第8話『冒険者とは②』
話は少し遡る。
そこは冒険者の酒場の一つ。冒険者クラン『メルヘンリンク』のたまり場だ。
薄暗い店内には、汗と酒とパイプの匂いが漂い、昼間から軽く酔っ払った男たちが二十名ほどたむろしている。
「何ぃっ!!? 金だあっ!!?」
唐突に素っ頓狂な怒声が響き、空になった木のジョッキがテーブルに叩きつけられ、乾いた音を更に響かせた。
クランの顔役、冒険者パーティー『ホワイトエンジェル』のリーダー、ヒデーヤが顔を真っ赤にして目の前の男を見上げている。その威圧的な態度を、冷徹に受け止める犬顔の紳士然とした男が一人。
「ええ。もしうちのシマで騒ぎを起こすというのなら、十万ガメル支払って貰いましょう。さすれば、我々も目を瞑ります」
「バカ野郎!! そんな金払えっか!!!」
十万ガメルと言えば、ちょっとした大金だ。一介の冒険者風情が右から左へと気軽に動かせる金額じゃ無い。
バロアのシマで騒ぎとなるなら、色々根回しをしたり言い含めたりするのに多少の金が必要となるのだろう。だが、冒険者にそんな金は無い。宵越しの金を持たないのが大半なのだ。
ムラーノにたかってただ酒を楽しんでる段階で、ヒデーヤの懐も知れたもの。
すると同じテーブルで酒をかっくらってた巨漢の革鎧の戦士が、青鼻を垂らしながらのそりと右手を差し出し、にっかり笑いながら掌を開いて見せた。
「アハアハアハ。オデ、五ガメル持ってる」
「おめーは黙ってろ!!」
「うえっ、でもアニキ~」
情けない声をあげ、巨漢をすくませるコエーヨ。ヒデーヤの実の弟だ。
そんな弟を無視し、ヒデーヤは店内見渡した。
「おめ~ら!! 今、いくら持ってる!!?」
その一声に、芳しくない返事がぽろぽろ。
金が無くなったら何か仕事を受ける。まさにその日暮らしの男たちだ。
それに苦々しく顔を歪め、次にはフッと鼻で笑って見せるヒデーヤ。
「見ての通りだ。バロアさんにゃ金は払えねぇって伝えてくれ。俺たちゃ冒険者。やる時はやる男たちだぜ。そっちこそ、大人しく話を聞いておきゃ良かったってぇ~事になるんじゃないかい? げ、げ、げへへへへ」
「わかりました。そうお伝え致しましょう。後悔しても、遅いですよ」
「俺たちゃ泣く子も黙る『メルヘンリンク』様だぜ。貧民街でたむろしてるあんたらにゃわかんねぇ~だろうなぁ~」
ぐへへへへと下卑た笑いを浮かべるヒデーヤ、犬顔のメッセンジャーは静かに頷き返す。
周囲のメンバーも、半分酔った勢いでぐへへへへと笑う。
「では」
「どぶ板通りまで送って差し上げな」
ヒデーヤの声に、左右からその肩に手を置く男たち。
するり、それを掻い潜ると、まるで汚い埃でも払う様に左右の肩をパッパと払った。
「結構。帰り道くらい判りますので」
「バロアさんにゃ、宜しく伝えといてくれや」
そして、一瞥もくれる事無く、犬顔のメッセンジャーは出て行った。
途端にヒデーヤの回りに男らが集まる。
皆、赤ら顔で剣呑な面構えだ。
「良いのかよ!? あのまま行かせちまって!」
「うちのパーティーがぶっ殺して来てやろうか!?」
「ああ、それだ!」
「冒険者をなめたら、どーなるか教えてやらんとな!!」
「まぁ、待て」
それを手で制すヒデーヤ。
「それより、すぐ寺院に焼き討ちをかける! あいつがバロアのトコに戻る前にな!」
「なるほど!」
「あはあはあは、流石アニキだ~」
「やっちまおうぜ!」
「おうっ!!」
「「「「「「「「「「『メルヘンリンク』は無敵だっぜ!!!」」」」」」」」」」
一斉に動き出す男たち。
手に手に愛用の武器を持ち、店の出入り口に押し掛ける。
そんな中、一人だけ店の片隅で膝を抱えている男が居た。
騒ぎの張本人ムラーノだ。今やパンツ一丁という哀れな姿。クラン全員分の飲み代の為に、身ぐるみ剝がされて無一文にされていた。
「ど、どぼじで……どぼじでこんな事に……」
「おい!!」
涙ぐむムラーノを、いきなり蹴り飛ばすヒデーヤ。
「手前ぇの為に、みんなが手ぇ貸してくれてんだぞ!! 何、さぼってやがんだ!!」
「ひ、ひでーや……」
力無くその場に倒れ伏すムラーノを、クランの仲間全員で引っ立てて、いざシーン第二神殿を焼き討ちだ!! と気焔を挙げる冒険者たちであった。
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