第4話 魅入られた須崎

「プロジェクターはなぜ、俺か千堂が動かす必要があるんだ?千堂からスケッチのコピーだけもらって、お前が1人で動かす事は出来ないのか?」


 正直、おれも気になっていた事だった。ヴェノコブラ達はおれらが学校に行っている時間帯に、ここから遠く離れた場所に出現させた。おれらのアリバイ作りのためだという。しかし、実際にヴェノコブラ達を『予約出現』させる作業をしたのはおれらだった。


「出来ないんすよ」

 マオは即答した。


「それ、元々遊興用に作られた装置なんすよね。

 シンド星人っていう宇宙人が作ったんすよ。戦争どころか殴り合いのケンカもまるで起こした事がない、っていう、信じられないくらい平和的な宇宙人っす。その宇宙人が、おもちゃとかを家庭で作るために生み出したんすよ。で、わたしがそれを魔改造して、怪獣や怪人を生み出して他人を殺せるようにしたわけっす。あと、日本語と英語の表示が出来るようにもしてるっす。

 ただ、『他の宇宙人に悪用されるかもしれない』って懸念は開発当初からあったんすよ。連邦治安維持部隊の物言いがあって、悪用防止のためにいくつかの機能が加えられたっす。

 その機能の1つが、言ってみれば遺伝子ブロック機能。使用者の遺伝子を読み取って、『危険な宇宙人』の使用をブロックする仕組みっす。わたしの星も、その『危険な宇宙人』に入ってるんすよね。

 あと、怪獣達を1体ずつしか出さない理由も説明しとくっす。これに関しては、出せないんすよね。これはプロジェクターの性能の問題っす。怪獣みたいな複雑なものを作るのって容量食っちゃって、大量に出したり、短いスパンで出したり、って事が出来ないんすよ。

 それと、プロジェクターで一度作った物体は、ある程度時間が経つと消えるっす。これも仕様っすね。モノを作って売る商業利用を防ぐための機能で、これもどうしようもなかったっす。だから、『怪獣や怪人を作ってはどこかに保管して、十分作ったところで一気に出撃させる』ってのも考えない方がいいっす」


 うなずくと、兄貴はまたもたまごボーロを頬張る。今度は、

「プロジェクターで作成した怪人に指示を送る事は可能か?」

 と質問した。


「ペジリムを出した時は、アイツをただ暴れさせただけだった。怪人に指示を送って、その通りに動かす事は可能なのか?例えば戦闘時に『目にキックだ』とか『腹にパンチだ』って指示を出して、その通りの場所を狙わせるとか」


「出来るっすよ」

 マオはうなずいた。


「……何か考え付いたんすか?」

「ぼんやりと、だがな」

 兄貴はうなずいた。たまごボーロをまた頬張る。いつの間にか、兄貴の皿からたまごボーロはほぼなくなっていた。


 その日は早めにマオの家を出た。兄貴が塾に行かなければならなかったからだ。破壊活動より塾を優先するのかと不思議な気もしたが、マオ曰く

「怪人が出始めてからアイツ急に塾に来なくなったよね、って変に目立つのはよくないっすからね。それに須崎クンには須崎クンの将来も事情もあるんすから」

 との事だった。


 人気のない住宅街を歩く。そろそろ日が暮れそうな、紫色っぽい空。少し肌寒い。


 思わず

「なあ、兄貴……」

 と聞いてしまった。


「なぜあんなに協力的なのか……だろ?」

 おれはうなずいた。聞くまでもない事だった。心優しい兄貴がなぜ、あんなにも淡々と、でも積極的にマオに協力するのだろうか?


