ラブコメのメインヒロインみたいな美少女が同じクラスにいるけど、なぜか二人きりになろうとしてくる。

猫野 ジム

第1話 メインヒロインとモブ

 初夏のとある放課後。全ての授業が終わり、今この教室に残っているのは自分を入れて五人だけ。

 そして俺以外は女子で、その全員が仲のいい友達だ。


 つまり! 俺は今、ぼっちだ。……なんて言うと悲しい感じになるけど、ちゃんと友達はいる。


 ただ、今この場にいる女子はみんな目立つタイプで友達が多く、いつも誰かと一緒にいる印象だ。スクールカーストっていうんだっけ? もし本当にそんなものがあるんだったら、間違いなく一軍だろう。


 その一方で、俺は自分が一軍じゃないことを理解しているし、性格上なれるとも思えない。本当に気が合う友達が数人いればそれで十分だと思ってる。

 要するに周りからは少し変に見えるとしても、本人がその環境を楽しいと思えるかどうかなんじゃないかな。


 だから俺と彼女達は同じクラスにいながらも、決して交わらない平行線なのさ。……なんだか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。


「あ、もうこんな時間になっちゃった。私、部活行かなきゃ」


「そっかー。陸上部、大会近いもんね」


「それなのにいつも話に付き合ってくれてありがとー」


「じゃあまた明日……って、可憐かれん、帰らないの?」


「うん、蒼野あおの君にも声かけてくるね」


「りょーかーい」


 俺の席は窓側の一番後ろ。そんな会話が聞こえたので、入り口の様子を少し横目がちに見ると、可憐と呼ばれた女子以外の姿はすでに見当たらなかった。

 まあ俺への扱いなんてこんなものだろう。相性だってあるだろうし、別に悪態つかれてるわけでもない。なので本当に気にしていないから平気だ。


 それよりも咲宮さきみや 可憐かれん。このクラスのリーダーに抜擢された、いわゆる優等生だ。


 黒のミディアムヘアがとても似合う美少女。文武両道で、誰とでも仲良くなれるだろう高いコミュ力。後輩の面倒見もよく、先輩からは可愛がられているらしい。まさに完璧。


 もしもラブコメならメインヒロイン間違いなし! 初めて見た時は実在していることに驚いたことをよく覚えている。

 そして今の状況をラブコメで考えると、メインヒロインとモブが会話もせず、ただ一緒の教室にいるだけ。


 そんなこともあって、なおさら関わることは無いと思っていたんだけど……。なんだかこっちに来てるような……?


 それは見事に的中したようで、メインヒロインがモブに向かって一直線に近づいてきて、ついには真横に立った。


「蒼野君もまた明日ね!」


「えっと……うん、また明日」


 突然のことに遅れそうになりながらも、なんとか返事ができて一安心。

 咲宮さんはそれを聞くと、小さく手を振り教室を出て行った。


 それにしても、まさか話しかけられるとは。さすがメインヒロイン。誰にでも分け隔てなく接するその姿、完璧だ。



(さて、そろそろ帰ろうかな)


 それからも一人で残り、五時半になった。まだまだ外は明るい。吹奏楽部の練習の音が聞こえてきており、部活をしてる生徒も多くいるだろう。


 俺が放課後も教室に残っていた理由は、勉強をするため。なにも教室でしなくてもって感じだけど、意外とはかどったりする。


 階段を降り靴箱へと向かう。するとその途中で微かに何かが聞こえたような気がした。

 その方向へ近づいてみると、悲鳴にも似た女性の声が確かに聞こえてくる。


 それと同時に声のするほうへ駆け出していた。俺は別に正義感があふれてるわけじゃない。だけど自然と体が動いたんだ。


 たどり着いたのは何かの部屋だったが、今は一刻を争うかもしれない。ドアノブを掴んで中に入ると、そこにはひどく慌てた様子の咲宮さんが一人でいた。


「咲宮さん大丈夫!?」


「あ、蒼野君……。そこに、は、は……」


「は……?」


「蜂が……いるの」


「蜂?」


 そう言われ見回してみると、確かに蜂が飛んでいる。


「虫、やだ……」


 そうか、それでつい悲鳴をあげたんだ。なんというか少し意外だ。それから俺は蜂を窓から外へ追い出した。ともあれ事件とかじゃなくて良かったよ。


「蒼野君、ありがとう……!」


「たまたま悲鳴が聞こえたからね」


「ごめんね。私、虫が苦手でつい大きな声を出しちゃった。他の人も来ちゃうかな?」


「どうだろう、誰も見かけなかったし吹奏楽部の音があるから、意外と聞こえてないのかも」


 そう答えつつも、気になってることがある。咲宮さんが体操着になっていることだ。白の半袖シャツに青いハーフパンツ。そういえば部活に行くって言ってたっけ。


「咲宮さんはここで何してたの?」


「私? 着替えてただけだよ? 今日はちょっと早く終わる日だからね」


「そうかー、着替えてただけかー」


(ん……? 着替え?)


