第28話『オーガ』


「ああっ!」


 あまりの光景に思わず飛び出しそうになるプリムを、すっとナナナの右手が伸びてこれをいさめた。ハッとなって見上げると、ナナナは左手を口元で握り、何事か呟いていた。


「先輩?」

「これは、もしかして……オーガ?」

「オーガ? それよりも、皆さんを助けないと!」


 陰々と響き渡る不気味な唱和。プリムの訴えも空しく掻き消えそうだ。

 そして、不意にそれが静まる。赤黒い脈打つそれを掲げ持つ化け物の前に、もう一人の化け物がうやうやしくも進み出ると、その場で片膝を着いてかしこまった。

 人々のすすり泣く声が、錫杖より放たれる赤い光を更に陰鬱に彩り、化け物たちの歓喜に満ちた醜い顔を照らし出す。それは怯えへたり込む人々を囲う様に立つ、男女らも同様で、赤黒く染まる様は最早人では無く、アビスの住人であるかにも見えた。


『*◇▼@>#』


 プリムにはそれが何を言っているのか分からなかった。ただ、ナナナは顔をしかめた。

 中央に立つ化け物が、手の中で未だ脈打つ心臓を静かに下げ渡す。それを恭しく受け取ったもう一人の化け物は、くっと一息で飲み干した。

 すると、どうだ。その巨躯が唐突にぐねぐねと脈打ち出す。膨らんでは縮み、それを幾度か繰り返す中で、次第に形を変えていく。人のそれに。

 その姿は、心臓を奪われた男のものだった。


「あ、あれは……」

「やはりな……しかし……」


 ナナナの記憶では、アビスの化け物の中で、オーガと呼ばれる種族は人の心臓を食らう事で、その相手の容姿と記憶を奪う事が出来る筈だ。おそらくは、人に化けたオーガが何も知らない街の人をだまして連れて来て、更に仲間に食わせようというのだろう。

 ナナナが気がかりだったのは、街は剣の結界で守られていて、アビスの化け物が入り込む事が出来ない筈という事。

 その疑念は。


『Ω!!』


 赤い光が、その全裸となった男を穿った。

 錫杖の赤い輝石より放たれた光だ。光は穿つと共に、男の全身を覆いつくし、やがて散り散りに消えていく。

 すると、その化け物が変化した男は、両手を高らかに掲げ、歓喜の声を挙げた。


「あははははは!! これで俺も、人間の街を自由に歩く事が出来る!!」


 即座に、周囲より警告の言葉が飛ぶ。


「だが、気をつけろ!」

「その効力は一日しかもたぬ!」

「力も、人のそれと大して変わらぬぞ!」

「気を付けろ!」

「気取られぬな!」

「騙し、連れて来るのだ!」

「もっともっと仲間を増やすのだ!!」

「「「「「わーはっはっはっはっはっはっはっ!!!」」」」」


 男は、床に倒れ伏す男から、朱に染まった衣類をはぎ取ると、何の躊躇も見せずに身にまとう。外は夜だ。多少血に濡れていようと、胸と背に大穴が空いていようと、気にする者もいまい。家人が居れば、別なのだろうが。

 そして、次の犠牲者が選ばれようとしていた。


「嫌ーっ!!」

「やめてー!!」

「ぎゃあああ!!!」

「騒ぐんじゃねぇ!!」


「そーいう事かー……」


 カキン。

 銃の弾を確認するナナナ。

 次いで、大型マギスフィアを魔導バイクへと変じさせた。

 カラカラと床に転がる魔晶石。


「プリムちゃん。あたしが突っ込むから、隙を見てみんなを連れ出してよ」

「え!? む、無理ですぅ~!」

「そこを何とか。ね? お願い!」


 そんな事を言いながら、さっさとバイクにまたがるナナナは、カシュンとサスペンションを沈ませ、手には黒革のグローブをはめた。


「ああいうのはさ。誰かがやらなきゃ、ならんのよね」


 涼し気に語るその瞳は、もう覚悟を決めたそれに想え、プリムは言葉を失って、目でその言葉にならない想いを訴えかける。が、それは……

 ひょいと右のホルスターから拳銃を抜くと、それをプリムに放り投げた。


「安全装置を外しときな。そいつはお守り替わりだ。後で返して貰うからね」

「先輩!」


 両手でずっしりとしたそれを受け止めたプリムは、気だるそうに前を向くナナナの背中に、それ以上何も言う事が出来ずに、ただ立ち尽くすのみだった。

 その時である。


「な、なんだここはーっ!!? でっかいなーっ!!」

「あ、兄貴ぃ~! なんか居る~!」

「バカ野郎!! 声がでけーぞ、おめーら!!」


「お~。バカが来た」


 チンドン屋もかくや、意気も揚々、この大広間に姿を現した冒険者クラン『メルヘンリンク』のヒデーヤら三人だった。


「けっ!! 化け物どもが、ま~たいやがったな!! ハイペリオンもかくやという、このセラフィム・ヒデーヤ様が相手をしてやんよ!! かかって来やがれー!!」


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