闘技場
放射朗
第1話
ボンベから空気の抜ける音が聞こえていた。
身体が凍っているように冷たい。手足が棒のようだった。
彼は目を開けてみた。
ぼんやりした白い光が網膜を刺激する。
軽い振動があって、目の前の壁が動いた。
壁と思ったのは、自分の寝ているベッドの蓋に当たるもののようだった。
ぎしぎしと音を立てるような背骨を曲げて、彼は起き上がる。
やっと目の焦点が合った彼の視野には、薄暗い殺風景な部屋が映った。
かび臭いにおいが一瞬鼻を掠めた。
壁にはパイプなどが縦横に走っている。
約5メートル四方の部屋には、自分の寝ていた棺おけのようなベッドが一つあるだけだった。
そのときやっと自分が全裸なのに気づいた。
部屋の端にある箱が目に入った。
動くことに少し慣れた彼は、その箱を確認してみる。
そこには衣類などが納まっていた。
衣類を身につけた後、まだその箱には何かが入っていた。
取り出してみると、鞘つきの小さなナイフだった。
腰ベルトの横に引っ掛けるように装着できた。
腹部が痛むような気がした。
その時、自分がすごく空腹なのがわかった。
見回すが、食べ物はなさそうだ。
自分が誰で、どうして今ここにいるのかはまだわからない。
しかし、とりあえずこの部屋から出て、食べ物を調達しないと遠からず死ぬだろうということはわかった。
部屋には一つだけドアがあった。
ドアの前に行ってみる。
がっちりした鋼鉄製のドアだ。
引き手などは何もない。自動ドアなのだろう。
しかし、彼が前にたっても開く様子はなかった。
ここで少し焦りが出た。いや、恐怖といった方がいいかもしれない。
このままこの部屋で干からびてしまう自分の姿が脳裏に浮かんだ。
振り向いたりして他に出入り口がないか確かめた後、再びドアに向き直ったとき、ドアの一部が変化していた。
モニター画面が映し出されていたのだ。
『1+1=』
という文字が浮かび上がっている。
彼は迷わず、その下に並んだ文字の中から『2』を選んで押してみた。
すると、次に『32-8=』という文字が現れた。
ひょっとしたら、この問題に全部正解すればこのドアは開くのかもしれない。
空腹感を抑えながら、期待を込めて『24』と入力した。
問題は少しずつ難しくなっていったが、彼にとって難題といえるほどのものではなかった。
次々に答えて行って、10回目にちょっとした難問が登場した。
これが最後だという予感がした。
13個の卵、という問題だった。
重さの違う偽者が一個だけ混じった13個の卵の中から、天秤を3回だけ使って偽者を特定する問題だ。偽者が本物よりも重いか軽いかはわからない。
今回は回答用に、キーボードも現れた。
ちょっと考えた。
偽者が重いか軽いかわかっていれば簡単だ。
6個ずつ乗せて、釣り合えば一回で残りが偽者だとわかる。
傾いた場合、偽者が重いとわかっていたら、重かった方の3個ずつを乗せてみればいい。
さらに重いほうから一個ずつ乗せてみて、重いのが偽者。釣り合ったら、残りの一個が偽者だとわかる。
しかし、偽者が重いか軽いかわからなければ、この問題は解けないのではないかと思えた。
しかし、この場合不可能問題が出るはずは無い。
答えが絶対あるはずだ。
彼は天秤に乗せる卵子の数を変えたりして考えをめぐらす。
そして、程なく答えにたどり着いた。
その答えを、キーボードから入力すると、ブザーの音が軽くなって、ドアが左にスライドした。
出たところには、左右に長い廊下が走っていた。
黄色っぽい光が充満している。
微かに風の流れを感じた。
部屋の中と違って空気がきれいだ。
目の前の台車に、彼の欲していたものが乗っていた。
彼はまずカップを手にとって、温かいミルクを一口飲んだ。
そして、玉子焼きの挟まったパンや、ハムなどをじっくり租借しながら胃に送り込んだ。
身体が生き返る。
すべての細胞から、歓喜の声が聞こえてくるようだった。
一通り食べ終えた後、彼は粉を固めたような食べ物を入るだけポケットに詰め込んだ。
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