「そういえば」

 と、兄貴は一度うなずいた。急に感慨深げな顔になる。


「そういえば、お前には話した事がなかったな」

「え?」


 兄貴は何が言いたいんだ?おれの顔を真っすぐ見ながら、兄貴は言葉を繋いだ。


「俺が節足動物を好きになったわけだよ」




 俺は筋金入りのいじめられっ子だった。この高校に入ってからいじめられだしたんじゃない。中学でも小学校でもいじめられた。


 特に中1の時はひどかった。高校の時のいじめを輪にかけてひどくしたような感じだ。トイレの水を飲まされた事もあるし、万引きをさせられた事もあるし……。


 死にたくなった、なんてもんじゃない。本気で自殺を考えていた。手首を切ったら死ぬって本当なのか、睡眠薬を大量に飲んだら人は死ぬのか……そんな事を真面目に調べてた。


 でも、計画する事と実行する事は全くの別物だ。いざ死のう、と思って川沿いの橋の上とか、学校の階段の上とか立ってたりすると、どうしようもなく怖くなるんだ。それで諦めてその場を去る。


 ただ、進歩とでも言うべきものはあった。カッターナイフで手首の近くを切った事もある。睡眠薬を買うかどうか、一晩かけて真剣に悩んだ事もある。


 死は確実に近付いていた。今思えば、あのままいけば俺は本当に死んでいたんじゃないかと思う。あの時俺の精神は確実に、危険水域になるまですり減っていた。


 そんなある時の、結構暑い日の事だった。空は曇ってるのに空気がジメジメしてて、不快だったのを今でも覚えてる。


 俺は池のほとりにいた。


 五甲山って、あるだろう。街の外れにある、あの大きな山だ。その山のふもとに大きな池がある。


 そこで入水自殺しよう、って考えたんだ。結局、怖くて出来なかった。思ったより深そうで、見つめているだけでも水に飲み込まれそうに見えた。


 死ぬのを諦めたら、もうその池に用はない。でもその時、『せっかくだしこの辺りをちょっと見てくか』って気分になったんだ。


 今思えば、神の思し召しってヤツなのかもしれない。ホントにそう思ってるんだ。俺があの日あの時間帯にあの山、あの池に行って、『せっかくだしこの池ちょっと見てくか』って気になる事。何か大きな摂理が働いたんじゃないか、って今でも思ってる。それくらい完璧なタイミングだった。


 歩きながら、俺は辺りを観察していた。厚い雲のかかった灰色の空。地面を丸ごと覆う雑草。静まり返る池の表面。


 そして。


 ふと足下を見たらさ、いたんだよ。


 毛虫と、アリ。毛虫の方は恐らくツマグロヒョウモンの幼虫。黒い体におれンジ色のラインが入ってる、毒々しいヤツだ。で、アリの方はメジャーなクロアリ。


 クロアリ達はツマグロヒョウモンに群がって、いわゆるトゲの部分に噛みついて引っ張っていた。エサにするつもりだったんだ。


 ツマグロヒョウモンの方は必死に身をよじらせて、クロアリ達から逃れようと抵抗していた。クロアリ達はクロアリ達で、ツマグロヒョウモンを離さない。


 普通の人間からしたら、気持ち悪い光景だろうな。俺だって最初はそう思っていたくらいだ。


 だが、なぜかそこから離れる事が出来なかった。昆虫達から目をそらす事が出来なかったんだ。


 文字通り時間が経つのも忘れて、俺はクロアリとツマグロヒョウモンの戦いを見ていた。そして……気付いたら、俺は涙を流していた。


 あの昆虫達、本当に『生きてる』って感じがした。クロアリ達は生きるために必死で狩り、ツマグロヒョウモンは生きるために必死で逃げる。美しかった。今までに視界に入れたあらゆるものより、美しかった。


 こんな風に生きなきゃって思ったんだ。自分で死ぬくらいなら、このクロアリ達のように誰か殺してでも生きたい。例えどうしても死ななければならないのだとしたら、このツマグロヒョウモンのように最後の最後まであがいてから死にたい……。


 正直、自分でも言ってて小っ恥ずかしくなってくる。でも、それがその時その場で俺が考えた事だ。俺はあの時初めて、生きたいって思えるようになったんだ。


 それから中学、高校と、ずっと耐えてきた。クソみたいな目にしか合わなかったけど、死にたいなんて考えるのはやめよう、って事だけはずっと心掛けてきたんだ。そして、節足動物にもどんどんのめり込んでいった。


