第2話 クリカエサナイ


 六時十八分。起きた。朝から緊張している。


 昨日の悔しさがずっと続いているけれど、今日であの栄口を追い抜くんだ。


 僕は今日、茜ちゃんに告白する。栄口よりも早く!


 なんて考えていたら、アラームが鳴った。


 六時二十七分。洗面台の鏡に自分の顔が映る。顔が少し怖いと感じたので、前髪をいじってみる。

 いつもより入念に、顔を洗う。


 六時三十五分。

 鮭フレーク、納豆、味噌汁。


「今週、上履き洗ったの?」


 ああ……そうだ、ここでお母さんに一回怒られるんだ。

 繰り返すたびに怒られるのは仕方がないのだろうか……


「洗ってあげるから出しておいてって、言ったじゃない」


 

 七時二十四分。下駄箱で靴と上履きを履き替える。


「おはよ! 燐帆くん!!」


 茜ちゃんの声で思わずびくっ!! となってしまった。

 

「おはよう」


「あれ、今日の燐帆くん、髪型似合ってるよ? いい感じ!

 一緒に教室行こ?」


 ……よっしゃあ!!

 この髪型は覚えておこう! 万が一、繰り返すことになっても役立つぞ!

 

 九時二十五分。二時間目数学。

 ペアワークで拓真と解く。やっぱり一問とばして注意される。

 僕が大好きな茜ちゃんと、大嫌いな栄口のチームが一番に終わって、先生に丸をもらう。栄口は、足も手も頭の回転もはやい。だから嫌いだ。……昨日もそう思った。

 だがそれも今日までだ! なぜなら……


 昼休み、僕は校庭に行かなかった。

 そして、息を整えて、茜ちゃんに話しかけた。


「茜ちゃん! ……今日の放課後、話があるんだ……!」


 よし! 言えた!

 だけど茜ちゃんは、申し訳なさそうにこちらを見ている。


「ごめん……放課後予定があって……」


「え?」


「栄口くんに呼ばれてるの」


 ……へ!?


「僕よりも先に!?」


 茜ちゃんは少し恥ずかしそうにうなずいた。


 どれだけ! どれだけ「速い」んだあいつ!! また抜かされたー!!


 せめてカップル成立の瞬間にはもう立ち会いたくない! 僕は放課後、茜ちゃんの「また明日ね!」を聞き終えて手を振った後、茜ちゃんについていかず校門に走った! すると……


 校門が閉じている。多分、用務員のおじちゃんが開け忘れてるんだ。仕方ない少し待とうと思っていたら……


「ずっと好きだったんだ。茜。俺と、付き合ってください!」


 聞き覚えのある声が『後ろ』から聞こえた。


「……うん。嬉しい。私も栄口くんが好きだったの」


 振り向くと、体育館裏にいるはずの二人が、校門前にいる。

 ……場所違うじゃん! なんで!?

 驚いていると用務員のおじさんが、慌てて走ってきて校門を開く。茜ちゃんと栄口が校庭から出ていく。手を繋いで……


 畜生次こそは!!


「そこはつちなり、けものといふいぬ!!」


 * * * * *


 六時十八分。起きた。アラームが鳴る前に解除する。

 洗面台の前まで走る。髪型は、えっと……こんな感じ!

 

 六時三十五分。

 鮭フレーク、納豆、お味噌汁。


「上履き、持って帰るの忘れた! ごめん!」


 怒られる前に、先に謝っておく。


「洗ってあげるから出しておいてって、言ったじゃない」


 ……それでも怒られてモヤっとした。


 七時二十四分。下駄箱で靴と上履きを履き替える。


「おはよ! 燐帆くん!!」


「おはよう」


「あれ、今日の燐帆くん、髪型似合ってるよ? いい感じ!」


 …… ……ここだぁ!!


