第4話 特殊能力

 あたしは、ぱっちりと目が覚めてしまった。


 もうダメだ。気になって仕方がない。

 奴に会って色々聞きたい。けれど、まだ正直怖い。矛盾する感情の間で、あたしは葛藤していた。


 ――夕方。

 気が進まなかったけれど、仕事に出ることにした。


 今日のお客さんは女子高生だった。

 好きな男の子に告白したけれど、「好きな子がいる」と断られたらしい。でも諦めきれないという。

「では、諦めきれない方がいるのですね。見てみましょう」

 あたしは水晶に手をかざし、目を閉じた。

 女子高生は胸の前で手を組み、必死に祈るような顔をしている。


 今回の守護霊は、校長先生のような風貌だった。落ち着きはあるが、あまり協力的ではなさそうだ。

『……うーむ。相手の男子は、好きな子がいるわけではない。受験に集中したいだけだな。恋にうつつを抜かせば、後で後悔することになる――』

(じゃあ、大学受験を口実に伝えてみますか)

『動機は感心せんが……頼む』

 

「わかりました」

 と言いながら私は目を開けた。

「男の子は、大学受験を頑張りたいようです」

「そっか……。じゃあ、まだ脈はあるんでしょうか?」

 彼女の真剣な目を見つめ、あたしは答えた。

「本当にあなたが好きなら、同じ大学を目指すという道もあります。諦めなければ、道は開かれるでしょう」

「わかりました。大変かもしれないけど、頑張ってみます」

「良いご武運を」

 深く礼をして見送った。


 どこか疲れている。寝てないからかな。

 次のお客を待つ間に、ついウトウトしてしまった。


 椅子に誰かが座る気配で顔を上げると――『イケメン人外』がいた。

「あ……」

 あたしは固まる。

「悩みを聞いてもらえませんか」

 優しい声。逃げ出したい衝動を必死で抑えた。


 彼は深いため息をつき、言った。

「ずっと探していた人にやっと会えたのに、逃げられるんです」

「……それってあたし?」

「そう」

「なんで探してたの?」

 彼は言葉を飲み込み、かすれた声で言った。

「守りたいから」

「……でも、あたしもう三十だし。五年前には死にかけたし」

「……!」

「ごめん。世界中探していたから……」

「そ、そう……」


 勇気を出して聞いてみた。

「あなたって、何者なの?」

 しばらく黙った後、彼は重い口を開いた。

「俗に言う、吸血鬼だよ」

「……」

 (予想通りで、少し拍子抜けした)

「それで目が光ったり、姿が見えなかったりしたの?」

「そう」

「ヤクザの弟分が自白したのも?」

「そう」


 ――恐怖は、見えないから生まれるものなのかもしれない。

 彼を目の前にすると、普通の人間にも見えてくる。ただ、服はボロボロだけど。


「あたしは、あなたのことをよく知らない。だから、怖いの」

「君が怖くなくなるなら、なんでもする」

 優しく微笑む彼。

 ふと、考えが浮かんだ。――私の能力を使ってみよう。


 すると、彼にも守護霊がいた。

 母方の祖父らしい。立派な口髭を生やし、豪華な装飾の黒い服に白いズボン、高価そうなブーツを履いている。

 『お嬢さん。この男は悪さはできぬ。理解は難しいかもしれぬが、優しい心を持っておる。呪いでこの姿になってしまったのだ』

(呪い……?)

