したたかに

「スペル発動ソーンフォール!」


 ザキラがスペルを掲げ発動し、天より霧を貫くは棘を持つ無数の種子の雨。さらにそれが水中に落ちると水を吸って膨張・発芽し、一気に水を吸って成長し棘を持つ枝葉を伸ばし水の世界を覆い尽くすと水量も足下まで減ってしまう。

 これにはカードを抜きかけたエルクリッドも手を止めてしまい、それを見てザキラも残念ねとカードを入れ替えながらさらにエルクリッドの狙いを言い当てる。


「雷を落とすスペルで一気に感電させれば水馬ケルピーは炙り出せる……でも、水を操る力を持つならそれを受け流す術もまたあるということ、その為のサイレントフォグ、でしょう?」


 軽く下唇を噛みながらもエルクリッドは静かにカードを指でなぞり選択する様子から、ザキラは推測が大方あっているのだろうと察しながらもまだ何かある事への期待感も湧いていた。

 水馬ケルピーは水を操りその身を自由に液化する、鍛えれば霧との一体化や水分の操作による電撃の受け流しも可能とするのは、ザキラも知っている。


 そしてエルクリッドの狙いが電撃を落とさせその際の光で影を消してマリンを炙り出し、奇襲をかけるという事も見抜いた。故にソーンフォールによる水と霧を打破し覆す。


 枝葉が伸びた事で影が増えてマリンの移動範囲は増え、水もほとんどなくなり深淵の古都が完全に姿を見せると共にセレッタもまたその身を晒さざるを得なくなる。

 だがその青白い眼に諦めはない事、虎視眈々と何かを狙って佇むセレッタにザキラは何かある事を確信しつつ、詰める為の策を考え抜く。


(水は奪った、新たに作るにしても影は十分。それは想定内なのか、単に諦めが悪いか……もう少し、見極める必要がある)


 状況的有利が最も危険というのはザキラも盗賊としての経験から理解し、それが杞憂だとしても確実に倒す事を鑑みればとカード入れに手をかけ、エルクリッドよりも先にカードを切って互いのアセスも攻めに動く。


「スペル発動スペルチェーン、残念だけど戯れはここまで……!」


 エルクリッドが引き抜くカードに緑の魔力の鎖が現れ絡みつき、その発動を封じ込める。その間に影を泳ぐマリンがセレッタを翻弄し、隙を逃さず首元に食らいつき勢いよく頭を千切り飛ばす。

 液化させる暇も与えない一撃、見えていた結末と思ったザキラは刹那に身体に走る衝撃と、確かな痛みと共に静かに口から血を流した。


「確実に仕留めた、はず。どうやって……?」


 目を見開くザキラが捉えたのは鋭く尖った剣山のように形を変えた水がマリンを刺し貫く姿であった。だがセレッタは既に撃破しているしエルクリッドのスペルも封じた状況でそうなるのは何故かと考え、そしてよろめく中で答えに辿り着きクスッと笑みを浮かべ手で血を拭う。


「なるほど、ね……単純そうに見えて、意外としたたかね、あなた……」


「それって遠回しに馬鹿って言ってる?」


「褒めてるのよ、一応は。裏の裏をかかれるなんて久々だから」


 セレッタを倒され反射があるはずのエルクリッドは首元に傷もなく、ザキラにむすっとしながら返し彼女が膝をつくのを確認すると共にソーンフォールにより生えた木が音を立てて裂け、その中から倒されたはずのセレッタが飛び出すと共にマリンがカードへ姿を変えザキラの所へと飛来する。


 跳ね飛ばされ落ちたセレッタの頭と倒れた胴体がどろりと溶けるように青い水へと変わり、それを見届けマリンのカードを拾いながら立ち上がったザキラはため息をつき深淵の古都とソーンフォールもカードへ戻し指を鳴らすと、景色が揺れて木造の部屋へと姿を戻す。


「あたくしの負け、ね。腕前は十分確かめさせてもらったし……」


「まだアセス、いるでしょ」


「何処までやるかの判断は任されてるから問題ないわ。それにあたくし、無駄な戦いは嫌いなの」


 あっさり負けを認め呆れとも取れるザキラの態度にエルクリッドは警戒しつつもセレッタをカードへ戻し、直後にズキッと全身の痛みを感じ反射が来た事を思いつつ平静を保つ。


(申し訳ありませんエルクリッド、ですがこの方法でしか出し抜けないと思ったので……)


(いいよセレッタ、このくらいで済んだって思えば大した事ないしね。お疲れ様)


 労いの言葉を受けたセレッタが何やらブツブツ言い始めるがエルクリッドは無視し、彼の策を振り返りつつ深呼吸をして痛みを落ち着かせる。


 セレッタの策は電撃のスペルを使わせ影からマリンを炙り出すと読んでくる事を前提としたもので、水属性に対し反発する地属性スペルを使ってくるだろうという読みをしたもの。


 身体を自由に液化させられるセレッタはその能力でソーンフォールの種子に吸われる水に混ざりつつ囮となる分身を作っておき、マリンが囮を倒すのに合わせて反撃を合わせた。

 リスナーとアセスの視界共有もありセレッタが攻撃する瞬間を逃す事はない。反面、液化しているとはいえ吸収され木の中に潜んでいたのは消滅と隣り合わせの危険なもの、アセスでなければ死に至る荒業でありエルクリッドもこの程度で済んで良かったと思いつつ痛みに慣れていく。


(骨、は大丈夫。ちょっと魔力は使っちゃったけど……何とか、なるかな)


 序盤からヒレイの力押しを敢行しセレッタの魔法や能力を使った事で魔力の消耗はかなりあるが、この後すぐアヤセと戦うわけではないと考えると魔力を回復する余裕はあるとエルクリッドは分析し、ザキラの隣を通って開いた扉に向かっていく。


 何も言わずにザキラはエルクリッドを見送ると静かにヒーリングのカードを使って傷を癒やし、深くため息をつくと部屋の中央に行き床を軽く踏み仕掛けを動かす。

 仕掛けが動き床より台座が上り、その上に置かれているカードがチカチカと光ってるのを確認しつつ手に取り咥える。


(盗賊を捕まえる人が情報盗んで来いって依頼する、ね……中々面白い話とは思わない?)


(あの娘……例の事は知ってるんですかね?)


 さぁね、と、咥えたカードをしまいながらザキラは心で話すトパーズに返しながら振り返るのは、収監されたカナリア牢獄の面会所にて話をした時の事だった。夢幻牢を使った試練を行う事とその試験役を果たす事での減刑、そしてもう一つが、エルクリッドに関する情報収集であった。


 半年前にネビュラが死んだ事などで決着がついた事件について、ザキラも知り得る事は既に話していた。その上で出されたある話題に、興味が惹かれたからこそ依頼として引き受けた事を。


「外界もまだ捨てたものじゃないわね、混沌を消しても……残火は必ずあって大火となり災いとなり得るから……」


 エルクリッドが去った方に目を向けながらザキラはそう呟き、何も知らずに前へ進むエルクリッドは髪の色が元の赤色へ戻っているのに気づかぬままに次の試練へ向かう。その身に宿る黒き力が、まだ可能性を秘めてると知らずに。

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