6.恋愛関係促進三段階療法(仮)
『どう聞いてもツンデレだよな』
『ツンデレですね』
俺とエルスは心の中で会話していた。
カウンセリングが始まってもう三十分。ペルフィは酔っていた時より随分真面目な顔をしているが、話している内容は本質的に変わっていない。
「だから!レオンはいつも『ルナの回復魔法は素晴らしい』とか言うけど、私だって回復魔法使えるのよ!」
ペルフィが拳を握りしめながら訴える。
「初級だけど、ちゃんと使えるの!なのに一度も褒めてくれない!」
「なるほど、辛いですね」
俺は相槌を打ちながら、メモを取るふりをした。実際は落書きしているだけだが。
「それに、ルナはいつも隊長の隣にいて!戦闘中も『レオンさん、大丈夫ですか?』って!私が心配してもいいじゃない!」
『典型的な嫉妬ですね』
エルスの声が頭に響く。
『しかも自覚なし』
「私、この三年間ずっとパーティーにいたのよ?ルナなんて去年入ってきたばかりなのに!」
ペルフィの声が震え始めた。
「私の方が長く一緒にいるのに、どうして……」
そして、ぽつりと呟いた。
「まあ、どうせもうすぐこのパーティーも終わりだし」
ん?
「終わり?」
俺が聞き返すと、ペルフィは慌てたように手を振った。
「あ、いや!だってほら、こんな状態じゃパーティーの雰囲気最悪でしょ?私がいるせいで空気悪くなってるし!」
なるほど、自分のせいでパーティーが崩壊しそうだと思ってるのか。
『重症ですね』
『完全に被害妄想だな』
「とにかく!」
ペルフィが急に立ち上がった。
「レオンは鈍感で、朴念仁で、女心が全然分からない最低男なの!でも……でも……」
声が小さくなる。
「優しくて、強くて、みんなを守ってくれて……」
完全に惚れてるじゃないか。
「分かりました」
俺は真剣な表情を作った。
「ペルフィさんの気持ち、よく分かりました」
「本当?」
「ええ。で、今日はここまでにしましょう」
「え?」
ペルフィが驚いた顔をした。
「まだ何も解決してないけど」
「大丈夫です。次回までに、あなたに最適な治療プランを用意します」
俺は自信満々に言った。実際は全く自信ないけど。
「それに、隊長さんを待たせすぎるのも良くないでしょう?」
「隊長?」
「さっき近くの酒場にいたはずです。探してみてください」
エルスが付け加えた。ただし、少し冷や汗をかいている。
記憶消去術の効果が心配なんだろう。
「分かった……じゃあ、また来るわ」
ペルフィが店を出て行った。
扉が閉まると同時に、俺とエルスは顔を見合わせた。
「完全にツンデレの恋愛相談だな」
「そうですね。典型的な『感情表現障害』と『恋愛における不安全感』です」
エルスが知ったかぶりで言った。
「神の知識によると、このような場合は——」
「要するに、素直になれないだけだろ?」
「簡単に言えばそうです」
じゃあ最初からそう言えよ。
「で、どうする?」
「治療プランを立てましょう!」
エルスが張り切って紙とペンを取り出した。
「まず、但馬さんの恋愛経験を参考に——」
「覚えてない」
「…あ、そうですね。じゃあ、想像で——」
「それでいいのか、カウンセリング」
エルスが考え込んだ。
「じゃあ、神の知恵を使いましょう!」
「お、頼もしい」
「まず第一案!『物理攻撃法』!」
「は?」
「ペルフィさんに隊長を殴ってもらいます」
「なんで!?」
「愛情表現です。神話では、愛の女神が気になる相手に矢を射るでしょう?」
「それは比喩だろ!実際に暴力振るったら逮捕されるわ!」
「じゃあ却下で」
エルスがあっさり線を引いた。
「じゃあ『記憶消去法』!」
「また手刀か」
「いえ、隊長の記憶からルナさんを消します」
「倫理的にアウトだろ!」
「でも効果的では?」
「犯罪だよ!」
エルスが頬を膨らませた。
「じゃあ但馬さんが考えてください」
「そうだな……『直球告白法』はどうだ?」
「直球?」
「ツンデレの反対は素直だろ?だから、ペルフィに『隊長の好きなところ』を直接言ってもらう」
「なるほど!例えば?」
「『あなたの指揮が好き』とか」
「いいですね!もっと!」
「『守ってくれて嬉しい』とか」
「素晴らしい!」
エルスがメモを取り始めた。
「あと『実は最初から好きでした』とか!」
「それ無理だろ」
「なんで?」
「ツンデレがそんなこと言えるわけない」
「じゃあ、段階的にいきましょう。まず『嫌いじゃない』から始めて——」
「それでも難しいだろ」
俺たちは頭を抱えた。
「じゃあ第二案」
俺が提案した。
「『女性魅力アピール法』」
「何それ?」
「ペルフィは美人だろ?だから、その魅力を最大限に活かして——」
ああ、そうだそうだ、たとえば…
ペルフィが隊長の部屋をノックする。
『レオン、装備の点検を手伝ってもらえる?』
いつもより柔らかい声。そして、なぜか薄手のローブ姿で——
『あら、このベルト、固くて外れないの』
困ったような上目遣い。隊長が近づいてベルトに手をかけると——
『ありがとう……でも、もう少し近くに来て?』
耳元でささやく吐息。隊長の頬が赤くなり——
「ふっふっふ……」
俺の息が荒くなってきた。
いや待て、もっとだ。もっと効果的な作戦が——