 『そうだ。呪いのせいで家は傾き、この子一人が残った。今や住所不定無職……まったく困ったものよ』

 ……だんだん愚痴を聞いている気分になってきた。


「どうしたの?」

「呪いって、何で呪われているの?」

「えっ? 僕の心が読めるの?」


 あたしは自分の能力について話した。

 すると、彼は遠くを見つめながら語り始めた。


 ――昔、『串刺し公』と呼ばれる貴族がいた。

 敵だけでなく、信用できない味方ですら、容赦なく殺した。残忍なほうほうで。

 数えきれない死体の山が積み上げられてゆく。

 人を殺せば殺すほど、彼は孤独になっていった。


 そんなある日、息子夫婦に子供が生まれた。

 親族には優しかった串刺し公は、孫をかわいがった。

 しかしその子は、生まれつき目が光り、特殊な力を持ち、日光を嫌った。

 人々は「呪いの子」と噂し、幽閉して育てられた。


 その子が少年になる頃、串刺し公は、殺された。

「そして僕は母方の家に逃げたんだ。そこも長くいられなくて転々とした」


 気づけば、あたしの頬を涙が伝っていた。

 彼は親指でそっと拭う。

「悲しい物語ね」

 恐怖心は、いつの間にか消えていた。


「梨沙ママのところに行かない?」

 相談したい気持ちと、会わせたい気持ちがあった。

「いいよ。行こう」


 ◇


 いつものように紫のバラの絵の扉から『クラブ ローズ』に入って行った。後ろから彼がついてきていた。


 店に入ると、梨沙ママは、カウンターテーブルを拭いていた。

「あら、いらっしゃい」

 二人で来たのを見て、目を丸くし、あたしと彼を交互に見た。

「仲良くなったの!?」

「誤解が解けたみたいです」

 彼がそう答えた。


 あたしはさっきのことをママに話す。

「ならよかったじゃない。あの時は包丁振り回してごめんなさいね。昔のことを思い出しちゃってさ」

 ママは二人分の飲み物を用意しながら笑う。

「彼、何を飲むのかしら? ブラッディ・マリー? それともビール?」

「彼女と同じので」

「じゃあ、ビールね」


 ママがつまみのナッツを二人の前に置くと、彼はお腹が空いていたのか、あっという間に平らげた。

「お腹空いてるのね。ご飯もの、何か作るわ」

「あたしの分もよろしく」

 あたしもお腹が空いていた。


 ママは調理しながら話し始めた。

「マリアは、あたしの命の恩人なのよ」

「そんな大袈裟な」

「ほんとよ。あれは五年前のことよ」


 当時、クラブの経営が軌道に乗り始めたころ、客には良い客も悪い客もいた。付きまとってくる男――いわゆるストーカーがいて、男声で追い払ってもダメで、警察沙汰になることも度々だった。ちょうどあたしが店にいるとき、その男がナイフを持って襲おうとした。


 あたしは咄嗟にママに抱きついて守ったが、腰を刺されてしまった。男は予期せぬ出来事に驚いて逃げ、あたしは崩れるように倒れた。救急車で運ばれ、緊急手術。傷がもう少し深ければ致命傷になっていた。


 時折ハンカチでまぶたを抑えながら、ママは続けた。

「ほんとバカよ、あたしのために。あれから、今度はあたしがマリアを守ることに決めたの。幸い男は捕まって、今は刑務所よ」

「梨沙ママは、あたしにとっては友達であり姉であり母みたいなものだから、いなくなったら困るの」

 あたしはナッツをかじりながら言った。


 彼は微笑んで言った。

「もう家族だね」

「そうね」

 あたしとママは同時に相槌を打った。あまりに同時だったので、三人で笑った。


 ママは二人にピラフを作ってくれた。あたしが食べ始めると、彼はもう食べ終わっていた。

「はやっ……」

 ママが彼に尋ねる。

「今はどこに住んでるの?」

「守護霊が住所不定って言ってたわ」

 あたしが答えると、彼がぽつりと言った。

「公園……かな」


「働いて、ちゃんと家に住みなさいよ?」とママ。

「できれば、マリアと一緒に暮らせたら嬉しいな」

 あたしの方を見て微笑む。


 あたしは思わずギョッとした。

「百歩譲って、ルームシェアするとしてもさ、働かないとダメよ」

 ママが真顔で言う。

「頑張って働きます」

 アロンは真面目な顔をして言った。


 ママが身を乗り出すと、目を輝かせて言った。

「ホストクラブ……紹介しようか?」

 

 彼は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

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