第3話 ユケナイ
「……うん。嬉しい。私も栄口くんが好きだったの」
放課後の体育館裏。もう見飽きたカップル成立のシーンを、僕は眺めている。
口にガムテープを貼って。
不思議なものでこの光景を数十回と見ているうちに、僕は慣れた。
嫌な事には違いないけれど、どこか他人事みたいに感じられるようになった。というより、最初から他人事だったのだ。それを理解しただけ。
問題は、『そっち』じゃない。
どうも例の呪文を、口が勝手に動いて喋ってしまうようになったみたいだ。
それは僕の意志とは関係なく唱えてしまうみたいで、つまり僕の『今日』が終わらなくなってしまった。
タイミングは決まって、二人の告白を見届けた後。
こうして頑丈に口を塞いでいても、自分の意志とは関係なく体が勝手に動いて、ガムテープを剥がして呪文を唱えてしまう。
実はこの作戦も、四度目だ。
「そこはつちなり、けものといふいぬ」
* * * * *
そして六時十八分に目が覚める。
考えてみれば、あのヘンテコな呪文を、僕はどうやって暗記したって言うのだろう?
毎週上履きを洗濯に出すのも忘れる僕が。
十五時三十三分。
僕が泣いている理由は、君達がカップルになったからじゃない。
どうやったって明日へ行けない。
幸せそうな君達が、これからどうなるのかも見届けられない。だって僕は今日が終わらないから。
「そこはつちなり、けものといふいぬ」
* * * * *
六時十八分。
学校を休む。この作戦も、前に一度試した。
最初はいい作戦だと思っても、あの二人がなぜか部屋までやってきて、僕の前で告白をして、帰っていくという結果だった。
この二人の告白ショーにはすっかり慣れたが、『僕の部屋』で上演されるとだいぶ意味合いが変わってくる。
だから今回は部屋の入り口を本棚で塞いで、窓から何から全てに鍵をかけた。親が呼んでも無視をした。
十五時三十三分。
大勢の大人達が僕の築き上げたバリケードを突破した。
そして、茜ちゃんと栄口を僕の目の前まで招き入れ、告白ショーが始まる。
これで悟った。
何をどうしたって、二人は僕の目の前でカップルになり、
何をどうしたって、僕は呪文を唱えて今日を繰り返すのだ。
「そこはつちなり、けものといふいぬ」
* * * * *
六時十八分。
何も変わってない太陽の光が悲しい。
あんなに泣いても、体力が回復してしまう自分が悲しい。
枯れたと思った涙が、全然溢れてくるのが悲しい。
キッチンまで降りてきた。手が、自分の手じゃないみたいに震えている。
震えているのは、「やらないと」もうどうしようもないのを分かっているから。
分かっているのに、それはやりたくないから。だから震えている。
どこを刺せば苦しまずに逝けるんだろう?
知るわけがない僕は安直に、お腹に包丁の刃を当てた。
どのくらい痛いんだろう?
どのくらい怖いんだろう?
知るわけがない。だけど、もうやらないと景色が変わらないのだ。
僕が、繰り返しちゃってるせいで、茜ちゃんの明日も始まらない。それは多分、素敵なはずの明日で……。
涙が出てきた。
勇気をくれたのは、リビングまでやってきたお母さんの声だった。
「燐帆、あんた今週、上履き洗ったの?」
……。
死ぬほど後悔した。
死ぬほど後悔した。
全身が熱くて冷たい。そして、めっちゃ怖くて痛い。
お母さんの叫び声が聞こえる……。
十五時三十三分。
ここは……天国? いや、変な匂いだ。
「あ! 意識が戻りました!」
看護師さんが大騒ぎして僕の目が覚めた。
「燐帆!! よかった!!」
目の前には、大泣きしているお母さん。そしてお父さん。
……そして、茜ちゃんと栄口。
「燐帆ー!! よかったよー!!
ところで、茜! 好きです! 俺と付き合って!」
「燐帆くん! 本当によかった! そして栄口くん、私もずっと好きでした!!」
……これから、僕がいくら『繰り返して』も、二度とこの作戦だけはしないと固く誓った。
「そこはつちなり、けものといふいぬ」
* * * * *
六時十八分。僕は窓を開けて、飛び降りた。
十五時三十三分。病院で目が覚めた。
そばにはお母さん、お父さん、茜ちゃんと栄口。
「燐帆ー!! よかったよー!!
ところで、茜! 好きです! 俺と付き合って!」
「私もずっと好きでした!」
「そこはつちなり、けものといふいぬ」
* * * * *
六時十八分。
僕は、部屋を閉め切って、インターネットでやり方を調べて、
服をハサミで切って縄を作って天井の柱に掛け、そこに首からぶら下がって全体重を首に預けた。
体はしばらくして全く動かなくなった。でも全然死んでくれない。
八時五十分。
大勢の大人達と、茜ちゃんと栄口が強引に部屋に入ってきた。
首を吊ってる僕の目の前で……
「茜! 好きです! 俺と付き合って!」
「嬉しい! 私もずっと好きでした!!」
……ぶらんぶらんしている僕の前で『嬉しい』って言ったこと、一生恨むからな。人でなし。
首は締まっているのに、はっきりと言葉が出た。
「そこはつちなり、けものといふいぬ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます