2話 大鷲のゲーナ

 ザラバの高い空に、大鷲のゲーナが悠々たる翼を広げ、円を描くように飛んでいた。

 その姿を一時も目を離さず、カジュンは森の中を走っていた。


 大鷲ゲーナは数キロ先の小ネズミすら発見できるほど視力に優れている。

性格は獰猛で、一度奴に狙われると、ものすごい速さで低空飛行し四本のかぎ爪で捕まれ、鋭利な嘴で骨ごと砕かれ食いちぎられる。


 この世界の捕食性鳥類では、間違いなく最強の猛禽類である。


今日こそは、やってやる。

カジュンは、木陰に身を隠れながら、そっとその機会を狙っていた。


唯一、大鷲ゲーナには、白い光が苦手という弱点がある。


 この季節、太陽が真上にあり、北風が強く吹くときだけ起きる光風と呼ばれる自然現象で、それが起きるとゲーナは視力を急激に失う。


その風が吹くのを、カジュンは待っていた。


シリカの計算では、今日、光風が吹く可能性が一番高いと予測していた。


「今日こそ、モミモミの敵、いや村人のために仕留めてやるからな」


 モミモミとは、先月生まれたばかりの羊の子で、体毛がピンク色した珍しい子であり、村では幸運を呼ぶ羊だと皆で可愛がっていたが、羊使いが居眠りしている隙を狙ってゲーナに襲われた。


 数年前に、突然姿を現した大鷲ゲーナ。

 こいつには、それまでにも何匹の家畜や、時には番犬ですら殺されている。



太陽が真上で目を開いた。


すると気温がグンと上がり、肌に大量の汗が浮かぶ。


風が蛇行するように動き始めた。


「いいぞ、光風が吹く兆候だ」


 ゲーナも同じくそれを感じたようで、慌てて森の中に入ると、大量の鳥たちが一斉に逃げるように飛び立った。


 カジュンはこの騒ぎに便乗して走り、そして足を止めた。


 数メートル先、大木の枝で羽を休めているゲーナを確認した。


視力のいいゲーナだ。

ここからは迂闊には動けない。

今までとは質の違う、強い風がうねるように噴き出してきた。

木々が騒ぎ出し、森に白い光が降り注ぐ。


光風だ。


 これは二度とない機会かもしれない。

神経質な大鷲ゲーナは、居心地が悪くなったり、自分を狙う狩人の存在を把握すると狩場を変える習性がある。このタイミングを逃せば、二度と倒すことはできないかもしれない。


 村人は、追い払うことだけを考えていた。

しかしカジュンは違う。


これまでに奴から受けた屈辱。

狩人としての矜持。


憂さを晴らすには、倒すしかない。



白い光が森を包む。

あまりに眩しすぎて、自分の視力さえ失いつつある。


 カジュンは額につけていたサングラスを装着し、弓を構え足元に神経を集中させて、大鷲に近づいていく。

やはり、光のおかげで大鷲ゲーナはカジュンに気づいていない。


 近づくにつれ、全身に汗がにじむ。

 いつも空高く飛んでいる大鷲ゲーナ。こんな近くで見るのは初めてだ。


予想以上に、でかい。

茶褐色の体毛が、まるで剣山のようだ。それが視認できる。


 一度、深呼吸をして弓を構え直した。

指先には、しっかりと大鷲ゲーナがとらえられている。しかし、ゲーナの体毛は鉄のように固くまるで鎧を身に纏っているようだ。

 毛のない頭を狙わなければ、倒す事は不可能だ。


チャンスは一つしかない。

狙うは大鷲ゲーナの額、眉間、最悪でも目だ。


 チャンスは、一つしかない。

カジュンは、何度も何度も自分に言い聞かせるように心の中で連呼した。


俺は村一番の狩人だ。

 全身に不思議な力がみなぎる。そのオーラに気づいたのか、大鷲ゲーナは突然、カジュンを見つめた。

 威嚇なのか、全身の体毛が逆立ち、空気を断ち切るような鋭利な鳴き声を上げた。


しまった、みつかった。

漆黒の冷たい大鷲の視線が突き刺さる。


 相手は空の王、大鷲ゲーナ。

一瞬、この迫力で後ずさりした。

 しかし対峙している自分が、ここで弱気になっては負けてしまう。


「俺が、倒す」


弓を最大まで弾くと、矢先に全てを集中させた。


光風が一つ、大きく吹いた。


音が消えた瞬間、弓を放った。


世界の時間が止まったような気がした。




光が落ち着くと、視界が戻った。


カジュンはサングラスを外すと、大木の大鷲ゲーナは、そこにいた。


時は戻った。しかし、大鷲だけは時間が止まっていた。


「あ、」


思わず声を出した。大鷲のひたいに、矢が突き刺さっていた。


大鷲ゲーナが放つエネルギーが見る見る消えていくのを感じる。

そして最後は枝から落ち、叩きつけるように地面を揺らした。


「やったぞ・・。俺が・・・・、やったんだ」


大鷲ゲーナは、翼を広げたまま絶命していた。


 カジュンの全身から、言いようのない力が溢れ、どうしようもない気持ちに襲われた。


 そしてカジュンは、大木によじ登ると、爆発するように全身から大声をあげた。



静かになったザラバの大空。


向かい風が、とても心地よい。


 紫色の小さな竜巻が、地平線にさ迷っている。

 これはおそらくゲーナの精神だろう。


 カジュンは一度、目を閉じた。全ては終わったんだ。早くあの青い空へ飛んでいけ。


静かに目を開けると、竜巻は消えていた。


この世界は広い、そして美しい。

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