第18話 狙われた場所

 さらに1日後、作和小学校・6年2組の教室。


「はあ!?」

「しっ……声がデカい」


 オレ=巻田ソウジュはバイオコップにたしなめられた。


 夕方の教室にはオレと三村ミクしかいなかった。オレ達がここに避難してきて数日経つ。バイオコップと話す時は、人気の少ないこの教室へ行く事にしていた。


 その三村も訝しげな顔をしていた。バイオコップからの知らせは、衝撃的だった。


「グイーバー星――地球で言うG7に入っているくらいの星だ――の高官が、本件に横槍を入れてる。『一部で言われているような法令違反は認められない』ってな」


 そんなわけない。拉致された人間は誰も帰ってきていない。


「大体何の根拠があんねん、そんなん!」

「別働隊の調査の報告を受けた……と言ってる」

「別働隊って、そもそも来てんのかよ、そいつら!!」


 別働隊が対応するから待機、と言われて数日過ぎた。別働隊らしきものは誰も見ていない。バイオコップが挨拶されたり、現状報告とか情報を求められている事もない。


 バイオコップはしばらく黙ってから、

「……これはあくまで、私の推測も入った話だ」

 と言い出した。


「実は一連の事件の『首謀者』だが、すでに特定している」

「マジ?だったらなんでオレ達に出撃させねえんだよ」


「その首謀者は、グイーバー星のとある大企業の重役の息子だ。

 その大企業はバイオ工業の大手だ。農作物の品種改良から生物兵器まで、およそ『生物工学』といえるものは何でもやってる。

 その企業の出す利益は、この星の経済学者には想像やつかないような額だ。多国籍企業を越えた、多星間企業だからな。そして、政治家への献金も積極的に行っている。件の高官も含めてな。

 献金の目的は地球の企業と変わらない。自分達に有利な政策を行ってもらうためだ。生物工業に対する規制の緩和や解除、とかな。

 この一件は、単なる無法者が起こした犯罪ではない可能性が高い。地球は遠い宇宙の彼方の、政治ゲームに巻き込まれている可能性がある」


「つまり……政治のために、あたし達が無視されてるって事なん!?」

 三村の声に、バイオコップは答えなかった。ハッキリ答えるのを避けたのだろう。


 そういう事だったのか……。オレの中で、何かがフツフツと煮えたぎるのを感じた。オレ達はここに住んでる。ここで生きてるんだ。その事より、政治ゲームの方が大事なのか。


「今オレ達に何が出来る?」


 オレはバイオコップに声をかけた。異星の政治家などオレにはどうしようもない。今出来る事をやるしかない。


「今すぐ出来る事はない……今すぐは、な」


 バイオコップはつぶやく。


「ついさっき、私は上司に有給休暇を申請し、受理された。今私はある程度、自由に行動出来る。

 これから私は犯人の身元を、星間ネットワークにリークする。大企業の関係者が、権利に守られながら犯罪を犯しているんだ。スキャンダルさ。大企業にも民間からの批判や圧力がかかるだろう。少なくとも、グイーバー星の政治家達が戦略を見直すキッカケにはなる。

 そして、犯人にハッキングを仕掛ける。山にある巨大物体の設計図や、奴らの戦力の情報を得るつもりだ。

 これは日本の警察や自衛隊にタレこむ。私が派手に動けない以上、彼らに頼るしかないからな。少しでも彼らを有利にしなければ。

 ソウジュとミクには訳文のチェックをお願いしたい。基本的に私が日本語訳を書くつもりだが、ダブルチェックは必要だと思うんだ。不自然だったり、玉虫色に解釈できる表現はなるべく避けたいしな。

