その日、俺にしか見えない天使に恋をした。誰にも見ることができず触れない俺だけが知る天使
二メン
その日、俺にしか見えない天使に恋をした
俺は天使を見た…。
冗談なんかじゃなく羽が生えていて明らかに空を飛んでいた。
俺はこの日、
俺は遊泳町の隣町の大学に合格することができ、実家からでは遠いため家賃の比較的安いこの町に引っ越すことを決めた。
荷解きの合間に休憩がてら外を散歩していた時のことだ、俺は出会ってしまった。
空を飛ぶ綺麗な白い羽を持った天使を。
高さ3m程のところでふわふわと人の視線を一切気にしていない素振り。
その天使は女の子の見た目をしていた。それに綺麗だった、可愛いと言うより美しいという言葉がよく似合う。
その時の俺は驚きのあまりか現実を受け入れられなかったのかただ呆然と天使を眺めていた。
気づけば天使は家の屋根伝いに飛んでいって姿が見えなくなった。この日は自分で見たことが信じられなくなって荷解きなんて全く手につかなかった。
引っ越してから2、3日たち、荷物の整理が終わった。ただこの前あった天使の記憶が脳からこびりついて離れることはなかった。
荷物の整理ができたところで道を確認するため一度大学に行ってみることにした。
この町にある駅から電車で二駅そこからは徒歩十分ほど、比較的に近場だ。迷うことはないと思うがスマホで確認しながら向かう。
平日の昼間であったため駅の人通りは少なかった。だからだろうかこちらを見つめる視線には敏感になっていた。
後ろから突き刺さるような視線。
振り返ると天使がいた。今回ははっきりと断言することができた、この前見た事は自分の見間違いなんかではないと。
ただあまりに急なことだったので思わず声が出てしまった。俺の声に天使の方も目を丸くさせた様子で話しかけてきた。
「あなた、私が見えるの?」
不思議なことを聞かれた、目の前にいるんだから見えないわけないとそう思った。でも今になって気づいた。周囲の人達がこの天使になんの反応も示していないことに。
「うん、見えてるよ」
「ほんとなのね…ほんとに私が見えるのね」
「本当だよ」
何度も確認を取るように問いただしてきた天使は次第に目を潤わせ大粒の涙を流し始めた。
「ちょ、ちょっと」
女の子に泣かれた驚きと戸惑いからとっさに天使の手を引いていた。さっきは天使に夢中で気づいてなかったが周囲の視線がこちらに向いているような気がした。
他の人に天使が見えないのなら俺は独り言を喋る異常者だ。
ひとまずは駅をでて人の居ない路地に駆け込んだ。ふと天使の方を見ると泣き止むどころかさっきよりも酷く泣いていた。
どうすればいいか分からなかった俺は、とりあえず天使が泣き止むまで待つことにした。
それから背中にあたる羽が気になりながらも天使の話を聞いた。
天使の話を聞いた限りではやはり他の人に天使は見えないらしい、それどころか接触することも叶わない。実質透明人間という訳だ。
初めて自分のことが見える人に出会ったとなれば嬉しさで泣いてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「どれくらいの年月を一人で過ごしたんだ?」
「多分二年ぐらい、それ以上前の記憶が無いの気づいたら私はひとりぼっちだった」
あまりにも酷な話だ。誰にも認識されず二年間もの年月を過ごすというのは想像を絶するつらさであるだろうに。見る限りでは歳は俺とあまり変わらない感じがした。
話しながら家に帰ることにした。天使は俺の後をピッタリ張り付いてきて俺から視線をそらさなかった。
「今更なんだけど名前聞いてもいいかな」
「私はアリア、あなたは?」
「俺の名前は
驚いたことに天使は壁も通り抜けれるらしい。家に着くとドアの横から入ってきた。
アリアは驚いた様子の俺を見て笑っていた。
そんなアリアの笑顔がとても綺麗でこの時俺は一瞬にして恋に落ちていた。
それから色んな話をした、お互いに。
一晩にして俺たちは元から親友であったかのように仲良くなった。
俺の生活にはアリアが入り込むようになった。
朝から晩までそばにアリアがいた。アリアは食事も睡眠も必要とはしなかった。
