第24話『街の寄合?』


 慌てて振り向いたプリムの顔を、更に如雨露からの水がとぽぽと打ち据えたものだから、奇妙なしかめっ面になってナナナには滑稽に思えた。

 が、目の周りを泣き腫らしているのも見逃さなかった。


「どうした? 何があった?」

「ひどいです……」


 すぐうつむいてしまうプリム。頭の上の桜草も、力なく揺れてたらんとしている。泣き過ぎて、体内の水分が抜けてしまったのだろう。葉についた水滴が、自然と根元へ流れ落ちる。本人の意思はどうあろうと、メリアの体は水を求めている事が判った。

 それ以上、言おうとしないプリムに、意を決し、ナナナは少し踏み込んだ質問を。それは、種族は違えど、同じ女性タイプとして聞くもはばかられる事。


「何か……されたのか?」


 ぴくり。一瞬だが、プリムの身体が小刻みに震えた。

 それだけでナナナには判った。そう、理解した。


「あ~んの、腐れカマ野郎~っ!! ケツの穴にライフルぶち込んで、脳天突き上げたるわあっ!!」

「ち、違います! わ、わたし、何もされてないです!」


 如雨露を投げ捨て、走り出そうとするナナナの裾を慌ててプリムは掴む。のだが、そのままずるずると引きずられてしまう。

 ナナナの凄い鼻息。プリムは、何を勘違いされたのか、ようやく悟った。


「ふー! ふー!」

「違います違います! 私、ホントに何もされてないんです~!!」

「だったら、何っ!?」


 ぶっきらぼうに立ち止まるナナナは、裾を掴んで放さないプリムを鬼の形相で睨み返す。

 ナナナのそんな表情は初めてだった。

 それ程に、激しい感情を浴びせられるのも。

 もう、どうすれば良いのか……


「違うんです……」

「違う違うだけじゃわかんね!」

「はい……」


 またもしゅんとしてしまうプリムに、さっと裾を掴む手を払い、ナナナはその場でどっかと座り込んだ。

 そして、少し屈みこむ様にして、真剣な眼差しで問い正す。そっと、プリムの小さな手を、両手で覆う様に掴み。


「じゃあ、何があったか、話してくれるね?」



 ◇ ◇ ◇



 もう夕暮れ近く。

 密着すると体温が伝わって、暖かだった。


「そんな奴じゃないと思ったんだがなあ~……」


 ゆるゆるとした速度で、雑踏の中を魔導バイクが走る。

 操縦者はナナナ。後ろにはプリムだ。

 この間、乗った大型のそれとは違って少し小さなそれは、ナナナがどこからともなく持ち出した、鞄の様な物が変形してバイクになっていた。

 時間も時間。

 もう大体の屋台は店じまいして、帰宅する頃合いだ。

 一通り、プリムから話を聞いたナナナは、直接会って話を聞こうと教会からプリムを連れ出した形である。


「まあよ! 男って奴は、ときどき腹の虫がおさまんねぇって時もあるもんさ! 話してみりゃ、そんな事かよって、笑い話にもなんねぇ場合もあるしよ!」

「そう……かな……?」

「そうそう! つまんねぇ事、ぐだぐだ言う様だったら、あたしがガツンって言ってやっからさ! 大船に乗った気でいなってばよ! ははは!」

「……うん……」


 そんな会話を交わしつつ進んで行くと、幾人もが畳んだ屋台を荷車に乗せて、引いて行く姿を目にする様になる。

 売り物にも寄るが、街の中に住まう者、街の外に住まう者、それぞれである。陽が陰る頃には街中を歩く者も減る為、飲み屋や色街以外では店じまいが始まる。

 ちょっと面貸せやと、話を聞くには少し出遅れた感もいなめない。


「こりゃ、しくじったかなあ~? 名前くらい聞いときゃ、どこどこの誰々って家を聞いて回れんだけどなあ~」」

「ご、ごめんなさい。私がぐずぐずしてたから……」

「はは。今日がダメなら、明日があるさってな。良いって事よ。ま、つまんねぇ話はケリをつけるに早いに越した事ぁないんだけどさ。その方がすっきりすんだろ?」

「あっ!? あそこ!」

「うお!?」


 身を乗り出してプリムが指さす先に、荷車を引く例の男の後ろ姿が。


「よお~し。家が街中なら、そこで話を聞こうじゃねえの」

「え? 街の外なら?」

「門のとこで詰まるから、そこでだ。な?」

「うん」


 そこでナナナは魔導バイクを畳んで背負うと、てくてく尾行を開始するのだが。

 路は入門街区の裏へ裏へと続き、その景観は次第にごちゃごちゃとしたつぎはぎだらけの様相を見せて来る。そして男は一件の二階建ての家の前に荷車を置き、中へと消えた。


「あいつ、こんなトコに住んでやがるのか。よお~し」


 ナナナの手招きに、プリムも続いてその家へと向かおうとしたら。

 向いから歩いて来た三人の男が、目の前でその家に入っていくので、思わず二人は足をとめた。


「おや?」

「ご家族でしょうか?」


 四対二か。これは面倒かも。そう思ってたら、ふと脇を二人組の男が通り過ぎ、その家の中へと消えたではないか。

 ただ、見た限りでは血のつながりがある様には思えない容貌だった。


「う~ん。大家族?」


 首を傾げるプリム。

 姉や妹の旦那さんたちなら、容姿が似て無くても別段おかしな話ではない。

 でも、大家族の人様の家に乗り込んでまで、する程の話にはナナナにも思えなかった。

 具体的にはなんか無視されてる様で嫌だった、という事なのだから。


「これは……明日にしよっか?」

「そうしましょうか?」


 顔を合わせて苦笑い。

 そんな二人の横を、またも数人が通り過ぎ、その家の中へと消えていった。


「そうだ! きっと、何かの寄合よ! きっとそうだよ! もしかしたら、今から宴会なのかもよ! そうだ、そうに違いないわ! さ、プリムちゃん、今日は帰ろ!」

「そうですね! もう、大分暗くなって来ましたし~!」


 薄暗くなって来たし、何か気味が悪くなって来たので、そそくさと引き返そうとして振り向くと、暗がりに数名の男が。しかもそのシルエットから武装している事が判った。

 冒険者である。

 暗がりで冒険者。

 そうなると、答えは単純だ。


「よお~、待ちな~姉ちゃんたち~」


 ハッと反対側を振り向くと、そちらにもわらわらとまるでゴブリンの様に冒険者が。

 Gだ!

 G、G、G!!


「もしかして、姉ちゃんたち、シーン第二神殿のシスターだったりしな~い?」


 ねっとりとまとわりつく様なイヤらしい声色。ナナナもプリムも、何故か聞き覚えがある様な……

 冒険者の群れから、のそりと顔を出したのは、暗がりでも目を爛々と輝かせたクラン『メルヘンリンク』のヒデーヤそのものであった。


「くけけけけぇ~。やっぱりなぁ~……」


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