 特にソウジュはなるべく体を休めていて欲しい。いつ出撃の判断をするか分からん。いざって時に、すぐにでも動けるようにしてほしい」

「分かった」


 オレと三村は同時に頷いた。遠い星にいるお偉方の意向なんぞ知ったことか。今出来る事をやらないと。




 その日の夕方。


 俺=須崎ソウタは、校庭に立っていた。五甲山を見るためだ。


 山の腫瘍は広がる一方だった。赤い球体から真っすぐ進むようなルートをたどっている。一度ふもとまで降りたと思しき形跡もあるが、そちらはあまり使っている様子はない。基本は山の中で過ごしているのだろう。


 ここから見て、球体は山の左側にある。腫瘍は球体から、おれから見る正面の位置に来るように伸びていた。


 土の色は濃い茶色だった。普段山で見る土の色とは違う。土までもが、相当深いところまで食い進められているのだろう。


「虫が心配なのか?」


 いつの間にか、隣に高校の同級生・矢野がいた。彼もここに避難してきている。数日前から、ポツポツ話している。


「ああ」

 俺は頷いた。当然だ。


 矢野に促されるようにして、俺はポツポツと虫の事を話す。クツワムシの事、アサカミキリの事、コクワガタの事……。


 正直、意外だった。矢野とは必要な時とか、ヒマな時に喋る程度の仲だ。ここまで突っ込んだ話をされるのは初めてだ。友達がここにあまり避難してきていなくて、俺以外に話し相手がいないのかなー、などとぼんやり考える。


 どこまで話しただろうか。今まで俺に喋らせていた矢野が、急にこんな事を言い出した。


「お前が辛い思いしてる時に、失礼かもしれないんだけど……実はオレ、お前の事が羨ましいんだ」

「羨ましい?」


 今度は矢野が喋り始めた。


「オレ、好きなものがないんだ。嫌いなものも、何もない。言ってみれば、『中途半端に好きか中途半端に嫌いか』のどっちかしかない。


 オレって、自分でも認めるくらい平凡なヤツでさ。アニメにソシャゲに音楽、ユーチューバー……色んなものに触れてはいる。でも、何て言えばいいのかな……。


 例えば、オレはアニメが好きだ。でも、好きなアニメはないんだよ。


 周りがみんな見てたり、ネットで話題になってるアニメを、とりあえず見始める。その時はいっちょ前に感動したり、笑ったり、公式グッズを買ったりする。


 でさ、2期とか3期とか続かずに、終わっちまうアニメもあるじゃん?それに、流行り廃りもあるし。


 そしたらさ、そのアニメの事忘れちまうんだ。いつまでもこのアニメが好き!ってのがない。別のアニメにあっさり乗り換えて、たまに『ああそういえばこんなアニメあったなあ、いいアニメだったなあ』って思い出す程度になる。


 まるでオレが好きなものを、ネットとかSNSが決めてるみたいだろ?今までは別に何とも思ってなかったんだけど、ちょっと前から薄々気になってきて……。


 オレ特徴ないのかな、って思うんだ。自分の意思で何かを好きになったり、嫌いになったりする事はこれからずっとないんじゃないかって……。


 その点、お前はオレとは違う。


 流行ってるから虫が好き、ってわけじゃないじゃん?それでいて、いじめられているからやめるとか、彼女作るためにやめるとか、そんなのが一切ない。お前が虫好きなのは、明確な理由がある。


 いつか、『節足動物以上の優先事項なんざそうそうねえよ』って言ってただろ?あんなセリフをパッと言えるのって、実は才能なんじゃないかと思う。


 だからさ、オレ、結構お前に憧れてたりするんだぜ?おだててるわけじゃない。これはホントに、オレが思ってる事だ」


 矢野が口を閉じる。正直、俺は返答に困った。矢野からそんな事を言われるなんて想像してなかったし、そんな自己評価もした事がなかった。


 虫が好きなのが才能?正直ピンと来ない部分はある。別に研究をしたり、何かの大会に出たりしてるわけじゃない。ただ好きなだけだ。


 でも、流行りに乗ったりせず、自分の好きを追求するのはある意味才能……と言われれば、そんな気もする。そういえばいじめも受けたし、辞めてもおかしくない状況ではあった。


 千堂の事を思い出す。あいつは自分自身の意志で特撮を選んだ。親に嫌な顔をされたって、いじめを受けたって投げ出さない。自分でオリジナル怪獣や怪人を作って俺に見せたり、ネットに投稿したりしている。怪獣や怪人を使って、他人を喜ばせようとしているのだ。


 確かにあれも、才能な気がする。俺の虫好きも似たようなものだとすれば、俺にだって才能がある……のだろうか?