「茜ちゃん! 今日の放課後、話が……」


 すると茜ちゃんは申し訳ない顔をして……


「ごめん! 今日の放課後、予定があるの」


「栄口に呼ばれて!?」


 すると茜ちゃんは恥ずかしそうにうなずいた……


 栄口の野郎! 昨日のうちにアポイントメントを!? 

 僕は栄口に追いつけないのか!!


 もう頭は真っ白。二限目の数学でまた一問とばして注意される。茜ちゃんと栄口のチームが褒められる。

 栄口に、どうやっても勝てない。



 * * * * *




 僕は、放課後すぐに帰ろうとせず、念の為耳を塞いで机でじっとしていた。


 ……

 

「え……ここで? 燐帆くん居るよ?」


 かすかに茜ちゃんの声がして、ものすごく嫌な予感がした。


「大丈夫だよ。耳塞いでるし。

 それよりずっと好きだったんだ。茜。俺と、付き合ってください!」


「……うん。嬉しい。私も栄口くんが好きだったの」

 

 貴様ら!! 何がなんでも僕の前でカップルになりたいのか! なんでだ!!


「そこはつちなり、けものといふいぬ!!」

 

 * * * * *


 六時十八分。起きた。アラームが鳴る前に時計を床に叩きつける。アラームが鳴った……。


 起きがけに母親に、「すごい音がしたけど大丈夫なの?」

 と聞かれて……

「なんでもないよ! そして上履き忘れた! ごめん!」


 洗面台の前、茜ちゃんに褒められた髪型に変えたら……

 あることに気がついた。とても嫌な予感がする。


 朝ご飯も食べずに僕は家を飛び出して、学校の下駄箱の所で茜ちゃんを待つ。


「おはよ! 早いね燐帆くん!! あれ、今日の燐帆くん、髪型似合ってるよ? いい感じ!」


「茜ちゃん!!」


「わ……何?」


「……好きです。六年前からずっと好きでした!!」


 脈略もなくいきなり告白したら、おかしな奴と思われる。でも六年間の思いの丈。

 何よりこれが、僕が栄口を追い越す唯一の手段だ。

 すると茜ちゃんは恥ずかしそうに俯いて……


「ごめんね、ちょっと、ダメなんだ……」


 こういうことだったのだ。

 ……さっき洗面台で、茜ちゃんに褒められた髪型に変えた時に思った。


 これって、栄口に似てるじゃん……。


 追いつく追い越すではない。最初から、レースに負けていたのだ。


 今日をいくらやり直しても、僕は栄口に勝てない。

 

 早退しよう。死ぬほど具合の悪い顔をして保健室に行ったら、さすがに先生に心配されてベッドに寝かせてくれた。

 そしたら……

 二限終わりの中休み……


「ペアワーク、ありがとう。さすが栄口くんだよ」


 茜ちゃんの声がして、とても嫌な予感がした。誰かと一緒に保健室に入ってきたんだ。


「で、話って何?」


「茜。俺と付き合ってください!」


「……うん。嬉しい。私も栄口くんが好きだったの」

  

 おかしいだろうがぁ!! 先生はどうしたぁ! 居ないのか!? 

 あと、場所も時間もおかしいだろうがぁ!!


 カーテン一枚挟んだ向こうで、茜ちゃんと栄口が抱き合っている。こうなったら拍手を送りたい気分だ。完敗だ。完敗。

 

 これはもう、六年間の片思いを今日捨てろ、という神様からのメッセージに違いない。


 あの呪文を唱えるのはもうやめよう。きっと後悔はない。だって、何をやったって、この二人はくっつくのだ。


 僕は、ポケットの中の、あの言葉が書いてある紙を握りつぶした。もう『今日』は繰り返さない。

 涙を流しながら僕は、清々しい気分だった。そして勝手に口が開いた。


「そこはつちなり、けものといふいぬ」


 * * * * *


 起きた。六時十八分。

 アラームが鳴った。


  …… ……あれ?

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