第3話 クラブ ローズ
夜明けとともに目が覚めた。
――五時。
早いな。まだ、疲れが取れなくて、眠い。
目を閉じると、またいつの間にか寝ていた。
――都内のとある児童養護施設。
朝起きて、部屋から一階に降りてくると、お友達にまた馬鹿にされた。
「また、こいつ幽霊見えるっていってた!」
同い年のゆうたくんが、大きな声で言い始めた。
あたしは、ゆうたくんの守護霊がゆうたくんの寂しさを訴えていたから、ついしゃべってしまったのだ。
「幽霊じゃない、守護霊!」
「オバケ! オバケ! オバケの子!」
あたしは、養護職員の影に隠れた。
「二人とも、いい加減にしなさい。ゆうこちゃんもあんまり変なこと言わないこと」
仕事中の先生を見ていると守護霊の優しそうなおばあさんが話しかけてきた。
『この人は、お仕事が忙しくて余裕がないの。ごめんね。余裕ってわかるかな?』
「頭がいっぱいになって考えられなくなること?」
『そうそう。ゆうこちゃんのこと、考えてないわけじゃないのよ。大事に思ってるんだけどね――まだ、ひよっ子だから許してあげてね』
「うん。わかった。あたしも、先生を手伝えるように頑張るよ」
「また、ひとりでしゃべってるー!」
ゆうたくんが大きな声で突っ込んできた。
この頃のあたしは、心の中で会話ができることを自覚していなかった。
そのことを知ったのは、小学四年生の時だったか。
学校の家庭訪問で、先生が養護職員と一緒にあたしの部屋に来たときだ。
すると、学校の先生の守護霊の可愛らしい女の子があたしに話しかけてきた。
『誠くん、明後日バイクで事故に遭ってしまうの。スピードの出し過ぎ。注意してくれると助かるわ』
(かなり重症になるんだろうか)
『瀕死の重症よ』
(あれ? あたしの心の声、聞こえたのかな?)
『バッチリ聞こえてるわよ』
(そっか……)
養護職員があたしに話しかけた。
「何か先生に言うことはない?」
「先生、バイクのスピードには気をつけて。特に明後日」
「え? バイクの話とかしたっけ? 明後日遠出はするけど……。まあ、ありがとう」
先生はぎこちなく笑った。
――昔の記憶を思い出してるうちに、気づけば頭は覚醒していた。
起きよう。
ベッドから起き上がった。
(今日は梨沙ママのお店に行こうかな)
コーヒーを淹れて飲む。
時間があるから、勉強することにした。
本を開く。
『児童養護施設の経営指南』
まだまだ知識が浅く、勉強し足りない。
目標はまだはっきりしてないけど、経営の選択肢も考えつつ勉強中だ。
そのうちもっと情報を集めようと思っている。
「人脈も集めないとなあ……」
先は長い――
◇
夕方。あたしはいつもの占い師の格好に着替えて、梨沙ママのお店に向かった。
久しぶりだ。元気かな。
『クラブ ローズ』
お店の入り口の扉には、紫の薔薇の大きな絵が描かれている。
カラン、カラン。ドアベルを鳴らし、あたしは店に入った。
「まあ、久しぶりー! マリア」
「ママ、元気してた?」
「元気よー。相変わらずね。お互い様よ」
そう言って、ママはクスッと笑った。
声以外は、男性に見えない。ピンクのドレスにピンクのルージュがよく似合っている。ピンクのチークも愛らしい。
「……相変わらず、あたしより綺麗ね」
「何言ってんのー! マリアこそ綺麗よ」
久しぶりに会うと、いつもこんな感じで始まる。
カウンター席に座ると、あたしの前にビールを置いてくれた。
「ゴクゴク……はぁー」
キンキンに冷えてて、めっちゃ美味しい。ママのところに来ると、本当に癒される。
「最近大変な目にあってさー」
あたしはナッツをつまみながら、最近の出来事をママに話した。
「それは大変だったわね」
と言いながら、ママは次のつまみの準備をする。
梨沙ママにはあたしの秘密は話してあり、理解してくれている。唯一無二の親友だ。
「そのイケメン……って何者なんだろうね?」
「ストーカーとか? 幽霊の?」
「もしそうなら、たとえ助けてくれたとしても、ちょっと怖いわね」
「あ、このゲソ揚げめちゃうま」
「もっと色々食べていってね」
あたしは嬉しくてにっこりした。
カラン、カラン。客が来たようだ。梨沙ママが、客を凝視している。
「もしかして……あの人?」
あたしが振り向くと、入り口にイケメン人外が立っていた。
あたしは慌てて立ち、ママが察したのかこう言った。
「マリア、こっち来て!」
ママは、必死で顎で合図すると、手には包丁を握っていた。
あたしは躓きながらも、ママの背中に張り付いた。
「出てって!! 警察呼ぶわよ!」
ママはあたしを守るため、包丁を突き出しながら必死で男を外に出そうとする。
男は抵抗することなく、すっと外へ出ようとした。
「ちょっと待って」
思わず声をかけてしまった。
「お礼は言ってなかったから……ありがとう」
彼は何も言わず、ただ静かに微笑んだ。
「あんたと会うと、夢に出てくるんだけど……あれは何?」
恐る恐る問いかけると、彼はまっすぐあたしを見つめて言った。
「何を見たかはわからない。だが――君は前世で僕の妻だった。出産で命を落としたんだ」
その声は低く、よく通る。落ち着いているのに、胸に深く響いた。
そう言い残し、彼は外へ出ていった。
梨沙ママは、鍵を閉めた。
「大丈夫?」
ママはフラフラになったあたしを気遣い、今日は店を閉めて、あたしを家まで送ってくれると言った。
あたしは、素直に「ありがとう」と言ったが、上の空で夢のことを考えていた。
◇
ママに送ってもらい家に着くと、頭の中は彼のことでいっぱいになっていた。
こういうのは、一人で悶々と考えてもダメだと思った。決心して話し合わないと、解決しないんではないかと。梨沙ママに立ち会ってもらった方がいいのだろうか……
熱いシャワーを浴びたら、少し落ち着いてきた。
一個ずつ整理しよう。まずは何者なのか。人間なのか幽霊なのか、人外なのか――
人外って、例えば妖怪や吸血鬼や狼男とか、そういうことか。
前世、本当に夫婦だったのか――
警察官には見えなかったのはなぜか。
なぜヤクザが自白したのか。
なぜ目が光ったのか
あとは……彼は何をしたいのか――
寝る準備しながらもずっと考えてしまう。悶々と考えながらベッドに横たわっていると、いつのまにか眠ってしまった。
◇
あたしは、ベッドで仰向けになり、陣痛に苦しんでいた。膝を立てていきみを我慢している。
「まだ、我慢してー」
産婆だろうか、年配の女性が言った。
お腹が痛い!
彼があたしの肩と手を握り、励ましてくれていた。
「そろそろいきんでいいわよー」
あたしは力いっぱいいきんだ。顔が熱くなる。
「お腹に力入れてー」
「はぁはぁ。うーーっ」
しばらくそれを繰り返していた。
「産まれたわよー!」
だが産声は聞こえない。赤ちゃんを抱いた女性が一生懸命息をさせようとしているように見えた。
「出血が止まらないわ」
年配の女性が焦り出した。
あたしはだんだん視界が狭まっていくのを感じた。
「セシル!!」
彼が大声であたしの顔を覗き込みながら、名前を呼んでいた。彼は泣いていた。
――あたしは、泣きながら目が覚めた。
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