「まあその……ありがとう」


 誤魔化すように感謝の言葉を口にしていた。嬉しかったのは本当だ。五甲山の、あの池から始まった俺と虫の関わり。こんな風に言ってくれたのは、千堂以外では矢野が初めてだ。


 そして。


 俺にはある不安があった。


 このままいけば、腫瘍はあの池に到達するのではないか?


 今のところ、腫瘍は山の中腹――それもちょうど「真ん中」と言えるような場所――を、真っすぐ進んでいるように見える。あの池は山の少し麓側にある。このまま直進すれば、多分池には到達しない。


 しかし、不安は消えない。このままの状態が続けば、確実に到達するだろう。


 もちろん、他の場所がどうでもいいわけじゃない。あの山のどの場所も、生き物達の住処だし、それぞれに俺の思い出がある。


 しかし、『五甲山での一番の思い出』と言われて思い浮かぶのは、あの池での経験だ。あそこでツマグロヒョウモンとクロアリと出会った事で、俺は生きる活力を得られた。もしあそこがやられたら……。


 再び俺の頭に、あの考えがよぎり始めた。何もせずにマオやバイオコップに任せたままで、本当にいいのか?俺の大事な場所なんだぞ。俺が何とかするべきじゃないのか?


 しばらく話してから、矢野と別れた。家族の下へ戻らなければ。


 しかし戻る間中、ずっと俺は考えていた。俺は矢野に『才能』とまで呼ばれるほどの虫好きなのだ。その虫好きが、大変な目にあっている虫達を見捨てるというのか……?




 その日の夜。


 ため池は、静かだった。


 虫の鳴き声や、風の音が響いている。辺りの人工物といえば、池のほとりに取り付けられた監視カメラくらいだった。不法投棄の監視のために、市が設けたものだ。


 そして、そのイノシシはエサを探して池のほとりを歩いていた。地面に鼻を近付け、目ぼしいエサを探す。


 彼がここに来るのは初めてだった。今までずっと、もっと標高の高い場所で暮らしていた。


 ある時彼は揺れを感じた。今まで感じた事がないような揺れだった。幸い彼は素早く逃げ出す事が出来た。間に合わなかった他のイノシシや、数多の生き物がどうなったか、このイノシシには知る由もない。


 元居た場所に戻った事はない。あの時の異様な経験を、彼はまだ忘れていない。もし戻ったとしても、もはやそこは彼に住める場所ではない。このイノシシのエサになるものは全く残っていなかった。


 住めば都というか、池の環境自体はむしろ良好だった。水も食料も安定した供給がある。


 しかし、このイノシシはある異常に気付かなかった。人里からそこまで離れていない場所にあるのに、人間の気配が全くしない。以前たまに気配を感じていた登山客が、今は全く現れなかった。全くの、ゼロだ。


 このイノシシの脳裏に、かつての故郷の姿が浮かぶのは1度や2度ではなかった。イノシシは元々縄張り意識の高くない動物だ。それでも、彼にとってあの環境は魅力的だった。草木のニオイや川のせせらぎの音、虫の声、口に入れた地下茎やキノコの味……。


 そして。


 今度はこのイノシシは、ミスをした。


 揺れに気付くのが少し遅れた。そして、運悪くイノシシは「それ」の進路上にいた。


 「それ」のスピードを前に、イノシシはまともに反応出来なかった。草木も、虫も、池の中の魚達さえも。

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