第31話 夏の残響— 空席のデバイス
藤崎家
「......ただいま」
「おかえりなさい。ご飯は魁斗くんとすませたの?」デート帰りの割に浮かない顔の娘。喧嘩でもしたのかしら。
「ねぇ、パパは?」
「さっき帰ってきたばかりよ。今はお風呂に入ってるけど。ああ、あなた里桜が帰って.....」
ドアを開けた父にいきなり近寄った里桜は、珍しく怒っていた。
「ちょっと!!パパ、どういうつもり!」
「何の話だ? 」
食ってかかる娘の姿に驚き止めに入る。
「いきなりどうしたのよ。ちょっと落ちつきなさい」
「落ちついてなんかいられない!ママ、パパは今日私達に尾行をつけてだんだから!」
「ええ?貴方まさか、そんなことするわけないわよね? 気のせいじゃ....」
母親が些か信じられないという顔で娘を見つめた。
「だってママ!葛城さんがいたのよ!それも、たった独りでアミューズメントパークによ!」
「まあとにかく座りましょう」
興奮と苛立ちの収まらない里桜を宥めるように、隣に座らせた。
「これは、正式な捜査ではない.....」
「まさか里桜を信じてないんですか? あなた」
「そうじゃない! ただ.....」
「なによ! 職権使って市民を勝手に尾行するなんて、どっちが信じられないかよ! 」
「そうですよ。あなたさすがに度がすぎます」
「今、関わっている仕事は詳しくは言えないが、わたしはある人物の調査をしている」
「それと私達に何の関係が? へんな勘繰りしないで!」
「ハッキリ言おう。里桜の交際相手の金矢魁斗は.....何かを隠している」
里桜は怒り狂って、母を振り切り立ち上がった。
「いい加減にして! パパなんて大っ嫌い!もう私こんな家出ていく!」
階段を駆け上がり荷物をカバンに詰め込む。父は玄関から出ていこうとする里桜の腕を掴んだ。
「やめて!」
里桜は父の手を振り払う。
「アイツはお前にだって秘密があるぞ。気をつけろ!」玄関先で里桜は叫ぶ。
「そんなのパパの妄想だよ。私が彼に会ってパパが頭がおかしいのを証明するから」
「待ちなさい。里桜!!」
里桜は泣きながら走り去った。
「あなた、いったい....」
藤崎も、何も言わずに書斎に閉じこもった。
◇
いったい、パパは何を考えているんだろう。私をいつまでも子供扱いしてるんだ。
信じられない。
駅につき、自分が夢中でトランクに服を詰めて、出てきてしまったことに呆れた。これじゃ家出だと思われドローンに職質されちゃうわ。
慌てて荷物を駅のロッカーに預けデバイスを見た。登録している相手の居場所はGPSで繋がっている。彼は自宅のそばのジムにいた。
ジムについたが、彼の姿は見えなかった。
え?行き違い?さっきまでジムにいたはずなのに。
一瞬、GPSが揺らぎ、今度は駅近くのコンビニに
移る。うそ? 裏道を抜けた?私を避けているの?
まるで、こちらの動きを読んだように、すり抜けていく。
魁斗はなぜ私から逃げるの? いや、きっと彼は気がついてない。通話して待っていてもらおう。
ツーツーツー
魁斗に連絡がつかない。彼は何かに夢中なるとでないからな。疲れた。公園のベンチに座る。
「はあぁ。せっかく楽しいデートだったのに。こんな姿で、彼を追い回しているなんてびっくりされちゃう」
鏡をみると髪は乱れ、メイクも落ちかけていた。
「やだ!こんな顔してたら何があったかと」
カバンからブラシとメイクセットを出し、整えた。
自動販売機でジュースを買って飲むと、気分が落ちついてきた。
「私、何やってるんだろ。もっとパパに話を聞いて、妙な尾行を辞めさせればよかっただけじゃない。もううちに帰ろう」
カバンに道具をしまう時にデバイスが落ちた。
「…え? 何でこんな場所に?」
自宅から電車で30分も先のファミレスにいつの間に?2時間前に彼は家に帰ったはず。なぜこんな時間に魁斗は真逆の方向へ…?
とりあえず駅に預けた荷物をとって、家に戻ろう。駅に着くと、魁斗のGPSはまだ同じファミレスに留まっていた。
いきなり行ったら嫌がられちゃうかな。
私が来たことをびっくりするよね。
父のした事を言うべき? ひどいよ。だけど、私が知らないってとぼけて、後でバレたら余計に最悪。どうしよう。里桜は気がつくと、彼のいる場所へ向かう電車に乗っていた。
きっと魁斗ならちょっとびっくりするだけだよね。
◇ 夜・新宿ファミレス
ネオンに照らされた窓の向こう、店内は学生や会社員で賑わっていた。ドアを押し里桜は胸を高鳴らせて足を踏み入れる。
——いるはず。デバイスはここを指している。
視線を走らせる。奥の席、カウンター、窓際のテーブル……どこにも、魁斗の姿はなかった。
(どうして……?)
手首の画面には確かに「この店」と表示されている。なのに彼はいない。立ち尽くしたまま里桜は唇を噛みしめた。
——父の言葉が頭の奥で響いていた。
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