アルケイア・アルケミスト

伝福 翠人

役立たずの錬金術師

「グォオオオオッ!」


 巨牛の咆哮が、迷宮の最深部に響き渡る。


 Sランクパーティー「暁の剣閃」を率いるリーダー、リディア・フォン・ヴァインベルグの銀髪が、返り血を浴びて鈍く輝いた。彼女の持つ魔剣が、青い燐光を放ちながら、このダンジョンの主であるミノタウロス・ロードの極太の首を、いともたやすく刎ね飛ばした。


「さすがはリディア様!」


「俺たちのリーダーは最強だぜ!」


 仲間たちの喝采が、洞窟にこだまする。


 俺、カイ・アッシュフィールドは、その光景をパーティーの最後方から静かに見ていた。そして、内心でそっと呟く。


(……リディアの剣に塗った『竜血のオイル』、最後の最後に効果が出たな。さっき彼女がボスの痛打を食らって一瞬で回復したのも、ただの回復薬じゃない。俺が三日徹夜して錬成した、特製の『エリクサー』だ)


 このパーティーの快進撃は、俺の作るアイテムに支えられている。


 だが、その事実を知る者は、俺の他には誰もいない。


「おい、カイ。また後ろで突っ立ってただけか。この役立たずが」


 戦闘が終わるやいなや、パーティーの盾役である大男、ゴードンが唾を吐き捨てるように言った。


「雑用係は黙って荷物でもまとめていろ。お前がここにいるだけで空気が淀む」


 リディアの冷たい声が、俺の胸に突き刺さる。


 俺は何も言い返さなかった。唇を噛み締め、黙々とドロップアイテムを拾い集める。これが、このパーティーにおける俺の日常だったからだ。


 *


 王都の冒険者ギルドに凱旋した俺たちは、大歓声で迎えられた。


 高難度ダンジョンの最速攻略。その功績は、「暁の剣閃」の名声をさらに高めることになるだろう。ギルドのカウンターで提示された莫大な報酬金に、仲間たちの顔が欲望に歪む。


 そして、その狂騒の真ん中で、事件は起きた。


 リディアは、凍てつくような声で、仲間たち、そしてギルド中の冒険者たちに聞こえるように、はっきりとこう言ったのだ。


「カイ。お前は今日限りで、このパーティーを追放だ」


 一瞬で、ギルド内が水を打ったように静まり返った。


 全ての視線が、俺とリディアに突き刺さる。


「……な、ぜだ」


 かろうじて、俺はそれだけを絞り出した。


 リディアは、まるで汚物でも見るかのような目で俺を見下し、言い放った。


「理由か? お前のような戦闘能力のないお荷物は、いずれ仲間全員を危険に晒す。これはパーティーを守るための、リーダーとしての当然の判断だ」


 それが、彼女の言い分だった。


 これまで俺がどれだけパーティーに貢献してきたか、そんなことは彼女の頭には微塵もないらしい。


 俺は助けを求めるように、他のメンバーに視線を送った。しかし、ゴードンは嘲笑うように腕を組み、他の者たちは気まずそうに目をそらすだけ。誰も、俺を助けようとはしなかった。


「ああ、それから」とリディアは続ける。「お前が今着けている装備は、全てパーティーから支給したものだ。ここに置いていけ。報酬も、もちろんお前のような役立たずには一銭もやらん」


 俺は、なけなしの抵抗も虚しく、その場で装備を剥ぎ取られ、無一文でギルドの外へと放り出された。


 夕日が王都を赤く染めている。行き交う人々の喧噪が、やけに遠くに聞こえた。


 仲間だと思っていた。自分の居場所は、ここなのだと信じていた。その全てが、ただの幻想だったと思い知らされる。


 絶望が、冷たい水のように体の芯まで染み渡っていく。


 俺は、当てもなく彷徨った末、薄汚い路地裏に座り込んだ。冷たい石壁に背を預け、膝を抱える。


 だが、不思議と涙は一滴も出なかった。


 絶望の底で、代わりに燃え上がったのは、復讐という名の、氷のように冷たい怒りの炎だった。


「……後悔させてやる」


 俺は静かに、しかし心の底から誓った。


「いつか必ず。俺を捨てたことを、心の底から後悔させてやる」

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