それから1ヶ月の月日が経過した。
一緒に過ごすうちに新しい発見があった。
アリアは俺と触れている時だけは実体を持つ事が出来た。ものに触れることが出来たし、食事もできた。味だって感じると泣きながら説明してくれた。
「恭平これすごく美味しい!」
「それは良かったよ、ん?」
「恭平どうしたの?」
「母さんからLINEだ、久々に顔出せってさ。
まだ引っ越してから1ヶ月しか経ってないのに」
実家に一度帰省することになった。もちろんアリアもついて行くと言い二人で向かっていた。
でもここで問題が起きた。アリアが遊泳町から出られなかったのだ。隣町に行こうとするとアリアが透明な壁のようなものに阻まれて前に進めなかった。
「私はいいから行ってよ亮平」
諦めたようにアリアは亮平に笑顔を向けた。
「いや、でも…」
「少し1人になるくらい平気だよ、私何年間一人でいたと思ってるの」
それが強がりであることを俺はわかっていた。俺に向けられた笑顔も作ったように引きつっている、彼女にとってまた1人になることがどれほど恐ろしいことか…知らないことはなかった。
それでも俺は町を出てしまった。
「一日だけ顔見せてすぐに戻ってくるから」
「うん、ずっと待ってる」
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
―――――――――
1ヶ月ぶりに実家に帰った。1ヶ月しか経っていないのに両親に会えたことがとても嬉しかった。自分が気づいていなかっただけで随分ホームシックになっていたようだ。
「どう?一人暮らし上手くいってる?」
「上手くいってるよ母さん」
「それならいいけど何かあったら母さんにちゃんと言いなさいよ」
「わかってるよそんな心配しないで」
アリアのことは話さなかった。母さんなら信じてくれるかもしれない、それでも少しの心配も母には残したくなかった。
一晩泊まって朝一でアリアに会いに戻ろうと思った。そして1ヶ月前から胸に抱えていた好きという思いを伝えようと思った。
―――――――――
朝起きてすぐ母さんに帰ることを伝えた。
もっとゆっくりしていけばいいと言われたがアリアのことが心配でそれ以上に自分がアリアに会いたくなっていて帰ることにした。
アリアはきっと俺に依存していた。でもそれ以上に俺がアリアに依存していたんだと思う。
1日しか経っていないのに遊泳町の空気は懐かしく感じられた。周囲に人はいなかった。
だがこの静けさが町に帰ってきたことを強く感じさせた。
この時の俺はどこか浮き足立っていた。そのせいだろう周囲がまるで見えなくなっていて信号を無視して突っ込んでくるトラックに気がつかなかった。
ブオォォオン
気づいた頃には遅かった。全ての景色がスローモーションみたいにゆっくり動いてそれが死のカウントダウンだとでも言うようにゆっくりとトラックは目の前まで迫ってきていた。
アリアを思い出した。両親ではなく、1ヶ月前に会ったばかりのアリアを…1人にさせる訳には行かないと、ここで死にたくないと強く願った。
ドンッ
背中を強く押された。転がるように俺は道路の端まで突き飛ばされた。俺が道路の端に飛ばされると同時に衝突音が耳に響いた。
ドゴンッ
トラックは一度停止した後、スピードをあげ走り去っていった。轢き逃げだと頭では理解していたがそんなことなど気にしている余裕はなかった。
〝何が俺の代わりに轢かれたのか〟
俺を突き飛ばした何か、それが無ければ俺はトラックに無惨にも轢き殺されていただろう。
その何かを探す。人では無いはずだそれならただではすまないし、血が周囲に飛び散る。
最悪の展開が頭をよぎった。そして見つけた、見知ったシルエットを。それは俺のいる場所から十メートルほど離れたところに横たわっていた。
「アリア!」
叫んでいた、頭が真っ白になった。
身体はどこも怪我をしていないというのに身体中が痛かった。
急いでアリアの元に駆け寄った。視界が段々ぼやけてきてそこで初めて自分が泣いていることに気がついた。
アリアは動く様子がなかった。俺がアリアを抱え込むとアリアの目が少し開いた。
それが嬉しくて何度も名前を呼んだ。
「たすけられ、てよかった」