 五甲山にも狂ったように足を運んだよ。たまに市内の他の山や森にも足を運んで、時には遠出する事もあった。もちろん、目当ては節足動物だ。


 本とか動画サイトで、虫の動画を見るようになった。英語の動画が見たい一心で英語の勉強もしたよ。おかげで学業の成績も多少上がった。


 何年経っても、虫への気持ちはまるで冷めなかった。以前の俺は、どっちかといえば飽きっぽい性格だったんだが……。で、虫好きが止まらないまま今に至る、というわけだ。


 節足動物にも色んなヤツがいる。他の生き物に寄生したり、あるいは他の生き物と共生したり……。誰もが小さな体で、色んな手を使いながら、必死に生きている。


 彼らを見ていれば、命の繋がりってヤツを嫌でも意識する。あの手この手で誰かを自分の糧にして、また自分も誰かの糧になる。でもただで糧になるんじゃない。糧にならないためにあの手この手を使うんだ。


 ああいう風に生きなきゃ、って思うんだ。何があっても生に必死にしがみつかなきゃならないんだ、ってな。


 それはマオがいても変わらない。人の道に外れた真似をするくらいなら潔く死のう……なんてくだらねえ。誰を殺してでも生き残ってやる。そうでなきゃ俺を生き永らえさせてくれた虫達にも、今まで生きるために食ってきた命たちにも合わせる顔がなくなってしまう。


 それだけ言って、兄貴は黙った。おれに向ける、いつになく真剣な表情。


「お前ももっと図太くなれ。俺らにとって、こうする以外に現実的な選択肢はないんだ。だったら誰にどんな犠牲を強いてでも、こうするまでさ」


 それだけ言って、兄貴は歩き出した。おれは一瞬立ち止まり、兄貴の背中を見つめる。細くて小さい、そして真っすぐな背中。


 おれが『兄貴』とまで呼ぶほどに彼を慕う理由が、そこにはあった。趣味はおれと全然違うし、ヤンキーに正面から盾突く強さがあるわけじゃない。だが、彼の心の中には何か簡単には折れやしない、真っすぐ伸びているものがあった。




