第14話 「経営会議、激突の火花」

秋の風がビルの窓を揺らす朝、只野は営業企画部長・島野の命を受け、本社の経営会議室に足を踏み入れた。

重厚な木製の扉が閉まる音が、まるで戦の始まりを告げる鐘のように響いた。

会議室には、社長をはじめ、各部門の部長たちが揃っていた。只野は、札幌支店の「現場連携プロジェクト」の成果をまとめた資料を手に、緊張を押し殺して席に着いた。

島野が口火を切った。


「本日は、営業企画部より新たな営業体制の提案があります。只野課長、説明を」


只野は立ち上がり、プロジェクターに資料を映し出した。


「札幌支店で実施した“現場連携プロジェクト”の結果をご報告します。飛び込み営業を廃止し、CRMを活用した来店型・紹介型営業に切り替えたことで、半年後には成約率が12%上昇、利益率は15%改善。顧客満足度は社内トップとなりました」


社長は腕を組み、無言でスライドを見つめていた。

その沈黙を破ったのは、営業部長・佐々木だった。


「ほぉ〜、ええ数字出てるやんか。でもな、只野くん。あんた、勝手に支店と組んでこんなこと始めたんか?許可も取らんと、支店長を巻き込んで、会社の方針に逆らうようなことして…それ、ええんか?」


佐々木の声は大きく、関西弁が会議室に響いた。


「それにやな、飛び込み営業をやめる?そんなん、営業の基本やろ。足で稼がんと、数字なんかついてけぇへんで。台数が落ちたら、誰が責任取るんや?」


只野は一瞬言葉を失ったが、深呼吸して答えた。


「佐々木部長、確かに最初の3ヶ月は台数が落ちました。しかし、提案力を高め、顧客との関係を築くことで、値引きに頼らない営業が可能になったんです。結果として、利益率も改善し、営業マンのモチベーションも向上しています」


佐々木は鼻で笑った。


「モチベーション?そんなん数字が出てから言うもんや。営業は結果がすべてや。ええか、ワシらは台数で会社を支えとるんや。質とか満足度とか、そんなもんは後回しや」


島野が口を挟んだ。


「佐々木、少し冷静になれ。只野の資料には、台数を守りながら質を上げる方法が示されている。札幌の事例は、無視できない成果だ」


佐々木は椅子に深く座り直し、腕を組んだ。


「ほんなら聞くけどな、全国でそれやって、ほんまに台数守れるんか?札幌は土地柄や。大阪や東京で通用するとは限らん」


只野は、タブレットを操作しながら言った。


「名古屋や福岡でも、SNS広告の反応率が上がっています。顧客が自ら情報を集め、納得して来店する流れは、全国的に広がっています。営業マンが顧客の履歴を把握し、的確な提案をすることで、契約率は上がります」


その時、社長が静かに口を開いた。


「佐々木、只野。議論は冷静に。只野のやり方には疑問もある。許可を得ずに支店と動いたのは、組織として問題だ。しかし、結果を出したことは事実だ。チャレンジしたことは、評価すべきだ」


佐々木は口をつぐみ、只野を睨んだ。


「…まぁ、結果が出たんは認めるわ。でもな、全国展開するなら、ちゃんと段階踏んでやってくれや。ワシら営業部も巻き込んで、現場の声も聞いてや」


只野は深く頷いた。


「もちろんです。現場と連携しながら、段階的に進めます。営業部の皆さんとも協力して、台数を守りながら、質を高める営業体制を築いていきます」


社長は資料を閉じ、言った。


「よし、まずは札幌の成功事例をベースに、名古屋・福岡・大阪で試験導入だ。半年後に成果を見て、全国展開を判断する。佐々木、只野、島野。三人でプロジェクトチームを組め」


社長の言葉が会議室に響いた瞬間、佐々木部長が椅子を軋ませながら立ち上がった。


「ちょっと待ってや、社長」


その声は、関西弁特有の抑揚と迫力を帯びていた。会議室の空気が一瞬で張り詰める。


「ワシはな、このプロジェクトに乗る言うたけどな、大阪支店だけは別にしてもらいたい。ワシのやり方でやらせてくれ」


社長は眉をひそめた。


「どういう意味だ?」


佐々木は、資料を指で叩きながら言った。


「札幌のやり方は、確かに結果出しとる。でもな、大阪は違う。関西の客はな、情と勢いや。足で稼いで、顔覚えてもろて、値引きも交渉も全部“人間力”で勝負するんや。飛び込み営業をやめるなんて、そら営業の魂を捨てるようなもんや」


只野が口を開こうとしたが、佐々木はそれを制した。


「せやからな、社長。大阪支店だけは、ワシのやり方でやらせてほしい。飛び込み営業も継続する。もし半年後、プロジェクトの中で大阪支店が一番の成績出したら――飛び込み営業、全国で再開してもらう。それが条件や」


会議室が静まり返った。只野は、島野の顔をちらりと見た。島野は腕を組んだまま、無言だった。

社長は、しばらく考え込んだ後、静かに言った。


「…なるほど。佐々木、お前の言いたいことは分かった。大阪支店を“対照群”として扱う。つまり、札幌式の改革を導入しない唯一の支店として、従来型営業を継続する。半年後、数字で比較する。だが、条件がある」


佐々木は目を細めた。


「なんや?」


「台数だけでなく、利益率、顧客満足度も含めた総合評価でトップを取った場合のみ、飛び込み営業の再開を検討する。台数だけでは、もう時代に合わん」


佐々木は一瞬黙ったが、すぐに笑った。


「ええやんか。ワシは数字で勝負する。大阪の営業魂、見せたるわ」


只野は、静かに言った。


「佐々木部長、僕は大阪支店にもCRM導入のサポートをしたいと思っています。飛び込み営業を続けるとしても、顧客情報の活用は必須です」


佐々木は鼻で笑った。


「CRM?そんなん、うちの営業マンは頭に全部入っとるわ。紙とペンで十分や。せやけど、まぁ使えるもんは使う。ただし、主役は“足”と“顔”や」


社長は、議事録を閉じながら言った。


「よし、決まりだ。札幌式を名古屋・福岡に導入。大阪は佐々木方式で継続。半年後、三支店の成果を比較し、全国展開の方針を決定する。佐々木、只野、島野。三人で責任を持って進めろ」


会議が終わり、只野は資料を抱えて会議室を出た。廊下の窓から見える空は、どこまでも高く澄んでいた。


「大阪支店…一筋縄ではいかないな」


彼はそう呟きながら、次なる戦いの舞台へと歩みを進めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る