「アリア!」
アリアは俺に初めて笑った時のような笑顔を見せた。まるでこれが別れになると知っているみたいに。
「俺、アリアのことめっちゃ好きだ!この世の誰よりもお前が好きだ!」
「私もりょうへいがす、き」
「本当か?ほんとに俺が……」
「うん、すき」
アリアの指先から白いモヤが出てきて体全体に広がっていく。そしてモヤがかかった場所は順に見えなくなっていった。
「消えちゃダメだアリア!」
「ごめんね、ずっといっしょにいたかった」
そしてアリアは消えた。
笑顔のままアリアは消えてしまった。
抱えていた重さが無くなった、それがアリアが居なくなったことを強く感じさせる。
その場にうずくまって泣いた。涙が出なくなるまで泣いた。目を赤く腫らしながらどうにか家まで帰った。
家に帰れば余計にアリアがいないことがわかってまた泣いた。もう涙はでないと思っていたのに涙は止まらなかった。
「俺がもっと注意していれば!俺が実家に帰らなければ!俺がアリアと出会わなければ……」
最後には消え入るような声で誰に聞かせる訳でもなく喚き散らかした。そうでもしなければ感情がおさえられなかったから。
アリアは俺に触れている時だけ実体を持つことができた。普段は壁を通り抜けたり物を持つことが出来ないのに…。
俺を突き飛ばしたせいでアリアはトラックに触れることができてしまった。
―――――――――
俺はそこから引きこもった。まともに食事は取らず、外には出なくなった。大学が始まっても行くことはなかった。
それからどれ程の月日がたったか分からない。
〝俺には羽が生えた〟
アリアと同じ綺麗な白い羽。食欲も睡眠欲も無くなった。おそらく人間の俺は死んだ。
でもアリアと同じ天使になった。アリアがそばにいるように感じられて嬉しかった。
久々に外に出た。太陽が眩しくて目を開けられない。それでも少しずつ目を慣らし羽を使って空を飛んだ。
空を飛んでいても誰も自分のことを見ようとしない、いや見えなかった。ここで自分が人間では無いことを痛感した。
―――――――――
1年がたった。
つらくて死にそうだった。孤独というのは想像よりもずっと苦しいものだった。そしてこの町は決して出られない監獄そのもの。
これを二年間耐えていたアリアは今の俺よりも辛かったと思う。
何度も死のうとした、でも死ねなかった。物に触れることはできないし、高いところから落ちようとしても反射的に羽が開き邪魔をする。
自分のことを見える人を探そうとしてもこんな狭い町では見つからなかった。そして余計に自分が人間では無いと突きつけられた。
頭がおかしくなっていたんだと思う。
俺は妄想の中でアリアと会話を始めた。
妄想の中のアリアは優しくてアリアと話している時は楽になれた。
―――――――――
そこからまた1年がたった。
妄想の中のアリアはもう話してくれない。
感情が薄くなっている感じがした。
でもつらさだけは薄まらなかった。
久々に外に出た。
相変わらず太陽が眩しくて目が悲鳴をあげる。
その日はなぜだかアリアが居なくなった道路に向かった。
見覚えのある暴走トラックが女の子に向かって走っていた。女の子は手元のスマホに夢中でトラックの存在には気づいていない。
忘れかかっていた記憶がフラッシュバックして俺は飛び出していた。
彼女のことを触れるかどうかも分からないのにあの日俺がアリアからされたように、俺は女の子を突き飛ばした。
〝触れることが出来た〟
視界に広がるのは一面トラックのデカイ車体で走馬灯のようにアリアを思い出した。
それでも死に直面した最後に願ったのはアリアにもう一度会うことではなかった。
『どうかこれ以上天使が生まれませんように』
―――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございます
悲しいお話になりましたが読者の皆様の心に残るような作品になれば幸いです。
その日、俺にしか見えない天使に恋をした。誰にも見ることができず触れない俺だけが知る天使 二メン @nimen
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