第5話 本音
「さて、邪魔もの、コホン。お邪魔虫、じゃなかった、助っ人がようやくいなくなったね。これでようやく腰を据えて、君とお話が出来るぞー。」
(言い直せてない。)
ヘリアの目の前に座った女は、幾分か上機嫌な様子であった。先ほど老人に見せていたような殺気などは、今は完全に消え失せている。
二人は焚火を取り囲むように、正面に相対し座っていた。火に照らされた女の顔を改めてみると、眉目秀麗を体現したようなその顔立ちに思わず見惚れてしまいそうになる。
(けど、中身は)
頭を振り払い、ヘリアは両手を地面につき、ゆっくりと頭を下げた。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます。あなたがこなければ、わたしはとうに死んでいたでしょう。本当に、何とお礼を申し上げたらよいか。重ね重ねお礼申し上げます。」
助けてくれた人に、無礼な態度をとることは出来ない。そう感じたヘリアは、誠心誠意の感謝を述べた。他に出来ることも無く、素直に礼を言うしかなかったのもある。
「礼を言われるほどのことじゃないよ、君を助けたいから助けたんだから。一年村を観察して、君だって思ったからね。とりあえず、頭を上げてくれないかな。」
言われた通り頭を上げたヘリアの前に、一枚の紙きれが出されていた。
「これは?」
「わたしと親子になるための契約書だよ?何?そんなものも知らないの?親子になるためにはみんなこういうの結ぶんでしょ?」
「は?」
やっぱりあなたおかしいですよ、と言いかけた言葉を必死になって飲み込んだ。手で口を塞いでいなければ、危うく恩人に対して罵声と暴力を振るっていたかもしれない。
「やっぱり君、おもしろいね。わたしに対してそんな風に思ったことを露骨に出す人間は他にいなかったから、見ていて楽しいな。」
女はケタケタ笑いながら腹を抱えている。なにがおかしいのか全く分からなかったが、からかうようなその笑いに、ヘリアは少しムカついた。
「何がおもしろいんですか?昨日会ったばかりのわたしに子供になれ、とか。しかもあんな場所で。初対面の人間にそんなこと言う人、あなたの他に世界のどこにもいないと思います。」
「いや、それが、初対面じゃないんだなー、これが。」
女にまたからかわれていると思い、ヘリアは本当に一発ぶん殴ってやろうかと回り込んだ。そして、
「え?あなたは、」
笑っていたはずの女の顔が、ヘリアのよく知る人物のそれへと変化していた。
「オ、オクリースさん?」
アサ村の村長の一人娘、オクリース。ヘリアがアサ村に来る前にどこかへ旅立ったオクリースは、一年前ふらっと村に戻ってきた。
いなくなる前は皆に愛され、象徴的な存在だったらしい。周囲の村や町からも求婚者が訪れるほど、その存在は認知されていたらしい。
だが、戻ってきた彼女は別人のようだったと、皆口々に言っていた。日がな外に出ることもなく、小高い丘の上にある村長の家、そのわきにある木製の机から村を見下ろしている様子をヘリアもしばしば目撃していた。
「どういう、ことですか?なんで、オクリースさんが、え、いや、というよりも…、」
「ちょっと、もうちょっと見ていてくれ。もっと面白いものも見せてあげるから。」
そう言うと、オクリースだったはずの顔が再び変化していった。顔だけではない、身体つきも一回り大きく、角張ったものへとなっていく。そうして次に見たものは、精悍な顔つきをした若い男の姿であった。
さらにそこで留まらず、女は次々に姿を変化させていく。さきほど会ったバルトという老人を始め、この辺りでは見たことのない顔立ちをした子供の姿にまで。
百面相のように移り変わっていくその姿に、ヘリアはどういう反応をしてよいのか分からなくなっていた。
「どう?面白かった?なんなら人間だけじゃなくて、他の動物の姿にも変化出来る…」
「なんなんですか?」
面白がっている女かも分からない者を前にして、ようやく出てきた言葉すら自分が発しているかすら分からない。
混乱していた、というのもある。女が見せる奇想天外な出来事、初めて見るような昨日からの一連の状況に、頭はとうに限界を迎えていた。
恐怖、おそらくそれが現在の心情を表すのに適していた。一度出た言葉を塞ぐよりも前に、いっそこのまま畳みかけてしまおうと、心の奥底に溜まっていた鬱憤を全て吐き出してしまおうと、ヘリアの理性を飲みこみ、気づけば言葉を継いでいた。
「あなたは、一体なんなんですか?いきなり子供になれといって迫ってきたり、ふと怖い顔を見せたと思えば、わたしを盗賊から守り抜いたり、それもあんな、訳の分からない、魔法のような奇妙な業を使って。おまけに姿形を変えれるなんて、常軌を逸している。一体、あなたの目的はなんなんですか?何が面白くて、何を目標にこんなことをするんですか?」
一息に全て吐き出してしまったためか、ヘリアは荒く息を吐いていた。自分でも怒りたいのか、責めたいのか、説得してほしいのか、宥めてほしいのか、叫んでいるうちによく分からなくなってしまい、最後には悲しくなってきた。
「いや、わたしは君を怒らせたくてやっていた訳じゃなくてね?あの炎を出した力は魔法なんかじゃなくて…、しかも、十年、そう今後十年は使えないし顔を変えれたのだって、」
「もう、ほっといてください。」
荒く吐いた呼吸と共に、ヘリアはポツリと零した。話を遮られた側の女は、きょとんとした表情でヘリアを見つめている。
「うんざりなんです。やっと、父さんと二人で、落ち着いて、暮らせると、思ったのに。村の人たちは、優しい訳じゃなかったけど、見ず知らずのわたしたちを一応は受け入れてくれて、昨日まで何とかやってこれたのに。」
ヘリアの顔から、ぽろぽろと涙が溢れ出てきていた。その場に力なく座り込み、うずくまって自分の膝に顔を埋める。これ以上何にも関わりたくないという意思表示をするように、ヘリアは固い殻に閉じこもっているようだった。
「父さんは、最後の時まで、わたしを庇ってくれた。でも、もう会えない。わたしが、唯一、心から愛し、全てを委ねることが出来る人だったのに。目の前で死んでしまったんです。わたしには、もう、何も残っていない。全てがどうでもいい、このまま死んだって。」
「なぁんだ、わたしと一緒じゃないか。そうか、だから、わたしは君に惹かれたのかもしれない、一番大きい要素なんだね。」
「だから、何を言って…、」
いい加減うんざりしてきたヘリアは、本当に一発ぶん殴ってやろうと反射的に立ち上がった。そこで、女の、あまりにも真面目な、それでいて悲しそうな顔を、見てしまった。
涙はいつの間にか引っ込んでしまった。ヘリアよりも、女の方が今にも崩れてしまいそうだったからだ。気づけば元の姿に戻っており、二つの眼は本当に潤んでいるようにも見える。
女は一つため息を吐くと、ゆっくりとヘリアの隣に近づいてきた。その右腕をヘリアの肩に置き、ゆっくりと自分の方へと近づけていく。
優しい抱擁は、どこか陽の光に包まれているような気さえした。
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