「ごめん咲宮さん。変なことを聞くようだけどここって何の部屋?」


「女子更衣室だよ?」


 モブ、高校生活が終わる。返す言葉もないとはまさにこのこと。


「ごめん! 少しでも早く駆けつけたほうがいいと思ってここがどこか見てなかった! ワザとじゃないんだ!」


「だ、大丈夫だいじょうぶ! ワザとだなんて思ってないよ! それに心配して来てくれたんだよね!? 私の声だって分からなかっただろうし立派な行動だと思うよ!」


「そう言ってもらえると助かる。それじゃ見つからないうちに俺は出て行くから」


「うん、ホントにありがとう!」


 女子更衣室に突入だなんてラブコメあるあるじゃないか。さっさと出よう。


 ところが事はそう簡単に上手くはいかないみたいだった。わざわざ見送りに来てくれた咲宮さんと入り口に近づくと、女の子達の声が聞こえてきた。


 それはつまり部活を終えて着替えに来るということ。女の子達は両側から来ているようで、このままでは確実に目撃されてしまう。それに大人数の声がするので突っ走ることもできない。


「蒼野君、こっち!」


 なんだか頼もしい咲宮さんに手を取られ、連れて来られたのは大きめのロッカーの前。


「このロッカー予備だから誰も使ってないの。だからこの中に隠れて」


 いよいよラブコメみたいになってきた。まさか現実に起こるなんて。でも今はそんな場合じゃない! この大きさなら一人くらい十分に入るだろう。


「ありがとう、とりあえずみんなが部屋から出るまでこの中で待つよ。もちろん覗いたりしないから!」


 俺には咲宮さんという心強い味方がいる。なんだか冷静だし、安心するなー。


 ところがそれは一瞬で不安に変わった。


「ふぅー、これでひとまず安心だね」


 咲宮さんの声がすぐ間近から聞こえてくる。


「あとは開けられないよう祈るしかないな。ところで咲宮さん、一つ聞いてもいい?」


「何かなー?」


「何で咲宮さんまで入ってるの?」


「えっ?」


「いやだって咲宮さんは女の子なんだから、女子更衣室にいても何も問題は無いと思うんだ」


 そう。俺は今、咲宮さんと二人でロッカーの中に入っている。二人が入れたのも驚きだけど、咲宮さんの行動の意味が分からない。


 そう言うと咲宮さんは少し黙り込み、何かを考えているみたいだ。


「あひゃあっ……! わわ私ったら何を……! つい一緒に入っちゃった……」


 ただの天然だった。もしかして咲宮さんって意外とポンコツなのでは……?


「ね、ねぇ蒼野君、これって……」


「これって?」


「ラブコメみたいだねっ!」


「ラブコメ!?」


「そう、ラブコメ。こういう展開ってあるあるじゃない!? 実は私ラブコメが好きでね! こういうシチュエーションにちょっと憧れてたの。ホントにドキドキするのかなって。すぐ耳元でささやく声が聞こえちゃったりなんかして! それにね、あとはね……!」


「ちょっ、ちょっと待って! 俺はともかく咲宮さんだけならラブコメのこと喋ってる間に出られたと思うんだ」


「はぅっ……!」


 こうしているうちに、ついに女の子が入り口に着いたみたいだ。こうなると本当に祈ることしかできなくなる。


 大きめのロッカーとはいえ、さすがに二人も入ると狭く身動きがとれない。そのため自然と密着するような形に。


「咲宮さん、ここからはもう普通の声も出せないから息を潜めるしかない」


 ヒソヒソと咲宮さんにそう言った。


「蒼野君ごめ……、よく聞こえな……よ」


 俺もよく聞こえないので、そっと少しだけしゃがんで高さを合わせた。


「咲宮さん、ここからは声を出さないほうがいいね」


「え……、ASMRだぁ……!」


 メインヒロイン、ポンコツだった。

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