『レオン、私、魔法の練習で疲れちゃった』
そう言いながら、隊長の肩にもたれかかるペルフィ。
『少し……休ませて?』
密着する柔らかな感触。隊長の理性が——
「はぁはぁ……これは……勝った……!」
さらに妄想は加速する。
訓練後の二人。汗で濡れた髪をかき上げるペルフィ。
『暑いわね……水浴びしてくるわ』
『待って、ペルフィ!そっちは男性用の——』
『きゃあ!』
偶然の遭遇!タオル一枚の——
「ぐへへへへ……」
「但馬さん」
エルスの声が絶対零度まで下がっていた。
「今すぐその妄想を中止しなさい」
「え?いや、これは真面目な恋愛戦略の——」
「顔が完全に変態です」
「へ、変態じゃない!健全な——」
「鼻の下、びしょびしょですよ」
「!?」
慌てて拭う。確かに何か湿っていた。
「目も充血してます。呼吸も乱れてます。そして——」
エルスが俺の椅子を指差した。
「なんで椅子から腰を浮かせてるんですか」
「これは、その、前のめりになって真剣に考えてただけで——」
「あなたの穢れた魂を浄化する必要がありますね」
エルスの背後から、今までで一番強い神聖な光が溢れ出した。
「待て!俺は真面目に——」
「反省しなさい!」
「分かった!分かったから!健全にする!超健全にする!」
「本当ですか?」
「手作り弁当!そう、愛情たっぷりの手作り料理!」
俺は必死に健全な方向に軌道修正した。
「男は胃袋を掴まれると弱いんだ!エロじゃない!食欲だ!」
「……」
エルスが疑いの目で俺を見つめる。
「本当に反省してますか?」
「してる!超してる!」
「……まあ、弁当なら健全ですね」
ようやく光が収まった。
でも内心では思っていた。
あの作戦、絶対効果あったのになぁ……。
「でも、ペルフィさん料理できるんですか?」
「……まあ、できるだろ。たぶん」
「適当すぎません?」
「じゃあエルスが教えればいい」
「私、料理できません」
「女神なのに?」
「女神は食事しないので」
使えない女神だな。
「第三案!」
エルスが急に立ち上がった。
「『動物変身法』!」
「何それ」
「ペルフィさんを可愛い動物に変身させて、隊長に甘えてもらいます」
「人間やめるのか」
「猫とか犬とか!男性は小動物に弱いです!」
「それ、もう恋愛じゃなくてペットだろ」
「あ、確かに」
エルスがしょんぼりした。
「じゃあ『嫉妬心作戦』!」
「嫉妬?」
「他の男性隊員と仲良くして、隊長に嫉妬させるんです!」
「でも、他に男性隊員いるのか?」
「あ……」
エルスが固まった。
「じゃあ但馬さんが——」
「俺が!?」
思わず声が弾んだ。
「……今、すごく嬉しそうでしたね」
「き、気のせいだ」
「絶対違います。鼻の下伸びてました」
「伸びてない!」
俺は慌てて鼻を触った。
「でも、これは名案かも」
エルスが真剣な顔になった。
「但馬さんがペルフィさんと仲良くしてるところを見せれば——」
「待て、それ修羅場になるだけじゃ」
「愛の戦いです!」
「いや、普通に喧嘩になるだろ」
「じゃあ、『幻覚魔法』!」
「何それ」
「隊長に幻覚を見せて、ペルフィさんが他の男といるように——」
「詐欺だろそれ」
「『洗脳——』」
「却下」
「『呪い——』」
「却下」
「『毒薬——』」
「犯罪しか思いつかないのか!」
「だって——」
「ちょっと待てよ」
俺は腕を組んだ。
「俺が色仕掛けを提案したら『汚れた心を浄化する』とか言って魔法まで使おうとしたくせに、自分は洗脳だの呪いだの提案してるじゃないか」
「え?」
「色仕掛けより洗脳の方がよっぽど悪質だろ!」
「で、でも、これは愛のための——」
「俺のも愛のためだよ!」
「但馬さんのは下心が——」
「洗脳に下心ないのか!?むしろ犯罪じゃないか!」
エルスが涙目になった。
「だって、恋愛って難しいんですもん」
そりゃそうだ。
「よし、現実的にいこう」
俺は深呼吸した。
「一、素直に気持ちを伝える練習をする」
「はい」
「二、女性らしさをアピールする」
「はい」
「三、最終手段として、他の男の存在をちらつかせる」
「完璧です!」
俺たちは自信満々にハイタッチした。
名付けて『恋愛関係促進三段階療法』(れんあいかんけいそくしんさんだんかいりょうほう)!
これで失敗するはずが——
バン!
突然、扉が勢いよく開いた。
「うわああああん!」
ペルフィが泣きながら飛び込んできた。
「ど、どうした!?」
「酒場に行ったら……レオンとルナが……二人で楽しそうに話してて……」
ペルフィが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら叫ぶ。
「私がいなくても全然平気そうで!むしろ私がいない方が楽しそうで!」
俺とエルスは再び顔を見合わせた。
これは、作戦実行のチャンスか?
「ペルフィさん、落ち着いて」
エルスが優しく声をかける。
「大丈夫、私たちの秘策があります」
「秘策?」
ペルフィが涙目で見上げた。
「ええ、『恋愛関係促進三段階療法』です!」
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