 2日後。

 朝起きてすぐ、ラインにメッセージがある事に気付いた。兄貴からだった。


「実は昨日マオと会った。少し話して、今日中にでも別の怪人を出す事になった。強いニオイを出せる怪人がいたら出してほしい」


 正直、文章を見ただけで軽く吐き気を覚えた。つい先日見たばかりの光景を思い出す。燃え盛るスーパー、倒れている焼け焦げた何か。


 だが、やらないわけにはいかない事も分かっている。ニオイを出す怪人。心当たりがあった。


 おれは机の引き出しを開ける。今までに描いた怪人や怪獣が山積みになっている。その中から、おれは一枚の絵を探し出した。


 その日の放課後。


 おれは『あの』アパートのちゃぶ台に座っていた。マオも、兄貴もいる。おれはいつも通り緊迫感を味わっていた。一方、兄貴は(少なくとも表面上は)何食わぬ顔をしていた。


「それで、持ってきてくれたんすか?」


 マオが聞いてきた。つまらない世間話をしているかのような、無邪気な顔。


「ああ」

 おれはカバンからスケッチを取り出し、2人に見せた。これから6体目の未確認=タイプFになる怪物だ。


 肉食恐竜の背骨を真っすぐにしたような体型というか、いかにも怪獣な姿をしていた。茶色い体に赤い目。手は銀色のミトン状になっていた。


 そして両肩に、カタパルトのような器官があった。体色と同じ茶色だが、ヒキガエルのようなブツブツがついている。大きな砲門が正面を見据えている。


「フォガレック。地球生物をモチーフにしてない、純粋な宇宙怪獣をイメージしたんだ。武器は毒霧『終局煙』。両肩のカタパルトから、強烈な毒ガスを放つんだ」


 自分の口調が少し滑らかになっている事に気付いた。苦労して考えた怪獣だった。そいつがこれから街中で暴れ回るって分かっていても、この気持ちだけは抑えられなかった。


 マオがおれからスケッチを受け取った。

「おおー、中々いい姿をしてるっすねー!こんな怪物も考え付けるなんて、やっぱりすごいっすねー!わたしが見込んだだけはあるっす!」


 コピー取ってくるっす、と言い、マオは立ち上がった。部屋の向こう側にあるドアに手をかけ、奥の部屋へ。


 程なくして彼女は戻ってきた。おれにフォガレックの原本を渡してくる。クリアファイルに挟んで、意外と丁寧に持っていた。


 おれは昨日の話を思い出した。バイオコップの宿主たる人物を捜す、という話だったはずだ。


「まさか……ニオイ?」

 おれの言葉に、

「イエース!」

 と、マオは元気な声を出した。


 説明は兄貴が担当した。

「まずは能力を使わず、腕力だけで暴れ回る。バイオコップが現れたところで、戦闘中に『終局煙』を使う。

フォガレックがそのままバイオコップを倒してしまえばそれでいい。例え負けても技さえ使っておけば、『終局煙』の匂いが宿主にも付着するのではないか。だったら街中を歩いて、もし異様に匂う人間がいれば、ソイツがバイオコップの宿主かもしれない……ってワケだ」

 冷静な口調だった。特撮に出てくる、冷徹な敵幹部みたいな声音。


「さてさて、いよいよフォガレックを世に送り出すっすよ!ところで、2人とも……リクエストはあるっすか?」


「リクエスト?」

 おれが小さな声で聞くと、

「またまたー、分かってるくせに」

 と、マオはケラケラ笑った。図星だった。おれはホントは、分かっていた。


 まるで宣告するかのように、マオはゆっくりと口にした。

「次は誰を殺したいっすか?」


 これから起こる事が、嫌でも思い出された。おれが誰かの名前を口にすれば、そいつは本当に殺される。いや、おれらが殺したと言っても過言ではないかもしれない。


 おれの中で、ポツポツと顔が浮かんでは消えていった。それが恐ろしかった。『コイツなら殺してもいい』と思うヤツがおれの中にいる事、やろうと思えば本当にソイツを殺せる事を、嫌でも実感せざるを得なかった。


 そして。

 横目で兄貴を見た瞬間、彼の口が動き出すのが分かった。


「今はダメだ」


「今?」

 怪訝な顔をしてマオが聞き返す。無機質な声音で、兄貴は言い放った。


「俺達に都合の悪い人間がバタバタ死んでいけば、それが原因で尻尾をつかまれるかもしれない。今度は人的被害の出ない場所、もしくは俺達と関りのない人間が多い場所を狙おう。作戦の要は場所でも人的被害の有無でもなく、フォガレックの技が効力を発揮するか否かだからな」


「なるほど、理に適ってるっすねえ」

 マオはうなずいた。


「ただ……正直、人的被害が出ない、っていうリクエストはお答えしかねるっす。人的被害の出ない場所なら、バイオコップには例え劣勢になっても逃走する余地が生まれるっす。彼の第一の目的はこの星の知的生命体の保護。人間のいない場所なら、フォガレックを放置してもすぐに被害は出ないっす。


 でも、人里にフォガレックが出た場合は違う。自分が逃げれば数多くの人間が殺されるっす。だからアイツは、逃げられない」


 マオが笑みを浮かべた。おれの背筋に冷たいものが走る。マオは本気でそう言っている。高校でクラスメートがわけもなく浮かべているような軽薄な笑みと共に、無関係の人間の命を葬り去ってしまうのだ。


「ま、一応ホワイトリストを作るっす。要するに、殺してほしくない地球人のリストっすね。その人達の事を調べて、彼らの行動区域には怪獣や怪人を送り込まないようにするっす。もちろん、あくまで『巻き込まれて死ぬ確率は減る』ってだけの話っすけどね」


 おれの頭に、家族や小学校の時の友人の顔がポツポツと思い浮かんでは、すぐに消えていった――正直、そんなにいない。


 ホワイトリストに載せる人の話をしてから、フォガレックの出現地点についてマオと少し話す。マオとしては、ある程度人の集まっているところならどこでもいいらしかった。もっとも、自分達の生活を直撃しかねないので、ダムとか発電所みたいなインフラを支える場所は避けたい、との事だったが。


 しばらく話した末、決まったターゲットはある食品会社の工場だった。聞いた事もない名前の会社だった。その会社にも、そこで働く従業員にも、当然何の恨みもない。


「今回はプロジェクターでテレビ観戦っす。しょっちゅう現場に見に行ってたら、いつか正体がバレるかもしれないっすからね。

そうと決まれば!早速いってみるっすよー!」

 元気な声を出すマオ。プロジェクターの地図の、工場を指し示す。すぐに赤い点が画面に表示された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る