第28話手編みの贈り物
この王太子レナードは城下に住む女性にうつつを抜かしているようだが、そのせいかどこか弛んでいる様子が見受けられる。宰相の息子までも同じだと側近が話していた。
まあ、自分も可愛いあの子にうつつを抜かしているので人の事は言えないが、それを表に出す事は王侯貴族なら慎まなければならない。
「それにしても殿下のその年齢でその政治力と手腕。もう皇帝としての器がありますな」
「私は病気の陛下の代理で来ているだけだ。まだ皇帝ではない」
「それでも見事ですよ。王太子として私も見習いたいものです。今夜の夜会にぜひともメルキオール様に政治のなんたるかをご教授願いたいです」
「悪いが夜には予定があるのだ。夜会の開始頃はいるだろうが、すぐに中座させてもらう」
「そうですか。それは残念。その時にでも私の気になる女性を紹介したかったのですが……」
「またの機会で頼む」
レナードや宰相の息子の気になる女性とやらの情報はすでにあがっている。次期国王と次期宰相の自覚がないとこの国の家臣が愚痴っていたので、なんとなく調べてみたら本当にその二人は市井の同じ女性にぞっこんなようだ。
それだけならまだしも、女性と国の税金で豪遊し、
この情報はヴァユ王の耳には入っていない最新のものだが、王も王とて身内の所業に気付かぬとは情けない。
王太子と次期宰相の下半身事情にこちらが口出しはしないが、後に迷惑を被るのは国民だという自覚がないのだろうか。それだけ彼女に心酔しているならば、国民の税金で生活している事を思い知るべきだろう。
そのうち新聞各社が二人のスキャンダルを報じ、ヴァユの国民から総スカンをくらう日も近いかもしれない。
面倒だが袖を正させる意味で後で国王に釘を指しておくか。女性関係で国が傾くなんて目も当てられやしない。
前まではこのようなだらしのない男ではなかったのに残念だ。次期宰相も優等生だったと聞いていたので、恋は盲目とは言うがここまで変わるものなのだろうか。同じ女を恋い慕うどころか、もはや取り巻きのようになり果てているとも噂で聞いたので正気を疑う。
王侯貴族ともあろう者達が何をやっているんだか……。
その晩、サミットの夜会を早々に中座して、いつものホームレス姿で約束の場所にやってくる。真冬の夜は寒くて凍えそうだったが、パスカルに逢えると思うとこんな寒さなどなんともないと思ってしまう。
しばらく五分ほど待っていると、慌てた様子で誰かが走ってきた。
「メル君!」
パスカルの母親が店の制服のままコートを着てやってきた。
「おばさん……?パスカルは……」
「パスカルと今日は約束していたんでしょう?でもごめんなさい。あの子、風邪をひいっちゃって寝込んでいるのよ」
「風邪……大丈夫なんですか?」
「もちろんよ。ただの風邪だから治ったらまた顔を出させるわ。はいこれ」
母親から紙袋を手渡される。
中は暖かそうな毛糸のマフラーとセーターが入っている。空色のマフラーとクリーム色のセーターだ。
「これは……」
「本人は自分で渡したかったみたいなんだけど、出歩けないから渡しておいてくれって。あの子、こそこそ練習して頑張って編んでいたのよ。前からメル君にお礼を言いたかったってね」
「っ……そう、ですか。嬉しいな。こんなのもらえてボクは……幸せ者です」
本当に幸せだと思う。愛しいパスカルの香りが漂ってきて、ずっと嗅いでいたいくらいホッとする匂い。愛おしさがあふれてきて、今すぐ抱きしめたくなるほどに。
本当は会いたかったけど風邪なら仕方がない。オメガは風邪をひきやすいと知っているので、早くよくなってほしい。
「そこまで想ってくれて親として嬉しいわ。本人にも伝えておくわね」
「また、店に顔を出しに行きます」
パスカルが万全の状態になるのを待ってから改めて自分の気持ちを伝えようと決めた。
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