています。つまり、生と死です」

「生と死…じゃあ、あれは、あの影みたいのは?良くないもの…ですか?」

「分かりません。ただ、あまり歓迎されているようには、おもえません。完全に直感ですが」

「わたしも、歓迎されてない感じです。完全に直感です。鈍い方ですが」

「っぷは、ははは!ひかりさんこんなときに冗談が言える人なんですね」

「いや、精一杯の強がりですよ!」

「それでも、大したもんです」

「あ、なんか、ちょっと、うれしいかも…」

「ギャップ萌えです」

「ギャップ萌え?」

「あ、いえ、何でもないです」

「え、神崎さんて、わりとKYなひと?」

「…良く言われます、それ」

「ぷ、ぷはははっ!」

「普段は頑張ってるんですよ、こう見えて」

「そうだったんですね、なんか、かわいいかも」

「か、かわいい…だと?!」

「いえ、なんでもないです。それより?」

「は、はい」

「こうゆうときのなんかないんですか?バックパックの七つ道具!」

「思い当たりません!」

「げげげ」

「すいません」

「じゃあ、神社男子…神社にまつわる結界術的なものは??」

「だから、僕は分家ですから!」

「げげげ」

「すいません、でも!」

「でも?」

「ひかりさんのことは命懸けで守りmf!!!」

「え、いま、なんて…」



 子どもたちの悲鳴が聞こえた。

 眼前では、闇の渦がいまにもひかりたちを飲み込もうとしていた。神崎さんがひかりを庇うために前に出た。突き出した手が、闇に、闇の渦に飲み込まれつつあった。



 ……ダメだよ、こんなところで、

 ……だって、だって、だって!!



 光、

 微かな光、


 ちりちり、

 ちりちりちり、


 ジンジャーの肢体がぼんやりと光り始める。黄砂のような小さな光の粒が数多に現れ、拡散と収束を繰り返しながら、す、す、す、と光度を変えて行く。次第に幾本もの光の線となり、たわわに撓りながら一本の光柱となり、真上の上空に向かって収斂する。静けさの間を置き、




 雷鳴が轟く。




 稲光が留紺色の空を切り裂き落ちる。

 ジンジャーの居た場所へと。




「ジンジャーッ!!」




 ひかりの悲痛な声が閉じかけた喉を押し通る。子どもたちはその様子に目を瞑る。神崎さんが目を見開いている。


(ジンジャー!)

 ひかりは何かに縋るような気持ちで、ジンジャーが居た空間をみやる。落雷の跡には砂埃が舞いあがり、焦げ臭いにおいと煙が立ち込めている。


 乾いた北風が砂埃と煙とを攫っていく。

 晴れた視界にひかりは目を凝らす。

 が、






 そこにジンジャーの姿はなかった。

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