last twinkling|ひかりがひかる★★★★



 森の中は、マーブル状した夜の闇に溶け込みつつある。夜目が効かなければ、窪みや蔓に足を取られる暗さだ。スマホのライトで前方を照らしながら進む。


「声を掛け合いながら行きましょう」

 神崎さんの提案に、わたしたちは乗る。


「わかな!」

「へーい」


「ゆきこ!」

「はい!」


「なぎさ!」

「いるよ」


「神崎さん!」

「神崎です」


「ふにゃ〜」

「ジンジャーくんもオーケーとのことです!」

 ジンジャーの鳴き声にすかさず神崎さんが反応する。

 ん? いつのまにこのふたり、いや、ひとりと一匹は仲良くなったんだ? 息ぴったりじゃないか。その事実が、なぜだか無性に心をほぐしてくれる。


「ねー、神崎さんキャラ変してない?」

 わかなが声だけで振り向く。


「あ、ちょっと、わかる」

 なぎさが応じる。


「ニャッ」

「そうだ、と言います」

 通訳ゆきこを通してジンジャーが加勢する。


「そうですか?自分ではわかりません。まあ、今日は仕事じゃないですからね、いつもとはすこし違うかもしれませんね!ははは!」

 ははは神崎、いや、はりきり神崎もとい、しゃかりき神崎は『山ノ神』なんだよと言い掛けて、やめる。わたしだけの秘密にしておきたい気がする。


 ん?

 わたしだけの?

 んん??





 視界が開ける。

 鳥居が見える。

 目的の場所だ。


 神崎さんが告げた時間までは、いくらかある。急いた気が、みなを足早にさせたのかもしれない。みなの足元は夜露に濡れ、額は汗に濡れている。

 神崎さんがパックパックからアースカラーのグランドシートとハンドタオルを数枚取り出す。


「まだ時間があるので、ひと休みしましょう。さあ、これで汗を拭きましょう、風邪でもひいたら大変だ。温かい麦茶もありますから、よければどうぞ!」


 子どもたちが感嘆の声をあげる。

 さすが『山ノ神』、きっとあのバックパックの中には、必要な物が一揃いしてあるのだろう。あの人が居てくれて良かったと再認識する。

 子どもたちが腰を下ろすのを横目に、神崎さんは、一人で奥の方へと歩いていく。ライトで周囲を確認している。頷きながら答え合わせをしているようだ。そして、ひと言。


「ああ、やっぱり」


 ひかりは目で追っていた神崎さんに近づく。

「どうしたんですか?」


「ほら、ここ、祠です」

「ほらここほこら??」


「ん?」

「…ダ、ダジャレですか?」


「ダダダダダ…」

「マシンガン?!」


「ダジャレナワケナイデショーガッ!!!」

「ひぇ〜、しゅみましぇ〜ん!」


「そっちはカタコトで、こっちは滑舌わっる!付き合い始めのカップルかよっ」

 ふたりのやり取りを聞いていたわかなが冷やかな目でつっこむ。なぎさが堪えきれず吹き出す。つられてゆきこも笑う。やっぱりポンコツ、略してやっぱりポンなわたしでもこんな風に子どもたちを笑顔にできる。ああ、それが嬉しい。へへへと頭を掻きながら、神崎さんを見る。薄暗くてよく見えないが、みみがあかい。顔が上気しているようだ。ん?


 んんんっと、咳払いをした神崎さんが言う。

「ここを見てください」


 ひかりは神崎さんの指差す方を辿る。

「えっと、石…ですか?」


「ええ、そうです、石で造られた石祠です」

「石祠…なんか想像していたのと違いますね、石窯みたい」

「そうですね。加工する技術を持たない者か、もしくは技術自体がない時代に造られたか」

「かなり古いものってことですか?」

「断定はできませんが、その可能性が高いと言えます」

「ふぁ〜」

「ほら、奥に平たい石板がありますね。おそらく、ここに御神体を祀っていたのだとおもいます」

「なにが祀られていたんでしょうか?」

「天照、と言いたいところですが、星神にまつわるものかと」

「あ、長い月…の一番星?」

「ええ、長い月の宵の明星である金星、天津甕星(アマツミカボシ)です」

「お兄ちゃんのきらきら星…」

「はい」


 ひかりも祠を確かめる。大小様々な石を積み重ねられて造られた祠は不恰好に見えるが、人の手によって造られたことを感じさせてくれる。人工的な感じとは違う。ぬくもりのようなものを感じることができる。それは、たぶん、これを造り祀った人の想いだ。


 何を願ったのだろう。


 わたしと同じように誰かを想ったのだろうか。何かを望んだのだろうか。それとも、四苦八苦からの解放を願ったのだろうか。でも、きっと、いまを生きるわたしたちと変わらなかったのだろう。そこには、大切な人がいて、大切な命があったはずだ。わたしたちと変わらない。


 神崎さんが呟いた。


「鎮守の森の、鎮守の祠」

「え、なんですか?」


「いや、ふと」

「ふと?」


「死者の魂を鎮めたか、もしくは」

「もしくは?」


「黄泉がえり」

「ヨミガエル?ピョン吉みたいなカエル??」


「黄泉がえり!

アクセントは『→→↑→↓』です!

死んだ者の復活です!

ひかりさんのは『→→→→→』

心電図なら、蘇らない!」

「ああ、黄泉がえり!でも、そんなことできないですよね??」


「現代の医学では、まだ、そこまでは到達していませんね」

「じゃあ……なんで」


「信じたのでしょう」

「なにを?」


「奇跡を」

「奇跡を……」


 ひかりは心の中で反芻した。


 奇跡……

 奇跡……

 奇跡……

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