第16話 瞬殺の不死者さん、馬鹿
あー、うん。全然わっかんねーわ。
何を指すかと言えば、例のガチ勢より送られたエルフィリスとの戦闘動画である。
既にあの動画は数十回ほど見直したが……ガチ勢の言う『隙』やら『癖』やらがどれだけ見てもちっとも分からない。
大技はまだ辛うじて分かるんだけどなぁ……。
名を冠する技ともなればちゃんと予備動作があって分かり易い。——が、それ以外はさっぱりである。オマケにそれらを全部覚えないといけないときた。
はっきり言って大ピンチ。今の俺ならツーパンで負ける自信しかない。
まぁ諦めるつもりはないけど、と空き時間を見つけて研究することを決意していると。
「……モンド君、大丈夫?」
クラリスが金色の瞳に俺を映し、名を呼ぶ。心なしか心配そうに眉尻を下げていた。
「何がだ?」
「昨日からずっとぼーっとしてたから、どこか具合が悪いのかなって」
それ、動画を見てたからですね。
ただ動画を始め、スレッドなどは他の人には見ることができない。
つまり側から見れば、俺は何時間も虚空を眺める呆けた人にしか見えないわけだ。
……何それ、ただの変人じゃないですか。そりゃあクラリスも心配するわな。
「だ、大丈夫だ。アレも俺が強くなるためのルーティンみたいなものだからな」
「そうなんだ。モンド君はボクたちには見えない何かが見えてるんだね」
「あぁ、そう——」
——ん? クラリスー?
俺はあまりにも図星過ぎたせいで、思わずクラリスの顔を覗き見てしまう。
そんな俺に、クラリスは一切裏のないキラキラと輝く瞳と表情を向ける。うん可愛い——じゃないよ。
いや怖いって。なんで分かるの? 君、実は俺のスレッド見えてたりする? あとお目々輝かせてるからって怖くないわけないからね?
「……どうしてそう思ったんだ?」
「だってモンド君、神の使者なんでしょ? ならそれくらいのことはあり得るかなって」
……確かに。
「あり得るな」
「だよね」
「お前たちは一体何を話しているんだ?」
俺たちが理解を示していると……本日なぜか俺の用事に付いてきた、黒髪を靡かせながら呆れたような表情をした美女——エルフィリスが会話に入ってきた。
「いえ、なんでもないです」
「いや話は聞こえている」
「じゃあ気にしないでください。別に大した話でもないですし」
なんて俺が言えば、エルフィリスも特に興味なさげに『そうか』とだけ返し、別の話題を振ってきた。
「なぁハイモンド、一つ聞いてもいいか?」
「いいですよ」
エルフィリスが心底理解出来ないといった様子で言い放った。
「——足を使う理由はなんだ?」
そんな彼女の言葉に、俺は目的地に向けて爆速で走りながら言う。
「もちろん、貴女との戦いに備えてです」
「お前は馬鹿なのか?」
「すんごいド直球。もうちょっとオブラートに包めないんですか?」
「包んだらお前は理解できないだろう?」
つまり貴女は俺が馬鹿だと言いたいんですね、分かります。……今包んだってことは本気で分からないと思ってんのかよ……。
彼女の中の俺はどうなっているんだ……という悪態は、ここ数日の出来事を思い出して飲み込んだ。
王城、陛下の部屋への突撃。
貴族への飛び蹴り。
玉座の間での痴態の数々。
……うん、思われてても仕方ねーわ。なんなら最後の痴態だけでも余裕でお釣りが来るわ。
自分に比があると分かれば、余計に言葉を重ねないが吉。みんな親とか先生に習ったよね。
いや、うん、自覚してるからさ。だからこっちを見ないでいただきたい。
それに、一応走って向かうのにも理由があるのだ。
ゲームでは『特訓』というステータスを底上げする機能があった。
一日一回という制限こそあったが……そこで『速度』を鍛える時はトラック周回ではあったが走っていたのである。タイムによって上がる基礎値は変わるし限界値もあった。
そこで俺は考えたわけだ。
——『速度』の装備がある場所までの道のり……走れば良くね? と。
ここはゲームの世界と違い、特訓という機能は存在しない。
つまり一日一回やらトラックというゲーム内制限もないということだ。流石に上昇する基礎値の限界値は依然としてありそうだが……今は少しでも上げておきたいので考えないことにした。
実際、既に『速度』のステータスが少し上昇しているのだから、俺の仮説は間違っていなかったわけだ。——が、当然それを彼女らに言えるわけもなく。
責める……というか追求するような視線に耐え切れなくなって目を逸らした俺に、エルフィリスがため息を吐く。
「はぁ……分かっているならいい。だが……お前もお前だ」
「へっ? ぼ、ボク?」
彼女の追求はクラリスに向いたみたいだ。こればっかりはご愁傷さま。
「なぜお前が驚くのかは知らんが……普通数十キロ以上離れた場所に向かうなら馬車を使うだろう? なぜ歩きなのか不思議に思わなかったのか?」
「? 思わなかったですよ? モンド君が『走る』って言ったんです、なら走る以外の方法なんてないでしょう?」
俺とは違い、エルフィリスの怪訝そうな視線を一切の曇りのない視線で返すクラリス。なんなら『お前こそ何を言っているんだ?』といわんばかりの顔である。
これにはエルフィリスも俺も絶句。
俺の腕の中で『寧ろお姫様抱っこして貰ってるから役得だよっ!』と破顔するクラリスを他所に、俺たちは目線で会話する。
「(……お前、実は洗脳とかしてないだろうな?)」
「(してませんよ。さっき俺の反応見てたでしょう?)」
「(ドン引きしていたな。……可哀想に)」
「(貴女もしてたくせに何差し出された手を叩いてんですか。それに……俺のこの身体は魔法が使えません)」
「(……そうだったな。まぁ対価としては妥当だがな)」
なんて鼻を鳴らすエルフィリスだったが、それに関しては俺も同意である。
この身体は、魔法が使えない代わりに驚異的という言葉ですら収まらないレベルの再生力を持っているのだから。
まっ、対価の一つとして魔防がゴミカスになったから再生力は活かせないけどな!
悲しい事実である。いやマジで。
因みに今俺が向かっているのは、王都から数十キロ離れた村だ。
ガチガチニキがくれた情報によると……その村にはサブクエストがあり、それをクリアした報酬として『速度』の基礎値を上げる装備が手に入るらしい。
サブクエストの内容は、失踪した村人たちの捜索。
実際には村長と村の近くにある森を拠点にした野盗たちが結託して、村人を奴隷として売っているらしい。奴隷として売ったお金は野盗六割、村長四割でお互いボロ儲けという胸糞悪いサブクエみたいだ。
……ま、だからこそエルフィリスが付いてくるのを許容したわけだけど。
騎士団長にして陛下の護衛をも務める彼女がいれば、クラリスの安全は確実かつクエストを色々とショートカット出来るだろう。
一石三鳥、笑いが止まらないとは正にこのことだ。
「——フハハハハハッ、待っていろサブクエスト!」
「……やっぱり馬鹿なのか?」
「ふふっ、はしゃいでるモンド君も可愛いなぁ……」
「…………やっぱり洗脳されているのか?」
この時の俺は知らなかっ——いや見落としていた。
ガチガチニキに貰った今回のサブクエ詳細情報。
——『多数のはぐれ魔法使いがいるため非常に危険』
その一角にそう書かれていたのを——。
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