辺境の村と少女の願い
王都を追放されてから、三日が過ぎた。
俺は、ただひたすらに歩き続けていた。道なき荒野を、西へ、西へと。
食料はとうに尽き、喉の渇きが思考を鈍らせる。ぼろ切れのようになった服では、夜の冷気を防ぐこともできない。
(……後悔させてやる)
朦朧とする意識の中、俺を支えているのは、もはやその一念だけだった。リディア、ゴードン、そして俺を裏切った全ての者たちの顔を思い浮かべ、心の炎を燃やす。それだけが、俺を前に進ませる唯一の燃料だった。
どれくらい歩いただろうか。乾ききった丘を越えたその時、不意に視界の先に、小さな村の影が見えた。
最後の力を振り絞り、よろめく足で村へと向かう。だが、近づくにつれて、期待は絶望へと変わっていった。
畑は枯れ果て、黒ずんだ土が剥き出しになっている。家々の壁は崩れ、屋根には穴が空いていた。人の気配はあるものの、誰もが俯き、その顔には深い疲労と諦めが刻まれている。まるで、村全体がゆっくりと死に向かっているかのようだった。
「……ここまで、か」
村の入り口に立つ古びた木の柵に、かろうじて寄りかかった瞬間、俺の意識はぷつりと途絶えた。
地面に崩れ落ちる寸前、薄れゆく視界の端に、薬草らしきものが入ったカゴを背負った少女が、こちらに駆け寄ってくるのが見えた気がした。
*
次に目を覚ました時、俺は粗末だが清潔なベッドの上に寝かされていた。
軋む体でゆっくりと上体を起こすと、部屋の隅で薬草をすり潰していた少女が、ぱっと顔を上げた。栗色の髪を揺らし、心配そうな瞳でこちらを見つめている。
「……気がつきましたか? よかった……」
「……あんたが?」
「はい。村の入り口で倒れていたので……。私はエルナ、薬師の見習いです」
エルナと名乗った少女は、硬くなったパンと、なけなしの薬草を浮かべたスープを差し出してくれた。俺は最初、それを警戒した。あの裏切りを経験した後だ。見ず知らずの人間の善意など、素直に信じられるはずもなかった。
だが、エルナの瞳には、打算も下心も見当たらなかった。ただ、純粋な心配の色だけが浮かんでいる。
「村も……裕福には見えない。なぜ俺のような得体の知れない奴を助けた」
俺の問いに、エルナは少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「困っている人がいたら、助けるのは当たり前じゃないですか」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
差し出されたスープを飲むと、温かい液体が、凍てついていた心にじんわりと染み渡っていく気がした。
食事を終えた俺に、エルナは村の窮状をぽつりぽつりと語り始めた。
この辺りの土地は、十数年前に現れた「魔素溜まり」の影響で、土が汚染されてしまったこと。作物は育たず、薬草も枯れ果て、多くの村人が原因不明の病に苦しんでいること。
「私、薬師見習いなのに……みんなを助けるための薬草すら、もう見つけられなくて……」
エルナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。「みんなを助けたいんです」と、か細い声で呟く彼女の姿に、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
(――助けたい?)
そうだ。俺のスキル【物質錬成】なら。
戦闘能力はないと蔑まれた、役立たずのスキル。だが、その本質は、物質の構造を理解し、再構築することにある。
汚染された土から、魔素だけを取り除いて浄化できるかもしれない。枯れた薬草から、有効成分だけを抽出して薬を錬成できるかもしれない。
(俺の力は……誰かを殺すためでも、何かを壊すためでもなく……)
復讐の炎は、まだこの胸で燻っている。
だが、今は。今だけは。
「……俺が助ける」
「え?」
「この村を、あんたを。俺の力で救ってみせる」
俺は、目の前の少女に、そして自分自身に、力強く宣言した。
役立たずと捨てられたこの力で、誰かを救えることを証明してやるために。
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