色よ匂ひよ散り給へ

「はぁ、はぁ、はぁ……ねぇ、センちゃん、早くぅ……もう、痛くて……」


「わ、分かってるって! っ、へ、変な声出さないでくれよ本当……」


「へ、変な声、なんて……はぁ、はぁ……んっ、くぅ……っ……!」


「っ、ご、ごめん……えっと、えっと……ど、どこだ……?」



 すかっ、すかっ。恐る恐る握る指は何度目かの空を掴み、ギシギシと力の入り過ぎた関節を軋ませる。



 痛みを堪える、メルの声だけが聞こえる。夜の村は不気味なくらい静かだ。



 そしてそれ以外、俺にはなんの情報もない。むしろ返してもらった法衣の所為で、メルの体温すら遮られている。



 一応、俺にはデリカシーがある。多分人並み以上にある。ふたりもいる妹に不本意ながら鍛えられて、嫌でも身についてしまった良識がある。



 自分では痛くて搾れない胸を、母乳を、俺が搾る。胸を触る。うん、分かった。ここまでは了承した。あまりにトンチキだが、幼馴染みが苦しんでいるなら助けない手はない。




 だが、だからといって。



 彼女の胸をこの機にまじまじと、後ろからじっくり眺めることは、気が引けた。




 っつーか普通になしだった。




 あり得ないだろ、常識的に考えて。……いや常識で考えたら母乳で異能が使えることも、それを搾るのを俺に頼むのもあり得ないんだけどっ!




 なので、だから、折衷案だ。胸を搾りはするけれど、見はしない方法。




 俺は今――――、手探りでメルの胸を背後から探していた。




「……センちゃぁん……」



「ま、待てって! もうちょい下……? た、体温的には、大分近付いている気が……」




 切なげなメルの声を振り払うように首を振り、びくびくと手を動かす。



 ……このシチュエーションで贅沢かもしれないが、俺としてはこんな展開は望んでなかったんだよなぁ。メルのことは異性として好きだし、そうなると当然そっちの欲だって絡んではくるけど、でもこういう致し方ない状況に追い込まれてじゃなくって、もっと双方同意の上でロマンティックな場所で優雅に情熱的に――




「っ~~~~もうっ!! 痛いんだってばこっちはぁっ!! ほら早くぅっ!!」



「ちょ――――っ、っ……っ!?」



「んぅっ……は、ぁぁ……痛っ、たぁ……」




 ――――手首を握られ、強引に押しつけられたメルの胸は。




 ……想像していたのと、まるで違う触り心地だった。




 五指と手の平、その全てを密着させてもなお余るほどの大きさをしたそれは、すべすべとしているのにどこかしっとり湿っていて、俺の手を逃さぬよう吸いつけてくるようだった。……けど、それ以上に驚いて、見えもしないのに眼を見開いてしまったのは。




 その、硬さ。



 女性の胸というのは、もっとたぷたぷと柔らかいものだと想像していた。水風船のような、マシュマロのような、指で潰せば容易く変形するものだと思っていた。




 けど、違った。全然違った。



 痛い、と言うのも納得できた。メルの胸は固くぱんぱんに張っていて、まるで空気を入れ過ぎた風船のようだった。放っておいたら中の母乳で、胸が張り裂けてしまうんじゃないかって思うほど、張り詰めて張り詰めて、心臓の鼓動すら指へ伝わってくる。




「っ……だ、大丈夫か? メル……え、っと……どう、すればいい? 搾れっつってもこれじゃあ……」



「いっ、いい、からぁ……その、まま……押し、潰して……! 指、食い込ませて……!」



「っ……わ、分かった。ゆっくりやるから、我慢できなくなったら言えよ?」



「う、うん……っ」




 感覚も知識も分からない以上、俺はメルの指示に従う他ない。ゆっくり、ぎゅうっと、指へ力を込める。――――ぱんぱんに張っていたはずの胸はしかし、意外なほどの弾力を見せつけて、指をずぶずぶと呑み込んでいった。



 柔らかい。温かい。



 そしてそこに、指をだらだらと濡らす液体が零れてくる――――和むほどに心地よい温度のそれは、まず間違いなく母乳だろう。



 甘い匂いが鼻を衝く。自分の鼓動がまた激しくなってくるのが分かる。



 指の隙間へ伝う感触を、部屋を満たしていく芳醇を、俺は懸命に意識から逸らした。




 ……すると結局、指先くらいしか集中できる場所はなくて。




「は、ぁぁ……っ、つ、ぅっ……!」



「っ、ご、ごめんメル、痛かったか? ちょ、ちょっと力抜いて――」



「い、いぃ……っ! いい、から……もっと、もっと潰し、て……! お乳……全部、搾り尽くして……お願い……!」



「っ、…………こ、こう、か……? 平気、か? メル――」



「ふっ、う、ぐぅ……っ……! は、ぁ、はぁ、はぁ……い、い、感じ……もっと……もう、一回……指、食い込ませて……ぎゅうぅってぇ……潰し、て、ほしい……!」



「っ…………い、たかった、ら……言えよ、な……!」




 目隠しだけじゃ足りなかった。耳栓もしておくべきだった。なんならロボトミー手術でも受けて指の感覚を失くしておくべきだったかもしれない。



 気遣って心配する、そんなポーズ以外に俺はもう、自分を律する術を思いつかなかった。



 自分の吐息と嬌声に紛れて、俺がどんな息しているか、聞こえちゃいねぇだろ。俺が今、どれだけ顔を熱くさせてるか、分かりやしないだろ。クソ、クソ、クソ、クソ。



 吸いつく肌へと指を食い込ませ、如雨露みたいな音を最小で奏でる胸。要望通りに潰しては戻し、また五指を食い込ませて潰す度にどんどんどんどん、張りは鳴りを潜めて柔らかさが顔を出す。ピンとした硬さがなくなるごとに、俺の手首を押し潰さんばかりに自重を預けてきて、指と指の隙間からたるんっと肉が零れ落ちそうで。



 なのにまだ、まだまだまだまだ、母乳は溢れてくる。袖口まで濡らす勢いで、いくつもの乳腺から出鱈目に発射される。




「ふ、ぅ、ふぅ、はぁ、はぁぁ……もっ、と……もっと、強く……も、う……少し、乱暴にして、も、いい、よ……? セン、ちゃん……」




 ――――あぁ、言葉すら出ないほどに茹だったこの本能は、何時間水を浴びれば冷めるだろうか。




 甘い匂いが脳を焼く。指はすっかり胸の感触を覚え、悦びばかりを伝えてくるのだった。

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