第2話 不安な影
約束の日、私、宮野・朱美(みやの・あけみ)は何と急な野暮用が入りその上東京の美術館に向かう為に乗っていた電車が人身事故に遭い遅延した関係で会場に到着するのが遅れてしまった。 合評会の開始時刻は、午后(ごご)二時である。 しかし、私が会場入りし、すでに集まっている他の人達に追いついたのは約一時間を過ぎてからだった。 幸い合評会はまだ会場全体の三分の一程度しか廻りきれておらず、むしろ会の進行に遅れが出ていて時計係の先生が話に夢中になってしまっている司会の先生や参加者達に対して、
「もう少し、端的に手短にお願いします!」
「時間が押しています!」
と、囃し立てて居るところだった。
司会がおもむろに、
「え~、では横内・玄都(よこうち・くろと)君の発表はこれで終わりで良いですね?」
「皆さん、あと質問などはありませんね?」「じゃ、次行きます!」
「えっと…高遠・圭(たかとう・けい)君」
皆は『高遠』と呼ばれた五十代後半位の所謂イケオジが描いた大きな油絵の前に集まった。
……高遠? ……?? 聴いたことがある名前……いや、違うかも。
私の脳裏にほんの一瞬黒い影が通り過ぎていった。 しかし、私にはその時随分前に封印された古い記憶を呼び起こすことが出来なかった。
司会が皆に、高遠の簡単な紹介をする。
「え〜、高遠君は七年ほど前迄、この展覧会に毎年出していた常連さんです」
「……というか、我が美術団体の現会員です」
「それがちょっと、違う団体展にも作品を出品してみたいという事で暫くお留守にしていました」
「皆さん、アレから七年です」
「七年ぶりです」
「僕たちはもう、彼はこのまま帰って来ないのではないかと実は心配をしていました」
「それが、何ときちんとここに帰って来てくれた!」
「良くぞ帰った!!」
「お帰りなさい!!」
「……さぁ皆さん、七年ぶりに帰って来てくれて、他所の展覧会で色々な経験を積んだ、高遠君の作品の話を聞いて差し上げようではありませんか、皆さん、拍手!!」
………七年前までいた? 高遠?? そんな人いたっけ??
どうしても思い出せない。
そんな私が不安を抱きつつも、それに気づく様子もなくベージュのスプリングコートをシャツの上から羽織った『イケオジ』の高遠は、自分の作品の話を始めた……。
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